AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(7)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回は、Leslie et al. (2023)が提唱した理論の内容とその新規性、学術的・実践的価値などを説明した。今回は、Leslie et al. (2023)が、どのようにして既存の理論と論理を組み合わせて理論を構築していったのかについて解説する。

Leslie et al. (2023)の理論構築プロセス

Leslie et al. (2023)が構築した理論の真髄は、価値レトリックと条件付きレトリックを比較した際に「記述ー処方パラドックス」があるということである。つまり、価値レトリックと条件付きレトリックを、異なる視点、異なる理論的援用によって戦わせ、記述的側面では価値レトリックが勝利し、処方的側面では条件付きレトリックが勝利することで、パラドックスであることを示している。したがって、この理論構築のプロセスを説明するうえでは、「記述」と「処方」について、それぞれ、どんな理由でどんなことが言えるのかを説明することになる。「記述」の箇所では、本論文で立てた記述と処方を含むリサーチクエスチョンのうち、「2つのレトリックのうち、リーダーはどちらをよく用いるのか(=リーダーが実際に行っていることの記述)」についての命題を理論と論理をつかって導いていく。そして、「処方」の箇所では、「2つのレトリックのうち、どちらの効果が高いのか(=リーダーが用いるべき処方)」についての理論命題を導く。

仮説の構造

前回、Leslie et al. (2023)が理論命題から導いた仮説を紹介した。再掲すると以下の通りである。

  • H1a: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合、リーダーは条件付きレトリックをあまり使わない
  • H1b: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合にリーダーが条件付きレトリックをあまり使わないのは、リーダーが偏見を持っていると見られることを恐れることが媒介しているからである
  • H2a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H2b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
  • H3a: リーダーが価値レトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H3b: リーダーが価値レトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
  • H4a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、価値レトリックを使う場合と比べると、従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H4b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、価値レトリックを使う場合と比べて従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が困難な目標であると知覚することが媒介しているからである
記述=使われやすいレトリックに関する理論と仮説

前回も説明したが、本論文の仮説のうち、H1は、リーダーが実際に行っていること、あるいはどちらのレトリックが使われやすいかの「記述」についての仮説で、H1aが2つのレトリックの比較とその好みに関する仮説、H1bが、そこにリーダーが偏見があると思われることの恐れが媒介していることを示す仮説である。この記述的側面の仮説に用いられている既存の理論が、「自己に関する心理学」である。これは、理論というにはかなり広いものではあるが、一言でいうと「人々は、自己肯定感を維持したがる」というものである。リーダーはポジティブな自己イメージを持っていたいので、自分自身が偏見を持っていると思われたくない。ということは、条件付きレトリックのように、ダイバーシティに関してネガティブなことをいうと、ダイバーシティに対してなんらかの偏見を持っているのではないかと思われるリスクがあると考える。だから、ダイバーシティに関するネガティブな発言は避け、ポジティブな側面を強調したくなる。よって、ダイバーシティ推進に関する価値レトリックと条件付きレトリックを比べるならば、価値レトリックの使用を好み、条件付きレトリックの使用は躊躇するだろうという論理なのである。つまり、記述的側面では価値レトリックの勝利。この理論展開から、H1aとH1bが導かれる。

 

上記のことを、Leslie et al (2023)は、「Happy Talk現象」と読んでいる。タイトルでも用いているキャッチフレーズをここで披露しているわけである。それはさておき、ここで大事なのは、前提から論理的に理論的命題と具体的な仮説を導くことである。演繹法であるから、前提が正しければ、正しい論理推論を行えば、得られる結論(仮説)も正しいことになる。その前提に、自己の心理学という既存の理論を使っているということである。まずは、この自己の心理学の理論がいうところの、人々は自己肯定感を維持したがるという命題を正しいと仮定しよう、その前提のもとでは、論理的に考えて、H1aとH1bは正しいはずだ(それを後ほど実証データで検証する)というわけである。

効果的なレトリックに関する理論と仮説

H2、H3、H4は、2つのレトリックのうち、どちらが効果的かという「処方」に関する仮説である。H2a、H3a、H4aは、レトリックと従業員の努力に関するもので、H2b、H3b、H4bは、それらには強い主張の知覚(H2b, H3b)と目標の困難性(H4b)が介在しているという仮説である。これらH2,、H3、H4を導く理論展開がなかなか工夫がなされており面白い。どう面白いかというと、H2とH3では、価値レトリックと条件付きレトリックに共通する要素に着目し、その要素がもたらす効果をレトリックの理論を用いて説明することで、この2つのレトリックの勝負はひとまず引き分けだとする。そしてH4では2つのレトリックの相違に着目し、その相違がもたらす異なる効果をモチベーションの理論を用いて説明することで、最終的に条件付きレトリックに軍配を上げるのである。

 

まずH2とH3では、価値レトリックも条件付きレトリックも、概して従業員のダイバーシティ推進に対する動機づけにポジティブな効果をもたらすだろうと主張し、その根拠として、この2つのレトリックとも、「強い主張」が含まれているからだとする。ここでいう強い主張とは、レトリックに関する先行研究で使われてきたコンセプトで、特定の対象に対するとりわけ好ましい考え方を生み出す度合いとしている。簡単にいえば、ある物事に価値があって重要であることを強く主張すれば説得力が増すということである。つまり、リーダーが「ダイバーシティは重要だ、ダイバーシティを推進すれば組織もよくなっていく」と強く主張すれば、従業員はダイバーシティの重要性を理解し、それに対して努力しようと動機づけられるということである。繰り返しになるが、ここでも重要なのが、前提とそこから論理的に導かれる命題や仮説である。ここでは、先行研究とレトリックの理論が前提として使われており、それらが正しいと仮定すれば、仮説も正しいはずだというわけである。

 

H4では、ワークモチベーションの理論を援用し、以下のように推論している。価値レトリックと条件付きレトリックを比較した場合、条件付きレトリックにのみ、困難な目標(ダイバーシティの推進は多くの困難を伴うが、それを乗り越えていこう)が含まれている。そして、モチベーション理論の1つである目標設定理論では、困難な目標ほど従業員がそれに到達しようとするモチベーションが高まるとされている。だから、先程のレトリックの理論を使った場合は2つのレトリックの勝負は引き分けであったが、モチベーションの理論を使った場合は、目標設定効果によって条件付きレトリックが勝利するといっているのである。これらを仮説にまで落とし込んだのが、H4なのである。

 

Leslie et al. (2023)は、理論と仮説のパートの最後に、本論文で構築された理論命題を簡潔に表現している。それは、リーダーによって使われるダイバーシティ推進のためのレトリックは、記述ー処方パラドックスという特徴を有している。つまり、条件付きレトリックは、価値レトリックよりもリーダーに使われにくいのであるが、条件付きレトリックのほうが、価値レトリックよりも従業員のダイバーシティ推進に向けた努力を引き出す面においては効果が高いということである。これは、「理論命題」である。命題のレベルだと、これをそのまま実証するのは難しい。よって、この理論命題が分解された仮説(H1〜H4)を実証データで吟味するわけである。

 

ここまでで、本論文のハイライトである理論と仮説についての理解が進んだ。ここでもう一回、タイトルを見てほしい。本論文のハイライトとなる主張が、記述ー処方パラドックスなので、これをタイトルでぶちまけたいというのが最初に思いつく策なのであるが、タイトルには、条件付きレトリックも、記述ー処方パラドックスも出てこない。あくまで、「共通して使われるレトリックはダイバーシティの効果的なレトリックなのか?」という疑問にとどめている。これも、正攻法からはやや逸脱した、ひねりと工夫を利かせたタイトルだといえるだろう。「Happy Talk」というキャッチフレーズをつけたり、本論文のメインである条件付きレトリックやパラドックスを一切出さずして読者の注意を引こうとする点、これら点でも学ぶことが多い論文である。

 

次回からは、いよいよ本論文のもう1つの強みである、実証研究部分の解説に入っていく。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402