この演習シリーズでは、本シリーズの演習問題としてHu et al. (2024)の論文を取り上げ、事前に提示した演習問題の問題についての解説を行っている。前回は、Hu et al. (2024)の論文の価値の核心に迫る問いを解説した。今回からは、前回の核心的な質問をその構成要素に分解したようないくつかの問いを解説していく。
2)Hu et al. (2024)は、リーダーのユーモアに関する先行研究をどのように批判しているか
本シリーズの本編や問1で議論したように、読者が、Hu et al. (2024)を読む前と読んだ後でリーダーのユーモアについての見方、考え方が変わるようにするためには、読者への「問いかけ」によって読者の理解を揺さぶることが大切となる。そのような問いかけの1つが、「先行研究には何かが欠けているのではないか」というもので、つまり先行研究の批判である。現在の通説や常識が先行研究に基づいて形成されているので、その屋台骨を直接壊したりその欠陥を見つけ出すことが重要だということである。もちろん先行研究を全否定するわけではない。先行研究の功績を認めつつも、リーダーのユーモアについて考えるうえで決定的に重要だが焦点があたっていない部分を鋭く指摘する。
この面についてHu et al. (2024)が鋭く突いた先行研究の欠陥は、先行研究では、リーダーのユーモアを測定しようとするときに、部下に影響を与えるユーモアそのものの「内容」とか「クオリティ」に関する問いと、「リーダーがユーモアを発する行為そのもの」すなわち度合いの問いとを混同してしまっているのではないかというものである。確かに、これまでリーダーのユーモアに関する研究は数多くなされてきたが、そのほとんどは、リーダーが発するユーモアのクオリティに関するものである。ユーモアのクオリティであっても、数量研究では尺度で数値化するわけだが、その数値化には、リーダーがユーモアを用いて部下を楽しませようとする度合いといったように、測定の意図にポジティブな側面が含まれてしまっている。よって、リーダーが発するものがポジティブなユーモアであるほど、部下にポジティブな影響を与えるといったように、ややトートロジカルな側面も含んでしまっていることを指摘するのである。
一方、リーダーがユーモアを発する行動そのものに焦点を当てるならば、そこには、ユーモアのクオリティとは独立した「ユーモアを発する度合い(頻度)」という量的なものがあるはずで、先行研究はこれを全く無視してきたと指摘するのである。それから、上記の批判と関連したものとして、これまでのリーダーのユーモアに関する研究は、リーダーのユーモアが部下にポジティブな影響を与えることに過剰に焦点を当てすぎていて、ユーモアがもたらす可能性のあるネガティブな面を見落としているのではないかという点がある。もちろん、リーダーが発するユーモアのクオリティに関する研究であれば、ユーモアの内容に非倫理性が含まれていたり、対して面白くないユーモアだったりと、部下にポジティブな影響を与えないどころかネガティブな影響を与えるものもあることは指摘されてきたが、ユーモアのクオリティとは独立したユーモアを発する行動について、部下に与える可能性があるネガティブな効果についてはほとんど無視されてきたと指摘しているのである。
3)Hu et al. (2024)の研究の核心となる問いは何か
リーダーのユーモアに関する通説や先行研究を鋭く批判することで、これまで問われてこなかった革新的な問いが浮かび上がってくる。論文の読者は、著者ほどこのテーマについて深く考えてこなかったはずなので、著者がこのテーマを深く考え抜くことで見出した批判、問題点、未解決課題が、読者に投げかける新たな問いという形で日の目を見ることになる。
Hu et al. (2024)が発した革新的な問いとは、ユーモアのクオリティはこの際考慮しないこととして、「リーダーがユーモアを発する頻度は、部下にどのような影響を与えるのだろうか」というものである。ただし、本シリーズでも解説したように、AMJのような経営学系のトップジャーナル掲載論文は、問いだけでなくその答えもミニ論文の役割を担う序論でストーリーとして語ってしまう。よって、Hu et al. (2024)は、(ユーモアの質の良し悪しとは関係なく)リーダーが発するユーモアの頻度が高いほど、部下はそれに付き合う形で(合わせ笑い、作り笑い)のようなポジティブな反応を示さねばならない頻度も増えるので、部下の精神的疲労を含めたネガティブな効果を高めるのではないか、そしてその傾向は、部下が上司のユーモアに付き合わなければならないプレッシャーが強いほど、すなわち上司と部下の権力格差が強いほど顕著であるという命題を提示しているのである。
補足質問1)Hu et al. (2024)のタイトル・abstractに工夫はあるか
ここで論文の序論までの内容に関する補足質問についても解説しておこう。タイトル全体は、「Faking it with the boss’s jokes? Leader humor quantity, follower surface acting, and power distance」だが、前半の「Faking it with the boss’s jokes?」は読者の気を引くレトリックで、メインのタイトルは「Leader humor quantity, follower surface acting, and power distance」である。本シリーズでLeslie et al. (2023)がタイトルで行った工夫として解説したように、Hu et al. (2024)についても、メインのタイトルだけだとやや退屈な印象を受ける。そこで「Faking it with the boss’s jokes?」というキャッチフレーズを付けることで、職場において部下が上司のジョークに愛想笑いで返している様子がイキイキとイメージでき、論文の魅力が高まっていることがわかるだろう。
Abstractについても、Leslie et al. (2023)と同様に、Abstractのスペースを最大限に活用して、この論文で披露するハイライトとなる理論命題を、今回紹介した先行研究への批判から初めてストーリーとして説得力ある形で記載している。よって、Absractも標準形に従うとやや退屈になりがちなのだが、こちらも興味深く読ませる内容になっていることがわかるだろう。Abstractの書き方としては十分に参考になるのでこの書き方を見本として記憶されたい。
補足質問2)Hu et al. (2024)の序論の構造はどうなっているか
Hu et al. (2024)の序論は、段落数が通常よりもかなり多かったLeslie et al. (2023)と比べると、こちらは標準に近く、5つの段落で構成されている。第1段落で、リーダーのユーモアに関するトピックと先行研究で言われている通説を紹介し、第2段落と第3段落を使って、その先行研究を批判することで問題提起を行なっている。そして、第4段落で、本論文のハイライトとなる命題をストーリーとして紹介した後、最後の第5段落で、本研究の貢献について簡単に述べている。Hu et al. (2024)の序論の段落数がLeslie et al. (2023)よりも少ない理由は、ハイライトとなる理論命題がLeslie et al. (2023)のものよりもシンプルであるからである。Leslie et al. (2023)は理論命題をやや丁寧に語るのに5つもの段落を消費しているが、Hu et al. (2024)はここを1段落のみで済ましている。後の構造は比較的似ていて、Hu et al. (2024)も、掴みの部分と先行研究の共有を最初の段落で済ませてしまって、先行研究の批判を第2段落からスタートしている。
今回までの質問に答えることで、AMJのようなトップジャーナルに掲載される論文の理論構築前の序論までの部分についての理解が深まったことと思う。
文献(教材)
Hu, X., Parke, M. R., Peterson, R. S., & Simon, G. M. (2024). Faking it with the boss’s jokes? Leader humor quantity, follower surface acting, and power distance. Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2022.0195