AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(9)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回は、Leslie et al. (2023)の実証調査の概要を説明した。今回は、4つの実証論文の記述の構造をもう少し説明することで、論文の実証部分の書き方をマスターする助けとなる説明をしたい。

実証部分の記述構造

本論文は、理論部分で導出した理論命題と関連する仮説を、4つの実証調査で検証したものを報告している。なので、最初に、「Overview of Studies」というセクションを作って4つの実証調査の概要を説明している。こちらの詳細は前回解説した通りである。

各実証調査の記述構造

調査1から調査4について、それぞれ、「簡単な導入説明」「方法」「結果」「考察」が1つのセットとなっている。まず、それぞれの実験の趣旨がごく簡単に述べられる。それから、「方法」のセクションでは、「サンプルと調査手続き」として、サンプル特性の詳細(性別、年齢、人種、職務経験など)と、数量研究であるので、調査で測定した変数が説明される。その後、分析結果が統計情報とともに記載され、考察に移る。それぞれの調査に盛り込まれているこれらの記載内容は、実証調査が1つだけの論文でいうと、論文の後半に含める内容全部に匹敵するものをコンパクトに記載していることになる。それぞれの調査の「考察」は、あくまでそれぞれの調査の結果から言えることを議論する目的であって、その後、「総合考察」で、4つの調査全体をまとめた議論を展開する。1つの論文に4つも調査を報告するということは、ページ数や字数制限があるなかで、なかなかチャレンジングでもある。できるだけ簡潔に、かつ図表を含め必要な情報は全て盛り込む形で記述していく必要がある。この意味において、Leslie et al. (2023)は、謎解きストーリーのような形で問題設定から理論の構築、仮説の導出もしっかりと記述した上で、さらに4つもの実証調査の詳細の報告を、学術論文という限られたスペースの中で効果的に記載できていることから、このような文章スキルの力量も学ぶべきポイントである。

調査関連データの公開

実証調査にあたって、Leslie et al. (2023)は、オープンサイエンスの精神に則り、分析に用いたデータや補足資料をウェブ上で公開している。

https://osf.io/94n8h/?view_only=fe388e8d11534c99a19896effe7f6b78

こちらのウェブアドレスは論文内に記載されており、誰でもアクセス可能である。上記のリンクを辿っていただければわかるが、ここには、研究倫理審査委員会からの承認書類、オンライン版の論文補足資料、調査計画の事前登録書類、それぞれの調査のデータと統計分析ソフトウェアのシンタックスがアップロードされている。オンライン版の補足資料は、実証研究のやり方を学習するうえで大変参考になる実際に行われた情報がオープンになっているわけなので、ぜひ活用していただきたい。

研究倫理審査委員会からの承認書

実証研究において、とりわけヒトを扱う場合には、事前に大学など所属機関の研究倫理審査委員会に研究計画を提出し、委員会からの承認を得ておくべきである。研究倫理審査委員会の承諾なく実施した調査で何らかの倫理上の問題や訴訟などが生じた場合、所属機関の責任範囲外となるので助けてくれず、全て研究実施者の責任となるし、所属機関への賠償責任が生じるかもしれない。

オンライン版の補足資料

本論文は特にそうであるが、学術雑誌に1つの論文が割けるスペースには限りがある。その限られたスペースにできるだけ簡潔に、かつ網羅的に研究内容を報告しようとすると、どうしても補足的な内容のものは論文そのものに載せられない。その代わり、それらを補足資料として、オンラインで提供する方法が普及しつつある。オンライン版の補足資料を賢く使うことで、論文自体はコンパクトにまとまった読みやすいものになるわけである。

オンライン補足資料において実証研究の学習で参考になるのが、質的な情報のコーディングの仕方(コーディングにより質的情報をダミー変数に変換するプロセス)、実験に使われた指示やシナリオ、予備調査(パイロットスタディー)の詳細、論文で書ききれない補足の分析、検定力(パワー)分析(サンプル数の決定や妥当性に用いる分析)、調査に使用した新しい尺度の開発プロセス、要するに、実際に実証研究を実施しようとするときに役に立つ情報が満載なのである。昔は、論文に書いてあることと同じよう調査を実施しようとしてどうしても分からないことがあると、著者に連絡して実際に使った質問票とかを送ってもらったりしたが、著者があらかじめ積極的に開示してくれるおかげでそのような手間が省けるのである。

調査計画の事前登録

調査計画を立てたら、それを事前に登録する動きが広がっている。調査計画を事前登録する意義は、その計画通り調査を行ない、その結果を報告していることを示すためである。これによって回避されるのは、データを収集してしまってから、探索的に有意な結果を探し、後付けで理論を作るようなHARKing(Hypotheses After Results are Know)とか、有意な値が出るまでデータをこねくり回すP-hackingなどである。データをいじっていたときに偶然起こった結果に対して、あたかもそれを事前に仮説を立ててその仮説検証のために計画してデータを収集したかのように見せるのは倫理上も問題があるし、なにしろ、真の関係が分かったのではなく、「偶然に」データの形状とモデルがフィットしただけなのかもしれないという可能性を拭いきれない。

調査データ公開の意義

データを公開するということは、論文の読者が、そこに書いていることと同じ分析を、同じデータを使って実施し、論文で報告されている結果と同じ結果が出るかどうか確かめることができることを示している。これを、分析の再現可能性という。これは、異なるデータを用いて、論文の結果が再現されるかを確かめる「追試」とは趣旨が異なるので注意されたい。あくまで、同じデータを使って、分析が適切かどうか、分析に間違いがないかどうかを誰もがチェックできるようにしているのである。例えば、同じデータでも、異なる分析の仕方をすると結論が変わってしまうようなことがあれば大きな問題である。これまでは、研究者が外部からのリクエストがあればデータを公開することは研究を実践する上での義務であったわけだが、これは消極的な航海である。それをさらに一歩進めて、研究者が積極的に分析に使ったデータを世の中に曝け出して、第三者からの審判を受けようということである。データのオープン化は、分析の間違いや不適切な分析があった場合の修正可能性を可能にすることで科学にとっては健全な活動であるため、近年広がっている動きである。

 

今回は実質的な実証研究の内容の説明まで辿り着かなかったので、次回以降は、それぞれの調査について、調査方法の説明も含めて解説していきたい。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402