この演習シリーズでは、本シリーズの演習問題としてHu et al. (2024)の論文を取り上げ、事前に提示した演習問題の問題についての解説を行っている。前回は、演習問題の2と3と補足問題の1と2解説した。今回は、理論と仮説を提示する論文の本論の内容に該当する演習問題4と5を中心に解説する。
4)Hu et al. (2024)はどのような広範な理論を用いて、文脈特殊的な理論と仮説を構築したか
本シリーズでも解説したように、AMJのようなトップジャーナルに掲載される数量的研究の論文の多くは、研究対象をより深く理解することを助ける「新しい理論」を、より広範な理論を用いて演繹的に構築し、それを実証研究で検証するというスタイルをとっている。この「新しい理論」は、研究対象という文脈に埋め込まれた「狭い範囲」にのみ適用可能な理論である。Hu et al. (2024)が構築した新しい理論を一言で表現すると、「ユーモアを連発するリーダーに付き合わされる部下の元気がなくなるメカニズムを説明する理論」である。そして、この文脈依存的で狭い範囲の新たな理論を、より汎用性の高い一般的かつ文脈依存性が少ない理論(あるいはそのような複数の理論の組み合わせ)から演繹的に導いている。
まず、Hu et al. (2024)は、リーダーのユーモアに関する先行研究が、ストレス軽減の理論とポジティブ感情の理論に依拠していることを述べ、それがリーダーが発するユーモアの部下に対するポジティブな効果に偏りがちであることに懸念を示している。Hu et al. (2024)は、この短いレビューで、ユーモアの研究の多くはストレスや感情の視点から、それを受ける人々の精神的健全性に与える影響に着目していることを確認し、このような視点は本論文でも維持することを示唆している。それを踏まえた上で、Hu et al. (2024)は、リーダーが発するユーモアの「頻度」に着目し、ユーモアの頻度が部下に与える影響を、感情表現の理論を用いて理論化している。感情表現の理論は組織行動論で多く用いられるが比較的汎用性が高い理論で、人々が行う「表面的な」感情表現は、さまざまな理由によって、本人が真に経験している感情とは異なる感情を表現する必要性がしばしばあり、そのギャップ(例、本当はつまらないのに、楽しい感情を表現しないといけない)が、精神的疲れとかバーンアウトにつながると予測する。
Hu et al. (2024)は、この感情表現の理論をリーダーのユーモアの頻度に適用し、リーダーがユーモアを発すると、部下は笑いでそれに応えて盛り上がる「義務」のようなものが生じるので、表面的な感情表現が伴うと論じる。例えばリーダーがジョークを飛ばした時に、それが本当に面白ければそのまま感情表現すれば良いし、あんまり面白くなくても、同じように「付き合いで」感情表現するだろう。よって、リーダーがユーモアを発する頻度が高まれば高まるほど、部下がそれに笑いや盛り上げ理で反応する頻度も高まることが容易に想像できる。リーダーが発するジョークにも「打率」があるから、常に面白いとは限らないし、部下とて、常にポジティブなムードで仕事をしているわけではなく、憂鬱な時とか悲しい時もあるだろう。だから、リーダーが発するユーモアの頻度が上がれば、笑いとか盛り上がりで表現するポジティブな感情と、本人が真に経験している感情とのズレが生じる確率も上がってくるのである。
Hu et al. (2024)は、感情表現の理論に加えて、権力格差の理論もリーダーのユーモアの文脈に適用することで理論をさらに深めている。権力格差の理論では、リーダーと部下との権力の格差が大きいほど(あるいはそう知覚するほど)、部下がリーダーのユーモアに対してポジティブに反応しなければならないというプレッシャーが高まることを示唆する。もし、権力格差が小さければ、リーダーと部下がより対等な関係に近づくので、部下がリーダーが発するジョークが面白くないと思ったら、素直にそう反応してもそれほど大きな失態にはならないかもしれない。しかし、リーダーと部下の権力格差が大きく、リーダーと部下の距離がある場合には、部下がリーダーのジョークにポジティブに反応しなかったら大事(おおごと)になるかもしれない。上下関係が厳しい日本の職場の飲み会で上司に「無礼講だから」と言われても無礼講になれない部下の気持ちを想像してみると良いだろう。だから、リーダーのユーモアに「つきあい笑い」「愛想笑い」をしなければならないプレッシャーがより強いという意味で、部下の負担と精神的疲労のリスクが増えることになる。
権力格差の知覚を調整変数として理論モデルに組み込んでいることは、メインとなる感情の理論を用いたメカニズムの説明をさらに強化することになるので、ここも学習ポイントである。つまり、リーダーが連発するユーモアにつきあわさせる部下が義務感で愛想笑いをすることが精神的披露や不満足につながるという理論が正しいのであれば、権力格差が大きく、部下が愛想笑いをする義務感が高ければ高いほど同じ状況下での精神的披露や不満足感が高くなるということは論理的に導ける。だから、調整変数の効果が実証調査でも認められるならば、メインの仮説の説明メカニズムの妥当性も高いということが確認できるわけである。
5)Hu et al. (2024)の研究が提示する理論と仮説のどこが新しいか
本論文で提示している理論と仮説の特徴としてあるのが、逆張りの発想である。従来の研究が、リーダーのユーモアは、笑いによってストレスを軽減し、ポジティブな感情を高めることで、部下の精神的健全性を高めると主張するのに対して、Hu et al. (2024)は、リーダーのユーモアが、逆に部下の「愛想笑いのような表面的な」ポジティブな感情表現を強いることになって、それがストレスを高める可能性もあることを示唆するわけである。先行研究の理論的な主張を、視点を変えることで逆手にとっていることがわかる。ポジショントークではないが、新規性の高い理論や仮説を提示したい場合には、あえて多くの人々のコンセンサスがとれて通説となっているような理論について、それとは反対のポジションをとって考えてみるというのも良いだろう。
では、Hu et al. (2024)がどのようにして逆張りの発想を新規性の高い理論や仮説につなげたかというと、それは、ユーモアの量に着目した点である。これは、ユーモアについてこれまで着目してこなかった視点に目を向けるという発想の転換もしくは視点の転換である。このような発想の転換を行うことで、従来の考え方とは反対のポジションを取ることができる道が開かれたのである。いったん道が開かれれば、それを深く追求することによって、論理的で説得力のある逆張りの理論と仮説を提示できたというのがこの研究が成功した大きなポイントである。
また、Leslie et al. (2023)の理論もそうだったが、例えばリーダーと部下といったように扱う現象に人間関係が含まれている場合、リーダー側の視点や心理メカニズムと、部下側の視点や心理メカニズムの両方が組み合わさって特定の現象を説明するような理論は新規性も高く、面白い。Hu et al. (2024)の理論に即して言えば、リーダーがジョークを言うと部下がそれに応えてどっと笑いが起こるなど盛り上がる。部下側の視点に立てば、そこには付き合い笑いとか愛想笑いといった表層的な感情表現が含まれているが、リーダー側から見ると、それがわからないどころか、場が盛り上がるので自分が部下を楽しませていると思い込み、さらにサービス精神を発揮しようとユーモアを連発することにつながる。つまり、リーダーがジョークを連発する(ユーモアを発する頻度が増える)ポジティブなフィードバックループがリーダーと部下の間に存在することを理論的に示している。Hu et al. (2024)では、このような上司の視点と部下の視点の両方を実証調査で検証しているわけではないが、Leslie et al. (2024)では、リーダーの内部にある心理メカニズムと、従業員の内部にある心理メカニズムを、調査2と調査3で別々に実証しているのである。
広範な理論を用いて新規性の高い理論と仮説を生み出すコツ
今回の解説を読めば、AMJのようなトップジャーナルに掲載可能な研究を実践するうえで新規性の高い理論や仮説を作るといっても、決してゼロから作りあげるものではないということが改めて理解できるだろう。Hu et al. (2024)の理論および仮説のバックボーンとなっている最もメインの「広範な理論」は、「人が業務上、あるいはその他のプレッシャーから表層的な感情表現を行いつづけると精神的披露や不満足につながる」という感情労働とか感情表現の理論であり、これ自体は、先行研究でよく知られた理論であって新規性はほとんどない。
ではなぜ本研究の理論や仮説の新規性が高いと知覚されるのかというと、従来はサービス業とか看護師などを対象に膨大な研究蓄積のある感情労働による精神的疲弊やバーンアウトの学術的知識を、「リーダーがユーモアを発することの効果」という特定の現象の理解に適用することで、リーダーのユーモア研究で言われている通説に一石を投じた点にあるのである。Hu et al. (2024)の理論を丁寧に読めば、なるほどそのとおりだと思うし、論理展開にものすごい新規性があるかといえば、ないだろう。だが、リーダーのユーモアという文脈においてそのような観点からの理解と説明を試みるということはなかなかできないものである。コロンブスの卵のようなものといえるだろう。トップジャーナルに掲載できるレベルの発見につながる「宝」は実はそのへんに転がっているかもしれない。他の人がたぶん単なる石だと思って気づかずに通り過ぎていた「宝」を見つけたということが、Hu et al. (2024)による最大の功績だといえるだろう。
文献(教材)
Hu, X., Parke, M. R., Peterson, R. S., & Simon, G. M. (2024). Faking it with the boss’s jokes? Leader humor quantity, follower surface acting, and power distance. Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2022.0195