AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(1)

トップジャーナルに掲載されている論文は、大量の投稿論文の中から厳しい審査をくぐり抜けることができたごく少数の論文(多くの場合採択率として5%前後)なので、優れた論文が揃っている。トップジャーナルに掲載されていなくても優れた研究や優れた論文は世の中に多く存在するので、トップジャーナル論文は、優れた論文の「必要条件」ではない。しかし、トップジャーナルに掲載されている論文のほとんどは優れた論文といえるので、トップジャーナル掲載論文は優れた論文の「十分条件」だといえよう。であるから、研究者として自身の研究成果をトップジャーナルに掲載させようと努力することは自然なことであるし、トップジャーナルに論文を載せることを目標として研究をデザインして実践することは優れた研究を実践する際に好ましいことである(ただし、そのような態度が常に必要だというわけではないというのが十分条件という意味である)。要するに、トップジャーナルに掲載できる論文を作成するということは、優れた研究を生み出すことを意味している。

 

そこで本シリーズでは、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて、やや予備校的ではあるが無料講座として解説してみたい。

教材

今回は、実際にトップジャーナルに掲載された論文を教材とし、論文の構造や研究内容を紐解きながら学習していく。教材とするのは、Academy of Management Journalという経営学分野のトップジャーナルに掲載された次の論文である。

 

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402

 

以下、Leslie et al. (2023)と表記する。入手可能な方は、まずはこの論文の全体を読んでみることをお勧めする。気になるところはマーカーで印をつけ、その時に感じたことはメモをとっておくようにしよう。

本論文から学べる点

Leslie et al (2023)は、トップジャーナルに掲載可能な優れた論文とは何かを理解する上で重要なポイントがたくさん含まれており、教材としても優れた論文である。とりわけ、以下のようなポイントが学べるので、それを次回以降解説していきたい。

  • テーマ設定と問いの立て方
  • なるほどと思わせるもので記憶に残る主張
  • 既存理論の使い方、本研究の理論の構築の仕方
  • 妥当性の高い実証研究の実施の仕方、組み合わせ方
  • 学術的のみならず実践にも役立つ研究の仕方

初回である今回は、導入として、「Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric?」タイトルについて少しコメントしておこう。

論文のタイトル

論文のタイトルは、論文の仕上げの最後の段階まで悩ったり迷ったりすることも多いが、一番最初に読者の注意を惹くためにもとても重要である。トップジャーナルを含む多くの論文では、主題と副題を「コロン」でつなげるケースが多く、前半が長く、後半短いケース、その逆のケースがあるが、本論文は、「Happy talk」と前半に短いキャッチフレーズを配置する形式となっている。メインのタイトルが「Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric?」という問いになっている。「Happy Talk」というキャッチフレーズがあるバージョンがと、それがなく、論文のタイトルが「Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric?」を比べてみると良い。印象が大きく異なるのではないだろうか。キャッチフレーズがないと、なんとなく理屈っぽいというか、面白みがなさそうな論文に見える。それが「Happy Talk」というキャッチフレーズをつけただけで、なんとなく面白そうなイメージに変貌するのだ。「Happy」という語がサブリミナルで読者を微笑ませるのかもしれない。

 

さて、「Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric?」というタイトルの答えはタイトル自身にはないが、なんとなく、それに疑義を提示しようとしている論文なのだなという察しはつく。一般的に使われる「レトリック」は、ダイバーシティ推進の文脈でも有効なのかという問いで、その「一般的に使われるレトリック」を「Happy Talk」で表現している。つまり、通常、リーダーは、人々を勇気づけるために、人々がハッピーになれるような絵を描くようなメッセージを発することが有効であると多くの人は思うだろう。多くの人は、やけに話が抽象的で面白みがなかったり、ネガティブなことばかり発するリーダーよりも、私についてこれば明るい未来が待っているというように自信を持って語るリーダーについていきたいと思うだろう。でも、ダイバーシティの文脈でもそうなのだろうか?このような問いを発せられれば、少し考えずにはいられない。もしかしたら違うのではないか。答えはなんだろう。論文を読んでみよう、と思わせるのがポイントなのである。

 

学問というのは、問いによって学ぶことでもあるように、「問い」とか「質問」というのは、問われて初めて重要なことに気づくといったように、知的営みの根本的な要素である。例えば、「あなたはローソンのロゴを描けますか」と聞かれたら、自分はこれまで何万回もローソンのロゴを見てきたはずなのに、ちゃんと覚えていないのだな、人は見ているようでいて見ていないものがたくさんあるな、と気づくことができる。本論文のタイトルで発している問いも、リーダーが組織を良くしていくためにメンバーを励ますメッセージに使うレトリックで大切なことは大体決まっていて、それに疑問を挟む余地は特にないと素通りしてしまうようなトピックに対して、「いや待てよ、そうではないのかもしれないな」と思わせる役割を果たしているのである。そして、論文を読んだ結果、読む前とは異なる視点を身につけた自分がいて、それを実践に使ってみるとうまくいくように思えてくる。つまり、読者の者の見方考え方に影響を与える研究が、優れた研究の条件の1つである。

 

今回は触りだけであったが、次回以降は、本文の内容に入って詳細に解説していく。