AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(13)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回まででLeslie et al. (2023)の実証部分の3つの調査(アーカイブ調査と2つの実験)について解説したので、今回は最後となる調査4のサーベイ調査について解説する。

サーベイ調査の長所と短所

サーベイ調査は、経営学の数量的研究では最もメジャーで大変よく使われる研究手法である。これまでの解説を読んで理解してこられたならばその理由はすぐにわかるであろう。経営の現場で実際に働いている従業員などに直接サーベイをして質問に答えてもらうことは、人工的に作られた環境で行う実験よりも外部妥当性の検証効果が高い。実験の長所と短所の裏返しがサーベイ調査の特徴でもあるので、サーベイ調査は外部妥当性の検証力が強い代わりに、内部妥当性の検証力が弱いという問題がある。基本的に、アーカイブデータと同様に、サーベイで収集できるのは変数間の因果関係を示すデータではなく、変数間の相関関係の度合いを示すデータが中心となるからである。このように、アーカイブデータによる調査とサーベイ調査は、その強みと弱みが実験と裏返しの関係にあることがわかる

 

アーカイブデータによる調査とサーベイ調査にも長所と短所の裏返し的な関係がある。アーカイブデータの場合、かなり広範囲なデータが入手可能な場合が多いので、外部妥当性、すなわち提示する理論や仮説の適用範囲をより幅広い形で検証できるというメリットがある一方、統計資料など既存のデータを利用するので、事前に本研究の理論や仮説の検証に特化した調査設計をすることができない。そのため、理論や仮説を検証するために測定すべき変数がデータに含まれていなかったり、代理変数で代替する必要があるというデメリットがある。これの裏返しとなっているのがサーベイ調査で、サーベイ調査では、理論や仮説を検証するための調査設計が可能なので、理論や仮説の検証に必要な内部メカニズムに関連する変数がサーベイで測定可能であるならば、それらを含め、検証に必要な変数を漏れなくカバーすることが可能である。その反面、広範囲にサーベイを配布することが難しいので、外部妥当性の検証に優れているとはいえ、その適用範囲はアーカイブデータによる調査よりも劣る場合が多い。また、アーカイブを用いた調査もサーベイ調査も内部妥当性の検証力が劣っているわけだが、それでも、内部メカニズムも含めて、事前に調査を設計できるという長所を生かすことで、アーカイブデータを用いた研究よりも内部妥当性の弱さを設計の工夫でカバーできる可能性もある。

Leslie et al. (2023)の調査4の詳細

では、Leslie et al. (2023)の調査4に立ち返って解説を続けよう。この調査4は、上記に挙げたようなサーベイ調査の長所を最大限に活用することで、まさに、調査1から調査3で検証した仮説を、総まとめとして、あるいはダメ押しのような形で検証したという役割を担っている。どういうことかというと、調査1から調査3では、本研究で提示した仮説を部分的に検証することで、それらの結果を組み合わせれば全体としての理論や仮説を支持することができるといったエビデンスを生み出してきた。それに対し、調査4は、実証調査の総まとめの役割を担っているから、本研究で扱う変数できるだけ全てサーベイに含めることで、検証すべき仮説の全体像を丸ごと検証しようとしている。もちろん、全ての仮説ではなく、リーダーが価値レトリックと条件付きレトリックのどちらを用いやすいかを予測するH1aと、価値レトリックと条件付きレトリックが従業員の努力に結びつくメカニズムを示すH2b〜H4bまでを一つのモデルで分析しているのである。もちろん、既述の通り、サーベイ調査の弱点は、内部妥当性の検証の力が弱いことであるが、調査1と違ってこちらでは内部メカニズムに含まれる変数も測定してモデルに組み込んでおり、調査2と調査3の2つの実験によってしっかりと内部妥当性を検証した結果を外部妥当性を高める形で再度確認する形になっている。

 

また、Leslie et al. (2023)は、サーベイ調査で起こりやすい弱点が露呈するのを防ぐための工夫を色々と凝らしている。例えば、サーベイ調査を2回に分けて行うことで、共通方法による分散(common method variance)による悪影響を防ぐなど、単独の調査としても長所を伸ばし短所をカバーするような色々な工夫がなされている。実際、共通方法による分散が影響すると、データから観察される変数間の相関関係が真のあたりよりも過大となるので、それが真の相関関係を示しているのか、ほとんどが疑似相関であって真の相関はないのか、判別することができない。そのようなデータを分析に用いれば、当然、変数間の関係性について誤った結論を導きかねない。であるから、近年では、ワンショットサーベイのような1回きりのサーベイで全ての変数を、しかも同一人物から取得するようなデータを用いた研究は、それだけで信用を欠く研究という判断でデスクリジェクトの対象になることが多い。であるから、少なくとも学術研究を行う場合は、ワンショットサーベイだけで全ての調査を済ませようとする考えは極力排除した方が良い。

 

データ分析では、H1aについては割とシンプルにt検定を用いて検証し、H2b〜H4bの媒介効果は、回帰分析とブートストラップ法を用いた間接効果の推定を中心に検証している。トップジャーナルに掲載させようとする論文だからといってやみくもに高度な統計分析を使用する必要はない。最も重要なのは、仮説を検証するのに最も適した分析方法を選んで用いるということである。

図表の配置の仕方

実証調査の解説の最後に、論文全体での図表の配置について少し触れておきたい。AMJのようなトップジャーナルに掲載される数量的な実証研究の多くで使われる図表は、実証研究の統計分析結果を要約する表やグラフやモデル図である。ただ、実際に論文を作成するときに迷いがちなのが、この研究でメインとしている理論モデルの図をいつ、どこに掲載するかということである。これについては、AMJ論文の多くは、序論の最後の方に全体モデルを配置するケースが割と多い。これは、以前にも述べた通り、序論は論文のミニ版でもあるので、序論に論文の骨子を簡潔に記載するのが現在主流だからである。であるから、研究の理論全体や理論モデルの全体像は当然序論で少なからず語られるので、それに合わせてモデル図を掲載するのである。その他のパターンとしては、本論の最初にこれから説明するモデルとしてモデル図を掲載する場合、それから本論の最後に、まとめとしてこれまで説明した理論と仮説を統合したモデル図を載せるというものがある。この辺りは、論文全体の構成やバランスとの相談の上で決定することになるだろう。

 

ただ、Leslie et al. (2023)は、こちらも繰返しになるが、典型的なAMJ論文とは若干逸脱した構造になっているのと、実証調査を4つもやっているなど、スタンダードな論文の長さに全てのコンテンツを含めるのが非常に難しいこともあって、全体モデルの図は序論の部分には掲載されていない。そのような図がなくとも、力強いストーリー展開によって読者に理論の真髄が伝わるように工夫されているので問題ない。そして、実証調査では、それぞの調査について、全体モデルの部分的な実証を行なっているので、その部分的なモデル図を掲載するのが分かりやすい。よって、Leslie et al (2023)では、調査1から調査4のそれぞれについて、それぞれの調査で検証したモデル図が掲載されている形になっている。

 

さて、以上でLeslie et al. (2023)の実証部分の解説を終えたので、次回は、論文執筆の終盤戦ともいえる考察部分について解説する。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402