AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(2)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。

論文のAbstract(要約)

初回の最後に、さわりとしてタイトルについてコメントしたが、タイトルの次に読者が目にするのがAbstract(要約)である。要約は論文全体を1段落にまとめたものなので、たいていは論文執筆段階の最後のほうに完成させるものであるので、ここでも詳細には触れないでおくが、Leslie et al (2023)のAbstractは、経営学分野の学術論文の標準的なAbstractとはやや逸脱した構造になっており、全体の半分以上を、この論文で主張するロジックと仮説の説明に費やしている。通常は、目的、理論、方法、発見、考察の要素をバランスよくAbstractに配置して論文の全体像を見せるケースが多いが、Leslie et al (2023)の場合は、本研究で主張する内容とロジックがいちばんのアピールポイントであるがゆえに、その「強み」を最大限にハイライトさせるかたちで記載している。であるから、実は実証調査を4つも実施しているのであるが、そこは強調せずに1文でさらりと触れている程度である。このように研究の強み、論文のアピールポイントを全面的に押し出していくというようなメリハリは重要な学習ポイントである。

 

良い研究であるかもしれないのに、トップジャーナルに掲載できない「残念な」論文のパターンの1つが、いろんな要素を均等に盛り込みすぎることによって、研究の一番のアピールポイントが他の要素に埋もれてしまって分からなくなってしまうというものである。アピールポイントを際立たせるために、そうでない部分をばっさりと切り捨てていくという覚悟と勇気も論文執筆には必要となってくるのである。人間の身体を例にひけば、贅肉だらけで骨格が見えないと、人間の肉体美を表現することは不可能である。骨太の骨格を鍛え、骨格の美しさを際立たせ、その周りに適度に筋肉をつけていくことで美しさを強化することで美しい肉体として知覚されることになる。論文執筆はこのような美の引き出しかたに似ているといえよう。

序論(導入)

では、論文のいちばん最初の導入部分(序論)の解説をはじめよう。この論文の最初の一声は、「ダイバーシティ推進策はあらゆる組織が実践していることであるが、それは必ずしも実際に組織のダイバーシティインクルージョンの実現に役立っていないようだ」という観察と批判である。これはダイバーシティ推進というトピックの重要性と問題点を1言で鋭く指摘することによって、本論文が重要なテーマを扱っていることを読者に知らしめようとしている。論文の第一声(最初の一文)は、まさに読者がこの論文に抱く第一印象を形成する決定的に重要なパートであるので、十分に練った記述で始めるのがよい。Leslie et al (2023)の「あちこちで見られるダイバーシティ推進策が実はあまりうまくいっていないようだ」という指摘は、多くの人が抱いている印象でもあり、奇をてらったものではない。だが、この批判が、本論文全体を貫く「視点」を提供している。つまり、この「視点」から、それはなぜだろうかという問いが生まれ、それに対する反応として筆者の主張や理論展開や仮説の説明が始まり、理論や仮説をを複数の実証調査を組み合わせて注意深く検証し、最後に結論に導いていくという一連のストーリーのアンカーとなっているのである。

 

さて、第一声に続く序章の最初の段落では、組織のダイバーシティ推進の実現には従業員がそれに向けて努力することが必要不可欠であり、その努力を引き出すのがリーダーの役割であることに言及している。この箇所は、最初に提示した「視点」とともに、本研究の学術的、実践的価値の「前提」について語るという役割を担っている。すなわち、最初に発した「あちこちで見られるダイバーシティ推進策が実はあまりうまくいっていないようだ」という視点に対して本研究としてはどう取り組むのかということについて、本研究では、リーダーの役割とそれに反応して努力をするかいなかを決定する従業員の役割に焦点を当てるものであり、そうすることが一定の正当性を持つ理由として、その2つの要素がダイバーシティ推進の実現に必要不可欠なのだからという言明で答えているのである。本論文で展開する「視点」と「前提」は、序論のできるだけ早い段階で明示し、著者と読者の認識を共有しておくべきである。英語で言うならば「we are on the same page」の状態を作り出す。そうでないと、読者が、異なる視点、異なる前提で論文を読み進めていってしまう危険性があるからだ。

 

そして、ダイバーシティ推進を実現するために従業員から努力を引き出すリーダーの仕事の1つとして、従業員に向けたメッセージの重要性、そしてそこで使われる「レトリック」(修辞法)が本研究のメインテーマであることを示唆していく。読者は、なぜレトリックに焦点を当てるのかと思うだろう。これをどのような語りで導入していくかというと、リーダーが「ダイバーシティは組織にとって望ましい」ことを示唆するレトリックを用いたメッセージを従業員に対して発することで、それなりの効果を発揮するという先行研究を紹介したうえで、ここで1つの疑問を投げかけるのである。「そのレトリックは、ダイバーシティの現実を反映していないのではないか」と。つまりLeslie et al. (2023)は、ダイバーシティ推進がなかなかうまくいかず、ダイバーシティ推進によって必ずしも組織が良好な状態になるわけではないというのが学術的にも実務家の間でも共有されている事実なのに、ダイバーシティを手放しで褒めるようなリーダーのメッセージが効果を発揮すると結論づけるのは短絡的でないのかと示唆するのである。

 

常識や通説に疑問を投げかけ、それとは異なる発見を得ていくというのは優れた研究の1つのパターンであるが、本論文では、そのストーリー仕立てを序論の前半で発揮している。このような問いの立て方も、本論文から学べる重要な学習ポイントである。

 

さて、序論の前半部分でテーマの重要性を確認し、常識や通説に対する疑問を投げかけることで読者の思考にゆさぶりをかけ、謎解きが始まったような状況を演出することとなった。これらのテクニックを活用したことによって、この段階ですでにこの分野に興味がある特定の読者を味方につけることに成功している。ただし、謎解きの答えは論文の最後にあるのではない。あくまで学術論文では、謎解きの答えも序論で話してしまう。なぜなら、序論は、論文全体のミニ版でもあるからだ。Abstractが論文全体を一段落で表した要約なのに対して、序論は、もう少し長いスペースをつかって、読者を論文全体にいざなうために行う論文の主張やそのロジックや主な発見の「ハイライト」の提示である。ここで、問いの投げかけから謎解きの答えまで全部話してしまって、読者の反応を見る。読者がこの全体のストーリーを気に入ったならば、それをより詳細に知ることによって、本当にこの研究の主張が妥当なのか、判断したいと思うだろう。具体的にLeslie et al (2023) がどんな謎解きのストーリーを展開したのかは次回に解説する。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402