前回は、本シリーズの演習問題としてHu et al. (2024)の論文を取り上げ、事前に演習問題を提示した。今回から、それぞれの問題についての解説を行っていく。
1)Hu et al. (2024)の論文を読む前と論文を読んだ後で、リーダーのユーモアに関する見方、考え方が変わるか。変わるとすればどう変わるか
本シリーズで解説したように、論文のAbstractで全体像が簡潔にまとめられ、さらに序論は論文のミニ版でもあるので、この辺りを読むことで、本研究の面白さ、重要さ、学術的価値、実践的示唆が掴めるはずである。読者は、それを掴んだ上で、論文全体を精読もしくは味読してこの論文の面白さを堪能する。であるから、こちらの問いに読者がすぐに答えられるようにAbstractや序論が書かれていることがAMJ論文のようなトップジャーナル論文では大切である。
ユーモアを連発するリーダーに付き合わされる部下の元気がなくなるメカニズム
この論文のポイントを一言で表現するならば、「ユーモアを連発するリーダーに付き合わされる部下の元気がなくなるメカニズム」ということになる。もしこのようなフレーズを見た場合、読者は一瞬「うーん、たしかに部下は元気がなくなっていくかもしれない」と思うのではないだろうか。もちろん、この論文は決して「おやじギャグを連発するウザイ上司」「場を盛り上げようとしてスベってばかりいる上司」を扱っているわけではない。ユーモアの質は関係ない。良いユーモアであろうと、おやじギャグのようなものであろうと、リーダーがユーモアを連発し続けると、それに付き合う部下は疲れていき、元気がなくなるというのである。
この論文を読む前では、リーダーのユーモアについておそらく読者は漠然と、リーダーが質の高いユーモアを発することは組織やチームに笑いをもたらし明るくポジティブな雰囲気を作り上げるのでメリットが多い、とくらいにしか考えていなかったのではないだろうか。もっと単純に言うと、「ユーモアのあるリーダー = 良いリーダー」という漠然とした図式が頭の中にあるのではないだろうか。あるいは、少なからずともリーダーのユーモアについて多少の先行研究を知っている場合だと、ユーモアは、メリットもあるが、デメリットもあるという反応をする人もいるだろう。デメリットというのは、先ほど述べたように部下に受けないギャクとか、場を盛り上げようとするあまりに誰かを傷つけるようなユーモアである。日本の昔の(今もかも)お笑いは、相手を貶して笑いを取るというものがあり、そういったものの倫理性が問われているわけだ。
しかし、上記のような第一印象は全て、リーダーが用いるユーモアに関する「質」についての議論に終始している。一方、この論文では、リーダーが用いるユーモアの「量」に焦点を当て、ユーモアの質の高低にかかわらず、ユーモアの量が多いと悪影響をもたらすと主張しているのである。なぜユーモアの量が悪影響をもたらすかというと、リーダーがユーモアを連発すると、それに付き合う部下は常にそれに反応して大笑いしたり盛り上がったりしないといけないので、それがだんだんと負担になり、苦痛へと変わり、精神的な疲れや不満足につながっていくのだというのである。しかもその傾向は、部下がリーダーの言うことに従わないといけないと考えている度合いが高いほど、リーダーのユーモアに「付き合いで笑う」という義務が生じてしまって疲れや不満足が増大するというのである。
なぜそんなことが起こるかというと、その鍵となるのが、部下の感情マネジメントであるとHu et al. (2024)は論じている。リーダーが質の高いユーモアを示すと、部下は心の底から笑いが起こり、素直にそれを楽しむことができ、場の雰囲気も盛り上がり、全体として良いムードになることは容易に予想できる。このようなユーモアがたまに、あるいは時々あるというのであれば良いだろう。しかし、もしこのようなユーモアをリーダーが連発したらどうだろうか。ユーモアにも打率があるから、心の底から笑えるようなユーモアの打率は3割くらいかもしれない。だとすると後の7割は、そこまで面白くないものかもしれない。けれども、部下はリーダーに対して反応する必要がある。「つまらないです」というあからさまな反応を上司であるリーダーに対してするのは色んな意味で憚られるから、付き合いで笑うということもでてくる。仮に、リーダーの発するユーモアが全て質の高いものであったとしても、それが連発されれば、面白さは段々となくなっていくかもしれない。それでも部下は付き合いで笑わなければならない。
であるから、常にギャグを言ってメンバーを喜ばせようとするなどユーモアを連発するリーダーのいる職場は、外から見ると常に笑いが起こる楽しい職場だというように映るかもしれない。しかし、その背後には、リーダーに対する付き合いで作り笑いをして盛り上がっている部下の感情マネジメントの努力が隠れている可能性がある。その場合にはり、彼らの精神的疲労や不満足感を高めることで職場に悪影響を及ぼしているということなのである。
上記のようなことが、Hu et al. (2024)のAbstractと序論を読むことで理解することができる。よって、今回の問いに答えることで、これらの部分の効果的な記述の仕方について復習できたと思う。
文献(教材)
Hu, X., Parke, M. R., Peterson, R. S., & Simon, G. M. (2024). Faking it with the boss’s jokes? Leader humor quantity, follower surface acting, and power distance. Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2022.0195