演習問題第1弾に続き、演習問題第2弾として、企業内のメカニズムというややマクロな視点からのAMJ論文であるDwivedi & Paolella (2023)を用いて、これまで学習した内容の定着を図っている。今回は、序論や理論構築・仮説設定の部分に関連する設問について解説を行う。
2)Dwivedi & Paolella (2023)は、先行研究をどのように批判しているか
本研究のテーマとなっているのが、男性優位の組織において、近年のジェンダー平等実現への圧力から組織が上位層の女性の数を増やした際に、その組織の下位層での女性の数はどうなるのかというものである。先行研究を見ると、上位層で女性が増え、女性の発言力が高まることのポジティブな効果が下位層にも波及するという議論や、上位層で女性が増えても、それに伴う好影響は限定的で、場合によってはネガティブな効果もある、といった議論があり、実証研究でも釈然としないとDwivedi & Paolella (2023)は指摘している。
重要なのは、先行研究では、このテーマについての理解が深まる明快な理論や実証エビデンスが存在しないという点である。Dwivedi & Paolella (2023)は、男性中心の組織において上位層で女性の数が増えると下位層での女性の数が抑制されてしまい、女性の数がいつまでたってもクリティカルマスを超えないという現象を紹介した上で、なぜそうなるのかの明快な理論やメカニズムの説明がないから、そのような現象に対してどう対策を取れば良いのか分からないと批判しているのである。例えば、Dwivedi & Paolella (2023)は、それは意図せざる効果だと推測しているが、意図的に下位層の女性の数を抑制しているのか、意図せざる形でなぜか下位層の女性の数が少なくなってしまうのかは重要な違いであるし、それが生じるメカニズムも異なるはずだし、それを防ぐための対策も異なってくるはずである。
ここでは、実践的な視点からの批判が含まれている点が重要である。どのようなメカニズムになっているのかという学術的問いはもちろん重要だが、応用学問である経営学では、学術成果によって実践上の課題を解決することに貢献することが極めて重要となる。であるから、その内部メカニズムが分からなければ、その知識を用いて課題を解決することができないと強く主張することで先行研究を批判することには説得力があるのである。経営学は本当に実践の役に立つのかということは実務家から常に問題提議されたり批判されたりすることであるし、経営学内部でも自己批判としてしばしば言及される。したがって、研究内容を学術的関心を超えて実践的貢献にまで昇華させることは、トップジャーナルに論文を掲載させる上で重要である。
3)Dwivedi & Paolella (2023)の研究の核心となる問いは何か
これまでの解説でも言及してきたが、本研究の核心となる問いは、とりわけ男性中心の組織において、上位層で女性の数を増やした場合に、その組織の下位層においてどのような効果が生じるのか、そしてそのメカニズムはどうなっているのか、というものである。前提としているのは、これも繰り返しになるが、上位層で女性の数を増やすと、「意図せざる効果として」、下位層の女性の採用数が抑制されてしまい、上位層でさらに女性リーダーを増加させるためのパイプラインが細ってしまう(よって、バランスループが働き組織全体として女性リーダーの数がクリティカルマスを超えられない)という現象である。とりわけ、女性活躍推進を積極的に行おうとしている組織においてもそんな意図ぜざる現象が起きているとするならば、なぜそんなことが起きているのか、それを解明したいということである。それが解明できれば、効果的な対策や施策を打ち出すことで現状を打破して課題を解決していくことができるのではないかということである。
4)Dwivedi & Paolella (2023)はどのような広範な理論を用いて、文脈特殊的な理論と仮説を構築したか
Dwivedi & Paolella (2023)は、アテンション・ベースド・ビュー(注意的視点)という広範な理論を用いて、本テーマの現象を説明しようとしている。アテンション・ベースド・ビューとは、「アテンション(注意)」は限られた経営資源であり、組織において何かに注意を向けることは、そこに資源を割り当てることになるので、他の別のものに注意を向けられなくなる(無制限に注意を向けられないから)という考え方で、注意が向いた課題については何らかのアクションが行われるが、注意が向けられない課題に対するアクションは行われないことを示唆する理論である。アテンション・ベースド・ビュー自体は、組織の様々な現象を説明することが可能な広範な理論だが、これを、本研究テーマに当てはめることで、問いとなっている組織における上位層と下位層の女性リーダーの数の関係性という文脈特殊的な現象に潜むメカニズムを説明しようとしているのである。
5)Dwivedi & Paolella (2023)の研究が提示する理論と仮説のどこが新しいか
男性中心の組織では、女性活躍推進、ジェンダー平等、DEIといった社会課題の解決に対して当然のことながら注意を向ける。これは社会的課題であり社会的要請であるから、自社においても女性活躍推進を図ることが大切であるという認識を生み出す。であるから、まずは即効性があって目立ちやすく効果が可視化しやすい上位層の女性リーダーの数を増やすことに注意を傾けるのである。このような組織は、自社が推進している施策を、同業他社と比較するだろう。そして、同業他社と比べて上位層に女性の数が多く、自社が先を進んでいると認識するならば、そこでいったん安心してしまうだろう。安心してしまうと、女性活躍推進やダイバーシティ推進への注意が緩んでしまい、別の経営課題に注意を向けてしまうだろう。そうなれば、組織内のダイバーシティ推進にも力を注がなくなるし、その結果として、下位層の女性の採用増加にも力を注がなくなるだろう。このようなメカニズムをDwivedi & Paolella (2023)は提案した。このようなメカニズムによって、組織内に存在する女性リーダーの数が少数のままに止まってしまって改善しないというバランス型ループをうまく説明している点で新規性と革新性がある。また、課題解決の実践につながるような調整変数を選択して全体モデルを構築したところは経営学の実践への貢献度が高く新規性がある。
補足質問2)Dwivedi & Paolella (2023)の序論の構造はどうなっているか
本論文の序論の構造は、本編で扱ったLeslie et al (2023)とほぼ同じでやや長めである。全部で9段落で、最初の3段落でテーマの紹介とこれまでわかっていること、まだわかっていないことを記載し、次に5段落を使って本研究のメインの理論とロジックをわかりやすく説明し、最後の1段落で本研究の貢献を述べている。本編のLeslie et al (2023)、演習1のHu et al (2024)、そして今回のDwivedi & Paolella (2023)を比べると、違うのは研究のハイライトを説明する部分の段落の数だけで、その他の構造は同じであることがわかる。Leslie et al (2023)とDwivedi & Paolella (2023)は、ハイライトとなる理論とロジックがやや複雑なので5段落くらい使わないとクリアに説明するのが難しく、Hu et al (2024)の研究は、ハイライトの部分が簡潔で明快なので1つの段落で説明可能だという違いである。
文献(教材)
Dwivedi, P., & Paolella, L. (2023). Tick Off the Gender Diversity Box: Examining the Cross-level Effects of Women’s Representation in Senior Management. Academy of Management Journal, (ja), amj-2021.