AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(5)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回で、論文の序論についての解説を終えたので、今回は本論に移り、論文の最も重要な要素の1つである理論と仮説について解説する。

理論的貢献とは

そもそもAMJといった経営学の実証研究のトップジャーナルに論文を掲載させるには、別の言い方をすれば、経営学の実証研究として優れた研究論文を作成するには、理論的貢献と実証的貢献の両方が必要である。当然、この両者は車の両輪のようなものであり、経営学の実践に影響を与えるような優れた理論的貢献があって、それが経験と照らし合わせても妥当であることを示すことが実証研究としては最も重要なのである。実証的貢献については、本シリーズの後半で説明することになるので、今回は、理論的貢献に焦点を絞って本論の書き方を解説する。では、理論的貢献とはどのようなものを指すのであろうか。これには色々なパターンが考えられる。例えば、既存の理論を否定したり反駁する、既存の理論を修正したり改善したりする、既存の理論を別の理論で置き換える、新しい理論を構築する、などが考えられる。理論とは、経営学であれば経営学の現象を理解するための知的枠組みであるから、理論的貢献がなされると言うのは、対象とする現象の理解を前進させることに他ならず、応用学問である経営学に関していれば、それは経営現象の理解を前進させることで優れた実践につなげていくという実践的貢献も同時に意味している。

 

また、研究対象との絡みで言うならば、よく知られた現象に対して、通説とは異なる理論的視点から光を当てることで新しい洞察と理解を得る方法、あまり研究されてこなかった現象、あるいはこれまでなかった新しい現象に対して、既存の理論を当てはめることで理解を深める方法、あるいはその新しい対象にあった理論を新たに構築することで理解を深める方法などが考えられる。ただ、新しい理論を構築するといっても、AMJのような実証研究の多くの場合は、汎用性の広い万能な理論を構築するというよりは、対象とする現象をよく説明するための限定された理論を構築することが多い。実は、Leslie et al. (2023)の論文は、このパターンである。また、研究対象は、比較的良く知られ、先行研究も多いダイバーシティ推進である。ただ、ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックに限定すると、そんなに多くの研究があるわけではないかもしれない。いずれにせよ、「ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックに関して、これまでにはなかった新しい理論を構築した」というのが本論文の中核的な理論的貢献であるといってよい。なお、経営学においてより汎用性の高い理論を構築する場合は、理論論文のみを掲載するAcademy of Management Review (AMR) といったジャーナルに論文を掲載させることになる。こちらのジャーナルは実証研究を対象としておらず、理論構築に特化した論文のみを掲載する。

 

さて、Leslie et al. (2023)が行なった理論の構築プロセスで学ぶべき重要なポイントを紹介しよう。それは、AMJ論文のような実証論文の多くで構築する「比較的狭い範囲に限定された新しい理論の構築」にあたっては、より広い範囲の、よく知られた、汎用性の高い理論をうまく組み合わせ、援用することで構築することが多いということである。新しい理論を作り上げるといっても、全くのゼロからそれを作り上げる必要はないし、そのような方法は非常に困難である。どんな学問であっても「巨人の肩に乗る」というのが基本的な姿勢である。つまり、これまでの偉人が作り上げてきた知的構造物の肩に乗ってそれを伸ばす、あるいは超える優れた理論を構築する。だから、研究対象である現象をよりよく理解するために、よく知られたより汎用性の高い理論を援用することが有効なのである。汎用性の高い理論というのは、幅広い現象を説明することが可能であるという点で大きな強みがある一方、それは裏を返せば、それはある意味粗いというか根本的な説明、原理原則に立ち返ったような説明にならざるをえないので、狭い範囲の現象を詳細に記述・説明したり、より正確に予測したりすることができないという弱点がある。焦点が絞り込まれた狭い範囲の現象を詳細に記述したり説明したり予測できなければ、実務家にとっても対象となる現象に関して有意義な施策を打ち出すことはできない。AMJのようなトップジャーナルに掲載される論文で構築される理論というのは、このギャップを埋めるものであることが多いのである。

本論(研究背景)

前置きが長くなってしまったが、ここでLeslie et al. (2023)の本論の解説に入りたい。既に説明済みの通り、Leslie et al. (2023)では、序論で本論文の中核的な理論的貢献であるストーリーをハイライトとして披露しているので、読者としては、どのようなストーリーがこの論文の骨子なのかは既に知っている。であるから、本論文の本論では、このストーリーを、厳密に、ロジカルに、説得力のある形で、丁寧に示していくことで読者を納得させるところがポイントである。Leslie et al. (2023)の本論の構造は、研究背景と理論構築とそれに付随する仮説で構成されている。まず、研究背景のセクションでは、序論でも述べたような問題提起を行なっている。具体的には、ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックとしては、「ダイバーシティは重要だ、ダイバーシティは価値がある、ダイバーシティを実現することは組織にとって望ましい」といった「価値レトリック」が支配的であって、それにはいくつかのタイプがあり、それぞれ研究がなされてきているが、概して、このようなレトリックは従業員をダイバーシティ推進に動機づける上で効果があるということが記載されている。一方、これはダイバーシティが実は困難であって組織にとって良いことばかりではないという現実とミスマッチであることを指摘している。

 

上記の研究背景は、序論で既に指摘していることをやや詳しく説明している箇所なので、読者も特に驚くことはなく、序論で理解したストーリーの端緒をここで再確認することになる。そしていよいよ本論の中でもメインの理論構築のパートに入る。ここで、序論でも紹介したとおり、ダイバーシティ推進のためにリーダーが利用可能なレトリックとして、「価値レトリック」と「条件付きレトリック」があることを述べた上で、本研究では、「この2つのレトリックのうち、リーダーはどちらをよく用いるのか、そしてどちらが実際に効果があるのかについての理論を構築する」と宣言している。見ての通り、新しい理論を構築するといっても、かなり限定された狭い範囲の現象を説明するための理論であることがわかるだろう。重要なのは、たとえ、限定された狭い範囲の理論であったとしても、それが私たちの現象理解、ものの見方、考え方に影響を与え(揺さぶりをかけ)、違った視点からその現象を眺めるきっかけや気づきを作り、そうすることで実践に影響を与える(よりよい実践につなげる)ことができるならば、それは優れた理論的貢献なのであり、優れた研究だと言えるのである。

 

さらに言えば、いかに限定された狭い範囲の理論であっても、それがその範囲を超えた現象にも当てはまる可能性が見出せるのであれば、さらに優れた研究成果だといって良いだろう。つまり、Leslie et al. (2023)の研究は、ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックとその効果に限定された研究であるわけだが、その成果が、ダイバーシティ推進以外にも応用できるかもしれない、リーダーが用いるレトリック一般にも応用可能かもしれない、というような可能性が感じられるのであれば、それは将来の研究で追求していくことができるから、新たな研究の機会と道筋を開くことで、関連領域の分野の発展にも寄与していけるポテンシャルが高いという意味でも優れているのである。

 

次回以降は、Leslie et al. (2023)が具体的に、どのように新しい理論を構築していったのか、その際に、どのように、既存の理論をうまく用い、組み合わせていったのかについて解説していく。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402