本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回は、論文の本論について、理論的貢献とは何かを含めてその前置きについてやや詳しく説明をしたあと、本論の解説を始め、研究背景について説明した。今回は、次の理論構築と仮説のところの説明に入る。繰り返し述べているとおり、この部分が本論文のハイライトであるが、大まかな骨子は序論で謎解きストーリーとして説明済みであるので、読者はそれを思い出しながら、どのような理論的説明や論理展開によってそのようなストーリーが成り立つのかを丁寧に吟味していく箇所である。
新しい理論を構築すること
まず、前回説明した重要な点をおさらいしておこう。AMJのようなトップジャーナル掲載論文に求められるものの1つが「理論的貢献」で、その多くは「新しい理論」を構築することで達成される。「新しい理論」という表現がやや曖昧であり誤解が生じやすいが、ここでいう新しい理論はゼロから作り上げるというよりは、広範な領域をカバーする既存の理論とか理論枠組みを援用して、より焦点が絞られた狭い範囲の研究対象(経営現象)を説明するものと位置づけられる。それゆえ、AMJのようなジャーナルが求める新しい理論は、研究対象に対する「問いの立て方」と対応している。Leslie et al. (2023)の問いは、「価値レトリックと条件付きレトリックを比べた際、リーダーはどちらをよく用いるのか、そしてどちらが実際に効果があるのか」である。この問いは十分に焦点が絞られた狭い範囲の問いである。この問いに対して、どうなるのかを「記述」し、なぜそうなるのかを「説明」し、それゆえ、実際に何が起こるのかを「予想」したり望ましい結果を生み出すために特定の変数を操作することができるような理論は、Leslie et al. (2023)以前の時点では「存在しない」。だから、この問いに的確に答えることができる理論を作れれば、それは「新しい」のである。だから、新しい理論を構築するためには「問いの立て方」が絶対的に重要であることをしっかりと覚えておきたい。前にも述べたが、問いが立てられて初めてその重要性に気付いたり、深く考えるきっかけを得たり、新たな洞察が得られたりするので、問いの立て方が学問における理論構築で最も重要な要素なのである。
理論構築および仮説の導出
では、Leslie et al. (2023)がどんな新しい(研究対象となる現象の理解に範囲が限定された)理論を構築したのか、その際に、どのようにして既存の(より汎用性の高い)理論を援用したのだろうか。まずはこれらを整理していくことにする。
Leslie et al. (2023)が構築した理論および仮説
繰り返しになるが、Leslie et all (2023)は、ダイバーシティ推進のためにリーダーが利用可能なレトリックとして、「価値レトリック」と「条件付きレトリック」があることを述べた上で、本研究では、「この2つのレトリックのうち、リーダーはどちらをよく用いるのか、そしてどちらが実際の効果が高いのか」という問いを設定し、それに答える理論を構築した。Leslie et all (2023)らが構築した理論を一言で短くいうと、「ダイバーシティ推進のためのレトリックに関する記述ー処方パラドックス」である。これを「命題」というかたちで具体的にいうと、「ダイバーシティ推進では、条件的レトリックは価値レトリックよりもリーダーによって使われにくいが、逆に前者は後者よりも効果が高い」というものである。これは、「リーダーが実際にやっていることと、リーダーが実際にやったほうがよいこと(処方箋)が矛盾している」という意味での「記述ー処方パラドックス」である。
何が新しいのか、どこに価値があるのか
では、Leslie et all (2023)らが構築した理論のどこが新しく、どこに価値があるのか。まず、以前に説明したとおり、「価値レトリックと比較する対象として「条件付きレトリック」というコンセプトを新たに提唱し、この2つを比較する理論を構築したという「視点」が新しい。この視点からLeslie et all (2023)らが構築した理論は過去にはなかった新しいものであるといえる。次に、「記述と処方のパラドックス」という命題のかたちで簡潔にまとめあげている点である。これもこれまで提唱されてこなかった新しい理論命題である。そして、このパラドックス命題は、実際にしていることとやるべきことが一貫しておらず、ある種の驚きとか意外性を喚起する面白さを持っており知的好奇心をくすぐる価値がある。さらに、この命題は、それを知ることによって実践の際に注意すべき点とか良くない結果を回避しつつ物事がうまくいくような施策を考えるきっかけを与えてくれる点で実践的な価値もある。
多くの読者は、この論文で発した問いやそれに答える形で構築された理論をこれまで深く考えたこなかっただろうから、読者に多大な気づきを与えてくれる。すなわち、ダイバーシティ推進について異なるレトリックに着目することは、多くの人々がこれまで深く考えてこなかった視点だが、そのようにしてこの現象を見ると、そこにはパラドックスが生じる重要なメカニズムが内包されており、それを知ることで実践にも活かすことができるのだと実感することができる。経営教育に携わる教員やダイバーシティ推進のコンサルティングなどに携わる者であれば、この論文を読んだ後には、この発見を実務家に伝えよう、この理論に基づいて話し方を変えよう、といったモチベーションも湧いてくる。これまで述べてきたこの理論の新しさや価値を一言で表すと、読者がこの論文を読んで理論を知る前と、読んだ後で理論を知った後は、ダイバーシティ推進に関する見方、考え方が大きく変わるという点が最大のポイントである。これがトップジャーナル掲載論文に求められる貢献である。
演繹的な理論武装の原理
そしてさらにトップジャーナルに求められる要件は、このように知的に面白く、読後の世界観が変わるような理論の提唱のみならず、その理論が本当に確からしい(妥当性が高い)と胸を張って言えるだけの理論武装(根拠として使用する既存の理論およびロジックの厳密性)と、その妥当性を経験面からサポートする実証データによるエビデンスの提供である。実証部分は後ほど説明するので、ここでは理論武装について説明する。先に、新しい理論をまったくのゼロからつくりあげることは相当困難であることを書いた。であるから、理論武装においては、既存の理論を、新しい理論の根拠として用いることになる。既存の理論は、先行研究によってその妥当性が十分に認められているものを用いれば、それには間違いが含まれていないものとして扱ってよい。あるいは、この論文でその理論自体の妥当性には疑問を挟まないという「前提」として扱ってよい。そして、そのような既存の理論・前提から、論理的に命題を導くプロセスで論理的な間違いや欠陥がないことが重要である。この手の実証研究は演繹的な方法に依存している。すなわち、前提が正しければ、そこから正しい論理演算によって演繹的に導き出される命題も正しい、ということである。だから、最終的な命題の確からしさを担保するためには、すでに妥当性が認められた理論と、いくらかの検証せずとも確からしい前提と、論理的に間違いのない演算がセットになればよいのである。そこをしっかりと押さえるのが本論の役目である。
さて、汎用性の高い理論や確からしい前提から演繹的に導き出されたこの研究対象に特化した理論および理論的命題は、抽象度が高い概念感の関係性を述べたものとなる。ここから、実証研究で直接検証することが可能な具体的な仮説が導かれる。仮説は、実証研究で測定が可能な変数間の関係性として記述される。別の言い方をすると、命題で述べられている概念はまだ測定を前提としたものではないので、実証研究をするためには、測定可能なものに置き換える必要があり、それを行うことが命題から仮説を導出するということである。論理学的に、理論および理論命題が正しければ、そこから導き出される仮説も正しいと仮定しよう。つまり、理論は仮説が成立する必要十分条件にあるとしよう。これを逆に考え、仮説は理論が成立する必要十分条件だとすると、仮説の妥当性が経験的エビデンスによってにサポートされるのであれば、理論および命題の妥当性もサポートされる。実証論文の実証研究部分はこのような前提で行われる。Leslie et al. (2023)が理論命題から導いた仮説は以下のとおりである。
- H1a: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合、リーダーは条件付きレトリックをあまり使わない
- H1b: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合にリーダーが条件付きレトリックをあまり使わないのは、リーダーが偏見を持っていると見られることを恐れることが媒介しているからである
- H2a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
- H2b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
- H3a: リーダーが価値レトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
- H3b: リーダーが価値レトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
- H4a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、価値レトリックを使う場合と比べると、従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
- H4b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、価値レトリックを使う場合と比べて従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が困難な目標であると知覚することが媒介しているからである
これらの仮説のうち、H1は、リーダーが実際に行っていることの「記述」についての仮説で、H2、H3、H4は、どちらのレトリックが実際の効果が高いのかに関する「処方」につながる仮説である。そして、H1aのような「a」がつく仮説は、メインとなる変数間の関係についての仮説、H2bのような「b」がつく仮説は、メインとなる変数間の関係を、別の変数が媒介していることを示す仮説である。つまり、「a」がつく仮説は、目に見える現象に関する仮説で、Xを独立変数、Yを従属変数とすると、X→Yのような関係性を表現したものである。一方、「b」がつく仮説は、目に見える現象の背後に潜むメカニズムを、媒介変数というかたちで表現したもので、Mを媒介変数とすると、X→M→Yという関係性を示すものである。仮説の整理の仕方も分かりやすく構造化されており、とりわけ、目に見える現象間の関係性の仮説と、その背後に潜むメカニズムを含めた仮説を分けて構造化しているところは学ぶべきポイントである。
さて、今回は、Leslie et al. (2023)が提唱した理論がどんなもので、それのどこが新しく、価値があるのかについての説明にかなりのスペースを使ってしまったので、上記の仮説についての詳細な説明は次回にまわす。次回は、Leslie et al. (2023)が、どのようにして既存の理論と論理を組み合わせて本研究の新しい理論と仮説を構築していったのかについて解説する。
文献(教材)
Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402