AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(3)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回は、序論の前半部分でテーマの重要性を確認し、常識や通説に対する疑問を投げかけて読者の思考にゆさぶりをかけることで、謎解きが始まったような状況を演出することを紹介した。今回は、序論は、論文全体のミニ版であるという視点に基づき、序論の後半部分に移って、Leslie et al (2023) がこの論文全体でどんな謎解きのストーリーを展開しようとしているのかを解説する。

序論(後半部分)

さて、Leslie et al (2023)が序論の前半で発した謎は、リーダーが「ダイバーシティは組織にとって望ましい」ことを示唆するレトリックを用いたメッセージを従業員に対して発することは、従業員を勇気づけ、動機づけるのに有効だと言うのが常識のように思えるが、そのレトリックは、ダイバーシティの現実を反映していないのではないかというものであった。リーダーが、ダイバーシティが簡単には実現しないという事実を無視し、現実離れした「Happy Talk」を展開することが本当に効果的なのかという疑問でもある。そして、ダイバーシティ推進が困難であることが現実の姿なのであれば、リーダーはそのことをレトリックに含めるべきではないのか、例えば、「ダイバーシティの推進はとっても困難であるが、それが実現することは組織にとって望ましい」というようなメッセージを送った方が、現実的だし効果があるのではないか、という疑問を読者に投げかけている。そう言われれば読者は「そうかもしれない」と思うだろう。だが、そういわれるまで読者はそのようなことを深く考えていなかったというのが一般的な反応だろう。

 

上記の主張は、直感的に考えれば「そうかもしれない」という反応を喚起するだろうし、だったらそう言えばいい、あるいは実際にリーダーはそのように言っているのではないか、と感じるだろうが、これを理論的、論理的にもう少し突っ込んで考えてみると、そう簡単ではないことがわかってくる。Leslie et al (2023)はその理論的、論理的説明を進めていく。まず、ごく常識的な発想として、リーダーがメリットを主張すれば、従業員のやる気は高まるだろうが、リーダーがデメリットを主張すれば、従業員のやる気が下がるのではないかと考えられる。だったら、リーダーがメリットとデメリットを両方主張してしまったら、やる気を高める効果とやる気を下げる効果が相殺されてしまって効果が弱まってしまうのではないか。だったら、リーダーがメリットのみを主張する方が従業員をやる気にさせる意味では望ましいのではないか、という考えが生まれてくる。

 

他方、モチベーション理論をもう少し見ていくと、従業員がデメリットを認識しており、それを乗り越えることが困難であることがわかったとしても、目指すべき目標が困難であるほど、それを乗り越えようと動機づけられるという考え方もある。これは目標設定理論という理論とエビデンスから導かれる。Leslie et al (2023)は、こちらの考え方に賛同することで、先ほど紹介した「ダイバーシティの推進はとっても困難であるが、それが実現することは組織にとって望ましい」というものを「条件付きレトリック」と呼ぶことによって、新しいレトリックの提案をするのである。ここでいう「新しいレトリック」という表現には若干の注意が必要である。これは、それまでそんなレトリックの使い方はなかったから新しいレトリックの方法を生み出したということではなく、昔からそのような言い方は存在するが、本研究では、いわゆる「Happy Talk」である「価値レトリック=ダイバーシティは素晴らしいというメッセージ」と対応させるための分類として「条件付きレトリック=ダイバーシティは困難を乗り越えるという条件付きで素晴らしい」と言語化してみたということなのである。言語化あるいはネーミングが新しいということである。

 

上記のところまでで、Leslie et al (2023)は、「価値レトリック」に対して「条件付きレトリック」という新しいレトリックのタイプを提案し、後者の方がダイバーシティの現実を反映したものであるし、目標設定理論の観点からも効果的なのではないかというアイデアを提案した。そしてLeslie et al (2023)は、さらにここから興味深い議論を展開していく。それはどういうものかというと、ダイバーシティ推進には条件付きレトリックの方が効果的なのだろうが、リーダーは条件付きレトリックをあまり使いたがらないだろうと主張するのである。この主張は「自己の心理学」の考え方が援用されていると述べている。すなわち、リーダーは、リーダーとしての自分のイメージを傷つけないためにも、自分が従業員に対して発するメッセージにおいて積極的にデメリットに言及するのを嫌がると思われるからである。このことから、Leslie et al (2023)は、この論文の最大のアピールポイントとも言える、逆説的な理論的命題を提案する。それは、「条件的レトリックは価値レトリックよりも使われにくいが、逆に前者は後者よりも効果が高い」という命題である。

 

いったんここまでをまとめると、本論文では、ダイバーシティ推進のためにリーダーが従業員を動機づけるために用いるレトリックの選択肢として、Happy Talkである「価値レトリック」と、新しく提唱する「条件つきレトリック」を比較するというのが主眼である。価値レトリックと条件付きレトリックを比較すると、どちらも、ダイバーシティを実現することは素晴らしいという「価値」の部分は含んでおり、その点では共通している。説得の理論によれば、通常は、「それに価値がある」と主張するのが説得力あるので、その意味では、両方のレトリックも、従業員のやる気を高める要素を含んでいる。しかし、条件付きレトリックのみ「ダイバーシティ実現は困難だ」という現実と、「その困難を乗り越えることができるならばダイバーシティは素晴らしい」という条件を含んでいる点で、両者が異なっている。この違いが、リーダーの実際の発言と、レトリックの実際の効果にどう影響しているのかを理論化し、それを「パラドックス(逆説)」という命題の形でまとめたのが最大のアピールポイントということである。

 

このパラドックス命題は、「ダイバーシティ推進では、条件的レトリックは価値レトリックよりもリーダーによって使われにくいが、逆に前者は後者よりも効果が高い」という理論命題であるが、これは、「リーダーが実際にやっていることと、リーダーが実際にやったほうがよいこと(処方箋)が矛盾している」という意味で「記述ー処方パラドックス」でもある。これは、重要な実践的示唆を含んでいる。それは、「実はリーダーは、もっと良い方法があるのに、それができていないのだ」というのをダイバーシティの文脈で実証したことでもあるからである。これは単に「やるべきことが明確なのになぜかそれができない」ということではない。リーダーが最善だと思ってやっていることよりも、もっと効果的なやり方、けれども実はリーダーが躊躇してしまうようなやり方があるのだが、それは今回の研究を行うことでやっとエビデンスベースで明確になったということなのである。そして、複数の理論を組み合わせることで、なぜそうなるのかのメカニズムを、リーダーの心理、従業員の心理の理論的理解から説明している点も重要な学術的・実践的貢献である。

 

本論文の序論は、上記のストーリー展開と、学術的・実践的貢献、実証研究のさわりの紹介で締めくくっている。まさに、本研究のテーマ設定、問い、主な主張とその理論的なロジック、最大のアピールポイントである「記述ー処方パラドックス」の紹介、本研究の貢献といった内容が、読者に問いかけ、そして答えていくという謎解きストーリーとしてコンパクトにまとまって記載されている。このような形で序論が書けることは、トップジャーナルに論文を掲載する際の重要なスキルであると言えよう。次回は、前回と今回で前半と後半に分けて説明した序論の部分を全体として構造的に眺めることで、トップジャーナルに掲載可能な論文の序論とはどのようなものかをまとめていきたい。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402