本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。今回は、Leslie et al. (2023)の考察の書き方について解説する。
論文のうち、序論、本論、実証研究の執筆が終了したらひとまず安心し、大きな仕事はほぼ完成したので、あとは考察は「おまけ」としてさらっと流せば良いと考える人は意外と多いのではないかと思う。しかし、それは間違っており、考察の部分は、それまでの執筆と同様、場合によってはそれ以上に注意深く、文章を練りつつ完成させていく必要がある。つまり、AMJのようなトップジャーナルに論文を掲載しようと思ったら、考察部分だからといって気を抜くわけにはいかない。
その理由はいくつかあるが、その1つとして、論文の査読者や読者は、考察の部分に早めに目を通して論文の価値を評価することが多いからである。もう少し詳しく言うと、査読者や一般読者が論文を読むときは、Abstractと序論の最初の方を読んで論文の内容の面白さとか重要性といった第一印象を形成し、それからいきなり考察にジャンプすることが割と多い。本論の理論や仮説は、それなりに時間をかけて精読、味読する必要があるので、後に取っておく。別の言い方をすれば、その論文が、本論の部分をしっかりと読む価値があるかを、前半と考察部分で見極め、そうでない場合はそこで読むのをやめてしまうのである。実証研究の部分はさらに後回しになり、読まれないまま終わることも多い。また、読者にとって論文から学ぶことが多い部分といえば、考察は必ず上位に上がってくる。なぜならば、考察部分に本研究の貢献とか実践的示唆とか将来研究の可能性が詳しく書かれているからである。
ではなぜ考察部分がそんなに早い段階で読まれ、かつ論文の価値評価を左右する大事な部分なのか。それは、序論で投げかけた「問い」に対する「答え」を提示しているのが考察部分だからである。そもそも、1つの論文で、投げかけた問いに対する完璧な答えが得られて研究が完結することはまずない。もしそんなことが起こるならば、投げかけられた問いは優れた問いではない。論文のはじめに提示する問いは、研究対象に対して異なる視点や視野を提供することで読者に新たな気づきを与えるものであり、多くの場合、問われるまで真剣に考えられたことがなかったようなものであるから、そう簡単に皆が納得するような答えが出るようなものでもないだろう。であるから、その問いに対する答えが反対意見やまた新たな別の問いを生む、という連鎖反応も起きやすい。そのような問いこそ、その研究の将来の方向性に伸びしろがあることを示す良い問いなのである。優れた問い、優れた研究とは、その分野に新たな道筋を開き、後続の研究者がさらにその道筋に沿って別の研究を推進することでその分野を切り開いていくチャンスを提供するものなのである。
繰り返すが、優れた論文は、それを読む前と読んだ後で、研究対象に対する見方、考え方が大きく変わるものである。だから、問いによってまず、その研究対象を眺める異なる視点や視座、視野が得られるから、それだけでまず見方、考え方が変わる。そして、当然、その問いに対する答えを知りたくなる。そして、その答えを知ることで「なるほど」「それは意外だ」「やっぱりそうか」などの反応があることで、さらに研究対象の見方、考え方が変わる。そして、それに対して「だったら、この場合はどうなのか」「もしかしたらそれは違うのではないか」「ちょっと混乱してきた」といった新たな問いが生まれ、研究者であれば自分自身の研究でそれを追究したくなってくる。そのような反応を刺激するのが考察の役割の1つである。
逆に言うと、考察部分を書く際に、結果をまとめる以外に書くことがあまりないと頭を抱え込んでいる人もいるだろうが、この場合は、研究そのものがまだそこが浅いために、問いが問いを呼ぶといったように連鎖反応が起きて研究が面白い方向に展開していくだけの深みが欠けている可能性があることを疑った方がよいかもしれない。問いが優れていれば、それに答えようとする過程でも1つの研究だけでは到底足りないから、考えられる色々な答え、さらなるアプローチなど、この研究を起点にさらに色々と研究をしていくネタが湧き出てくるようなものなのである。
Leslie et al. (2023)の総合考察
では、Leslie et al. (2023)の考察部分について具体的に見ていこう。AMJのようなトップジャーナルを含め、数量的な実証論文の考察部分の構造はかなり標準化されているのでどの論文も同じような要素で構成されている。その構造とは、まず最初に本研究での発見をごく簡単にまとめ、本研究の理論的貢献を述べ、次に、実践的含意を記述し、そして、本研究の限界と将来研究を述べ、最後に結論を述べて締めくくる。多少のバリエーションはあるが、Leslie et al. (2023)を含め、だいたいこのような構造である。
Leslie et al. (2023)では、それぞれの調査結果の後に短い考察をつけているので、総合考察という形でこの研究全体の考察を始めている。冒頭では、上述のとおり、まず本研究の主な発見を簡潔かつ的確に表現している。具体的には、本シリーズでたびたび記載しているように、「ダイバーシティ推進では、リーダーは自分がダイバーシティをネガティブに捉えていると思われたくないので、条件的レトリックは価値レトリックよりもリーダーによって使われにくいが、効果面では、従業員は条件的レトリックにおいては、目標の困難さの知覚に伴う動機づけによって、価値レトリックよりも効果が高まる」という発見である。
次に、理論への含意について述べ、それに続いて実践的含意について述べている。以前、序論は「論文のミニ版」であるから、序論で論文全体の内容をごく簡単に触れていると述べた。よって、本研究の貢献部分についても、序論の最後に短く触れられているが、こちらの総合考察では、序論でごく短く記載した理論的貢献および実践的含意を詳細に記載している。つまり、ここで重要なのは、ある意味当たり前ではあるが、序論で短く記述した本研究の貢献と、考察においてしっかりと敷衍して記述する本研究の貢献が対応していなければならないことである。この辺りは論文執筆の際には留意していきたいポイントである。序論の最後の段落と総合考察での貢献の議論との対応関係を整理すると以下のとおりとなる。
序論の最後の段落で述べたポイント
- 本研究では条件付きレトリックという新しい概念を紹介し、それがあまり一般的ではないがより効果があることを理論的に示す。
- 上記の記述ー処方パラドックスを示すのみならず、その心理的メカニズムを明らかにする
- 本研究を通じて、リーダーがレトリックを工夫することで、従業員のダイバーシティ推進に関するモチベーションをより高めることができることを示す。
総合考察で議論されているポイント
- 理論的含意の第1、第2段落:上記の1と対応する内容の詳細な説明
- 理論的含意の第3ー第6段落:上記の2と対応する内容の詳細な説明
- 理論的含意の第7ー第9段落:上記1,2の補足的な内容。代替的な説明の検討や、上記で示したダイバーシティ分野への主たる理論的貢献のほかにサブとしての理論的貢献(レトリックの分野や目標設定理論への貢献)
- 実践的含意の部分:上記の3に対応する詳細な説明
あたりまでではあるが、このように序論の最終段落と考察の貢献部分がきちんと対応していることがお分かりになるだろう。
そして、Leslie et al. (2023)の総合考察の最終ステップは、これも標準的な構造に則り、この研究の長所、限界、そして将来研究への展望を語る部分である。この部分で使われる常套手段としてのテクニックは、限界をうまく将来研究に転換しつなげていくことである。完全無欠な研究などなく、どんな研究でも短所、欠陥、限界点はある。それだけがクローズアップされれば、クオリティの低い研究だという印象を植え付けかねない。であるから、「ピンチをチャンスに変える」「短所を長所に変える」という工夫が有効である。つまり、本研究で足りない部分、うまくいかなかった部分などは、むしろ、この研究をさらに発展させるための課題や方向性をクリアにしたという明るい面があるということである。とりわけ将来研究の部分は、この論文を読んだ研究者は、この研究の続編をしようとする際にどんな研究が思いつくだろうかという視点で、そのヒントを与えるように執筆するのがよいだろう。
最後の「結論」は、論文の締めの言葉であるので、非常に短いものからやや長めのものまでバリエーションはいろいろあるし、あえて「結論」というサブセクションを設けないで論文を閉じる場合もある。ここは著者のスタイルとか思い入れとか自己表現を若干強調してもよいと思われる。Leslie et al. (2023)の場合は割と標準的な終わり方をしているように感じる。
さて、ここまでLeslie et al. (2023)を題材にしたAMJ論文の解説を長々と行ってきたが、少しはトップジャーナルに掲載される論文に求められる要素についての理解が進んだだろうか。決してトップジャーナル掲載論文執筆のための予備校的なことをしようとしているわけではないが、次回以降は、本シリーズで解説した内容の理解度をチェックするための演習問題に入っていくことにする。
文献(教材)
Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402