思考実験とは何か2

榛葉(2022)によれば、人類は、思考実験を通して、未知なるものが何者なのか、見当をつけてきた。そうやってとりあえず歩き始めてみて、その方向に疑問を呈したり、逆にその疑問に対して反論したりする時にも、思考実験が繰り返されてきた。そのようにして人類は、世界についての理解の解像度を上げてきたという。例えば、人間が直接認識することが困難な微小な世界を扱う量子力学のように、未知なものに見当をつけ、未知なるものの正体に近づくことは人類の喜びでもあるというのである。大体の見当をつけるには、なるべく条件を単純かつ極端なものにするのが有効であることから、思考実験がなされてきたともいえる。

 

榛葉自身は自然科学における思考実験を多く解説しているが、社会科学の思考実験も紹介しており、かつ、私たちの人生も思考実験の連続だと指摘する。ただ、思考実験には、何と何を比較すればよいのか、どのように比較すればよいのか、比較した結果、どのような結論を出せばよいのかなどについてのセオリーがあるという。歴史に語り継がれるような思考実験には、仮説の立て方や推論の進め方が的確で、なるほどと思わせるようなみごとなものが多いというのである。では、思考実験にはどのような種類があるのだろうか。榛葉は、その目的を基準にして、思考実験をいくつかの種類に分類している。

 

まず最初の分類は、「批判のための思考実験」である。この種の思考実験は、ある理論や原理を信奉している人たちに対して、その難点を指摘する方法として、相手の理論の通りではうまくいかないことを示して納得してもらおうとするようなものである。例えば、ガリレオによる物体の落下速度の思考実験のように、背理法を用いることが多いと榛葉はいう。これは、相手の主張から2つの別々の演繹を導き、この2つが矛盾していることを突くことによって相手の主張が間違っていることを指摘しようとする方法である。

 

つぎに、「発見のための思考実験」である。これは、経験・観察に基づく直感や、アブダクションや類推によるような直感的な発見を、もう少し論理的に整理された形で確かめるものである。別々のものと認識されている事項に、直感的に共通性を感じ取ったとき、それを本質的な同一性にまで高めるためのものだと榛葉やいい、具体例として、アインシュタインによる「重力上の中で自由落下するエレベーター」「無重力空間で加速されるエレベーター」を引いている。突拍子もないかもしれない思い付きが降りてきたときに、それがうまくいくかどうかを思考実験で試しにやってみるのだと榛葉はいう、

 

さらに、「弁護のための思考実験」がある。例えば、量子力学は、私たちの直感に反し、私たちの世界観や自然観を逆なでするようなものの見方を要求する。こういった場合に、量子力学の理論が正しいことを、すなわち量子力学を弁護するための思考実験が多くなされてきたと榛葉は指摘する。例えば、実際に実験をすることで確認ができない量子力学での振る舞いについて、これまで用いてきた古典力学的な思考の枠組みでどこまで新しい謎の世界観に迫ることができるのか、そんな企みをはらみながら思考実験のアリーナで量子力学と対峙し、形成によっては登場する役者を取り替えたり、ルールを変更したり、極限状態を設定したりと戦い方を自在に変化させて、この新力学がなんであるのかのあたりをつけてきたのだと榛葉はいう。

 

次に、「問題提議のための思考実験」がある。例えば、マクスウェルの悪魔やシラードのエンジンのように、熱力学第二法則という確立されているとみられているがその根拠にはまだなにか不安を感じさせるもの、あるいは説明不要の公理とみてよいとされているが、より確信を得たいものに対して、あえてそれを破るものを提出してみたという思考実験だと榛葉は説く。これは、ある理論体系が構築されてきて、さまざまな現象を説明できるようになってくると、それまで後回しにされがちだった理論の基礎や前提、世界観などを検討したくなってくるところから考案されやすいことを榛葉は示唆する。

 

そして、文系の思考実験に多いものとして、「判断や解釈のための思考実験」を榛葉は挙げている。これは、1つの原理や法則を突き詰めていくのではなく、ある問題についてどう判断するか、あるいはどう解釈するか、判断基準の本質を浮き彫りにして、複数ある基準の関係や差異を明らかにするための思考実験だと榛葉はいう。つまり、複数ある考え方を俎上にのせて大局的に比較し、判断や解釈をするための思考実験なのである。トロッコ問題など、倫理学社会心理学政治学、医療・公衆衛生学、心の哲学など広範囲にわたって行われているという。

 

最後に、「教育のための思考実験」がある。いちおうは認められている原理・法則について、それでも疑り深い人、なかなか納得しない人、あるいは初学者に対してわかりやすく説明するための思考実験だと榛葉はいう。実際にその法則がなりたつことを、最低限の本質を頭の中で自分の思うままに動かしてみて、実際にやってみてみればそうなるしかないことを納得させて体感的に理解させるものだという。そうした確信が得られると、より高い立場から同じ現象を見られるようにもなってきて、それまでぼやけていたことろも霧が晴れるようにすっきりと理解できることもあると榛葉はいう。いわば初等幾何学の照明に用いる補助線のようなものだという。例えば、特殊相対性理論をわかりやすく示すための「光時計」などや、ギャンブラーの誤謬などがこちらに分類可能だという。

文献

榛葉豊 2022「思考実験 科学が生まれるとき」講談社ブルーバックス