AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(4)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前々回と前回で、論文の序論についてやや詳しく解説した。今回はこれらをまとめ、構造的な視点から、トップジャーナルに掲載できる論文の序論の特徴について解説する。

序論の構造

まず、AMJを始めとするトップジャーナルでは、論文の最初に「Introduction」という見出しは置かないのが慣例となっている。その理由は、まず、論文の最初が序論であることは明らかなので、あえて序論と書く必要がない。そして、学術全般のルールとして、限られたジャーナルスペースに知識を蓄積していくので、スペースを節約するために余計なことは書かないというのがある。よって、分かり切っている「序論 (Introduction)」という見出しは余計なものだということである。

 

さて、一般的に序論を書く際の難しさの1つに、長すぎず、短すぎず、適度な分量の序論とはどれくらいなのだろうかというものがある。長すぎる序論とは、本来、序論の次の本文に書いていくような内容までが盛り込まれており、序論なのか本論なのか分からないようなものであり、短すぎる序論とは、序論で伝えるべき内容が端折ってあったり、必要な要素が含まれていないので短くなってしまっているものである。であるから、適度な分量の序論を書こうと思えば、序論にはどのような要素が、どのような順番で含まれるべきなのかを知っておく必要がある。

 

AMJに掲載された他の論文をぱらぱらと見てみると、一般的に、序論に含まれる段落は6~8個である。1つの段落には1つのメインメッセージがあるので、そのメインメッセージをつなぎ合わせればストーリーが分かる。では、Leslie et al (2023)では、いくつの段落が、どのようなストーリーを紡ぎだしているか、確認してみよう。

Leslie at al (2023)の序論の構造
  1. ダイバーシティ推進は盛んだがうまくいっていないようだ。しばしばダイバーシティ推進に向けて組織の従業員を動機づけることに失敗しているようである。
  2. 組織のリーダーがレトリックを使ったメッセージを発することでダイバーシティ推進に向けて従業員を動機づけられるかどうかの研究がなされてきた。
  3. 先行研究ではダイバーシティは組織にとって望ましい効果があるといったレトリック(価値レトリック)が有効とされるが、このレトリックははダイバーシティ推進が困難であるという現実に合っていないので本当に有効なのか謎である。
  4. ダイバーシティ推進のためにリーダーが用いるレトリックと、ダイバーシティ推進に有効なレトリックのもっと深い理解が必要である。本研究では、ダイバーティ推進は困難だが、それを乗り越えることができた暁には組織にとって望ましい効果がでるというレトリックがあることを提案する。
  5. これを新しく「条件付きレトリック」と呼ぶことにして、通説である「価値レトリック(Happy Talk)」との比較を試みることによってダイバーシティ研究に貢献しようというのが本研究の主眼である。
  6. まず、自己の心理学を用いて、リーダーは価値レトリックと比較すると、条件付きレトリックを使うことを嫌がり、価値レトリックを使いがちであることを主張する。
  7. どちらのレトリックのほうがが効果が高いかについては、価値レトリックも条件付きレトリックも、ダイバーシティに価値があるといっている点では同じだが、条件付きレトリックのみ、困難な目標を設定している分、従業員のモチベーションをさらに高める効果がある。よって、効果面では条件付きレトリックに軍配があがると主張する。
  8. 上記を組み合わせると、2つのレトリックを比較した際に、リーダーが実際に用いがちなレトリックと、実際に効果が高いレトリックが逆転するという「記述ー処方パラドックス」が本研究で理論化される。これを4つの調査で実証する。
  9. 本研究の貢献は、条件付きレトリックを提案し、それを価値レトリックと比べたときに記述ー処方パラドックスが生じることを明らかにする点、そして何故そうなるのかについての心理メカニズムを明らかにする点である。

Leslie et al (2023)の序論の段落数は9であり、通常よりもやや多めであることが分かる。第2回でも述べたが、この論文の要約(Abstract)も慣例からやや逸脱しており、この論文の最大のアピールポイントである主張する内容とそのロジックを強調していた。序論も同じような傾向があり、この論文の目玉である「記述ー処方パラドックス」を、端折りつつも、読者に問いかけ、そして答えていくという謎解きストーリーとして理論とロジックが分かるようにやや丁寧に説明している分、段落数が多くなっている印象を受ける。つまり、読者をひきつけるための謎解きの問いを与えて、その種明かしをしていくというストーリーを重視した序論であるわけである。

 

一般的に推奨されている序論の構造は以下の通りである。まず、最初の1~2段落で、なぜ本研究のテーマが大切なのか、なぜ読者がこの論文を読むべきなのかを述べる(つかみの段落)。そのことで読者を味方にする。次の1~2段落で、本テーマについて、これまでの先行研究で何がわかっており、何がわかっていないのかを述べる。ここで、学術として本テーマに関する探究の現在の立ち位置と現状の課題を著者と読者とで共有する(問題把握の段落)。さらに次の1~2段落で、本研究が何をすることで現状の課題に取り組み、学術を発展させるのかを述べる(研究内容の段落)。最後の1~2段落で、本研究によって何を学ぶことができるのか、あるいは学術や実務への貢献を述べる(貢献の段落)。それぞれのパートが1~2段落なので、平均すると6~8段落ということになる。

 

上記の一般的に推奨されている段落の構造と、Leslie et al (2023)の段落の構造を比較してみよう。まず、つかみの段落は、最初の1段落のみである。その後すぐに問題提議の段落に移る。2段落と3段落でそれに充てる。そして、研究内容の段落で4~8段落と、5つもの段落を使っている。先述したように、本論文で展開するロジックと主張、そして提案する理論命題がこの論文のアピールポイントでありハイライトなので、最初の段階でこの強みを最大限に引き立てるために、序論であるにも関わらず、贅沢に5つもの段落を消費しているである。そして貢献の段落は、最後の9段落のみである。このように、Leslie et al (2023)の序論の構造は、序論に含めるべき要素のバランスを極端に内容の段落に偏らせていいるため、一般論として提唱される序論の構造を少し逸脱したものとなっている。

 

Lislie et al (2023)の序論から学べることは、トップジャーナルに掲載するような論文を書きたい場合、一般的に推奨されている要素を含め、かつ、それぞれの要素をバラン良く配置するという「型」を基本として遵守しつつも(守)、自分の論文のもっとも強いところ(謎解きストーリーとその答えとしての興味深い理論命題)を強く見せるということを意識することでその型を一部破り(破)、結果として、一般的な序論を若干逸脱した構造となっており(離)、かつそれが論文の魅力を引き立て、読者を味方にするという成功につながっているということである。

 

序論の解説はこれくらいにして、次回は、本論すなわち理論と仮説の部分について解説したい。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402