AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(8)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回までで、本論文の序論および理論部分についての解説を行った。これまで見てきたことから分かるとおり、Leslie et al. (2023)の論文のとりわけ前半の構造は、典型的なトップジャーナル掲載論文の構造からやや逸脱しており、謎解き的なストーリーとそこから導かれる新しい理論を前面に押し出す形となっている。それゆえに、その理論および仮説を実証的に調査・分析した部分があまり強調されていない。しかし、重要なのは、興味深い理論、物事を深く理解できるような理論を提唱するだけではAMJのようなトップジャーナルには掲載できないということだ。そのような理論がほんとうに確からしいか、専門用語でいえば、十分に「妥当かどうか」を実証データで厳密に検証することが必要不可欠なのである。

 

余談であるが、数学や論理学のような学問ではない限り、つまり、経験科学の場合は、原理的に提唱する理論が正しいことを「証明」することはできないので、実証データで検証した結果を報告する際に、数学や論理学的な意味での「証明」という言葉を使ってはならない。

 

さて、Leslie et al. (2023)の研究が秀逸なのは、論文では理論面の貢献を強調しておきながら、実証研究の方法も非常に緻密にデザインされており、厳密に実施されているところである。特筆すべきは、異なる手法を組み合わせて合計4つも実証調査を行っていることである。トップジャーナルに掲載させるだけのクオリティを担保した実証調査を1つだけ行うのでも大変なのに、それを1つの論文で4つも実施しているのである。それだけの時間と労力をかけないとトップジャーナルに掲載できるような論文を作成することは困難だということもできるだろう。

異なる手法を組み合わせた4つの実証調査

ではなぜ、1つの論文に4つも実証調査を行っているのか。それは、先ほども述べたように、トップジャーナルに論文を掲載するためには、提唱する理論や導出した仮説が本当に妥当なのかどうかを厳密に、別の言い方をすれば「科学的に」検証することが必要であるからである。Leslie et al. (2023)の実証調査の長所は、異なる手法を組み合わせることで、それぞれの長所を足し合わせ、短所を相殺するというテクニックによって、提唱する理論や仮説を指示するエビデンスを強化している点である。どのような調査でも長所があれば短所もある。しかし、短所を攻撃されればその研究を支えている屋台骨が一気に揺らいでしまう。であるから、特定の手法が有している短所(限界点)を、他の手法の長所によってカバーするのである。Leslie et al. (2023)に即して言えば、後述するように、調査1の統計資料を用いた分析では、最初から理論や仮説の検証を目的として設計され、収集されたデータではないため、因果関係を厳密に検証できないうえに、メカニズムとして想定した媒介変数などがデータセットに入っていない。それに対して、調査2、3で因果関係の推論に強い実験的手法は因果関係の推論に強いし、仮説に基づいて事前に操作したり測定する変数を決定できるため、調査1の弱点を補うことができるのである。

Leslie et al (2023)が提示した問い、理論命題、仮説の構造

ここで、前回までで説明したLeslie et al. (2023)が提示した問い、理論命題、仮説の構造をもう一度整理して示しておこう。

  • 研究の問いダイバーシティを推進するための価値レトリックと条件付きレトリックを比較した場合、リーダーがそれを利用する度合いや実際の効果についてどんなことが言えるか
  • メインの理論命題:リーダーは相対的に価値レトリックのほうを好んで使うが、条件付きレトリックの効果性のほうが相対的に高いという「記述ー処方パラドックス」の関係がある
  • 仮説:上記の理論命題をブレイクダウンした形で、レトリックの種類とその使われやすさ(H1a)、およびその効果性(H2a, H3a, H4a)に関する仮説と、それらの仮説の背後にある理論的メカニズムを示す媒介変数を含んだ仮説(H1b, H2b, H3b, H4b)

実証調査の概要と各手法の特徴

Leslie et al. (2023)では、実証調査の先頭部分に、4つの研究の概要を説明している。ここでも、それに倣って、実証調査の概要と各手法の特徴について説明しておこう。

調査1(統計資料の分析)

調査1は、公表されているアーカイブデータを用いた調査である。具体的には、企業のウェブサイトの情報や公表されている企業のダイバーシティランキングの資料を用いて、それぞれの企業が用いているレトリックを収集した上で、仮説のうち「リーダーは相対的に価値レトリックのほうを好んで使うが、条件付きレトリックの効果性のほうが相対的に高い (H1a, H2a, H3a, H4a)」が支持されるかを検証するものである。アーカイブデータを用いることの強みは、実在する会社が公表しているデータや企業ランキングの結果といった「事実」をデータとして扱っている点で、「外部妥当性」すなわち、本論文で導いた理論および仮説が企業の現実の実践を反映している度合いが高い点である。つまり、企業の実践の現実において、理論や仮説の通りのことが生じていることが確からしいということである。一方、アーカイブデータを用いた研究の短所は、先に述べたように、目に見える事実データのみを扱っている点で、その背後にある理論メカニズムを直接検証できないことである。なので、理論や仮説で示した「因果関係」が本当に妥当かどうかわからない。これを内部妥当性が低いという。

調査2および調査3(実験)

調査2と調査3は実験である。実験によって、理論メカニズムに関する仮説を検証している。調査2では、リーダーが偏見を持っていると知覚される恐れを回避するために価値レトリックを使っているのかどうか(H1a, H1b)を検証し、調査3では、レトリックの種類が効果の違いを生むメカニズムとして、強い主張の知覚と、目標設定効果が介在しているかを検証する。実験の長所は、研究者側で独立変数を操作した上で、その結果、従属変数がどうなるのかを検証するので、理論や仮説で示している因果関係を検証することができる点である。つまり、内部妥当性が高いということである。逆に、実験の短所は、研究者が特定の変数を操作するために、その他の条件を等しくするがゆえに、実験的環境が現実世界から遠ざかる可能性があるということである。高度に統制された実験的環境は被験者から見ると非現実的な世界かもしれない。そのような環境で明らかになった因果関係は、本当に現実の世界でも成り立つのかがわからない。これを、外部妥当性が低いという。

調査4(サーベイ調査)

最後の調査4は、従業員サーベイを用いた調査である。価値レトリックの方が条件付きレトリックよりも使われやすいこと(H1a)を再度検証し、そして、2つのレトリックの相対的な効果性を、その背後にある理論メカニズムを含めて(H2a, H2b, H3a, H3b, H4a, H4b)検証している。サーベイ調査の長所と短所は、アーカイブを用いた調査1と類似しており、外部妥当性が高く、内部妥当性が低い。ただ、調査1で用いているデータは、本研究とは関係なく生み出されたデータなのに対し、サーベイ調査は、あくまで本研究の理論や仮説を検証する目的であらかじめ設計された質問を尋ねるという面で、アーカイブを用いた調査よりも仮説を厳密に検証することができる。

 

4つの調査はそれぞれ特徴や長所、短所が異なっているがゆえに、それらを組み合わせることで、短所が打ち消され、長所が生かされ、理論や仮説を支持する強力なエビデンスを得ることが可能だということがお分かりになったであろう。

 

今回は、Leslie et al. (2023)の実証調査の概要を説明した。次回以降は、実証調査の記述の構造の仕方と、それぞれの実証調査を詳しく見ていくことにする。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402