演習問題第2弾として、前回から、企業内のメカニズムというややマクロな視点からのAMJ論文であるDwivedi & Paolella (2023)を用いて、これまで学習した内容の定着を図っている。早速、最初の演習問題から解説を始める。
1)Dwivedi & Paolella (2023)の論文を読む前と論文を読んだ後で、研究対象となっているテーマについて考え方がどう変わるか。具体的には、男性が大多数を占める企業における女性リーダーの登用や増加がなかなか進まない理由、そしてその現状を打開する方法について、考え方が変わるか。変わるとすればどう変わるか
男性が大多数を占める企業では、社会からの風当たりも強まっているはずだから、ジェンダー平等を推進していく必要がある。とりわけ、女性リーダーの数を増やすことによって、企業のトップからボトムまで女性活躍を盛んにしていくことが望まれる。しかし、現実には、これがなかなか進まない。リーダーの中の女性の割合が一定数を超えると、その勢いに弾みがつき、ますます女性リーダーが増えていくような「クリティカルマス」に女性リーダーの数がなかなか到達しない。クリティカスマスに到達しないということは、女性リーダーが劇的に増加することが望めず、現状を打開することが困難であることも意味する。
本論文を読む前は、このような問題がなぜ生じているのかについては、割と漠然とした理解しかなされていないのではないだろうか。例えば、女性リーダーが増えないのは、企業努力が足りないからだとか、そもそも女性活躍推進を真剣に考えていないからだとか、もう少し突っ込んだ議論にするならば、企業は「見た目だけ」「形式的に」女性リーダーを増やすことで取り繕っているだけで実質的に女性活躍を推進する気がない、などの議論がなされるだろう。そのような理解では、どうすれば現状を打開できるのかについての問いを考えた時に、漠然とした理解から導かれた漠然とした答えしか出てこないだろう。つまり、企業努力を高めるよう圧力をかける、などのような答えになるだろう。
しかし、本論文を読めば、この問題が根強いのはそんなに漠然とした理由によるものではなく、男性が多くを占める企業において女性リーダーを増やそうとする試みを阻害するような「メカニズム」が存在していることが理解できる。そのメカニズムは、システムダイナミックスでいうところのバランス型ループの様相を呈している。つまり、上級管理職レベルで女性の数を増やすと、それが下層レベルでの女性の数を減らすことに繋がり、下位レベルでの女性社員の不足は女性リーダー育成のパイプラインを細らせるので、上級管理職に内部昇進する女性の数も減り、シニアクラスの女性リーダーの数が元の水準にバランスしてしまうというものである。女性リーダーを増やそうと思うと元に戻ろうとする逆の力が働くというバランス型のフィードバックループである。そして、そのようなバランス型ループのメカニズムの原因となっているのが、企業における「注意」というリソースだとDwivedi & Paolella (2023)は論じる。
女性活躍推進や女性リーダーの増加という課題は、本研究の研究対象である法律事務所をはじめ、多くの企業にとっては、取り組まなければならない社会課題ではあっても、ビジネスの成果に直結するものではない。だから、企業のトップマネジメントや経営幹部からすれば、取り組まなければならない重要な社会課題であることは認識していても、それに「注意を向け続けなければ」その施策は前に進まないのである。しかし、経営者であればついついビジネスの成果に直結する課題に注意がいき、それを改善することを優先してしまうことだろう。だから、女性活躍推進や女性リーダーの増加に注意を向け続けることは意外と難しい。シニアレベルの女性リーダーの数を増やすことは目に見えやすい効果を生むのでそれがちょっとでも前進すると慢心してしまって注意が他にそれてしまいがちであって、それが女性リーダーの数が増えないメカニズムが作動する原因となっていることをDwivedi & Paolella (2023)は示している。
さらに重要なのは、Dwivedi & Paolella (2023)の研究は、単に、女性リーダーの数の増加を抑制するメカニズムの存在を示しているだけでないことである。ここで止まっていたら実践的な示唆が得られにくいのでトップジャーナルへの掲載は難しかったかもしれない。それに対して、Dwivedi & Paolella (2023)は、ダイバーシティ推進部署に女性を配置していくことで、バランス型ループのメカニズムが弱まることを理論的、実証的に示し、有益な実践的示唆を含んだ研究成果を提示している。このように、Dwivedi & Paolella (2023)を読む前と、読んだ後では、男性が多い企業において女性リーダーを増やそうとする際に、それがなかなかうまくいかない原因について、企業内メカニズムという視点から解像度が高い形で理解が進み、そのメカニズムのどこを刺激すれば状況が改善するのかのツボについても理解が進むことだろう。
補足質問1)Dwivedi & Paolella (2023)のタイトル・abstractに工夫はあるか
Dwivedi & Paolella (2023)のタイトルについては、これまでの本編(Leslie et al., 2023)、演習問題(Hu et al., 2024)で見てきた通り、メインのタイトルの前に、キャッチフレーズがついた構成となっている。メインのタイトルは、「Examining the Cross-level Effects of Women’s Representation in Senior Management」で、研究の内容を素直に簡潔に表現したものであるから、大人しく目立たない印象を受ける。よって、「Tick Off the Gender Diversity Box」という、本研究のセールスポイントを面白い表現にしたもの(ジェンダーダイバーシティのボックスからチェックマークを外す)をつけることでアクセントをつけてタイトルを魅力的なものにしている。
Abstractについては、こちらも本編(Leslie et al., 2023)、演習問題(Hu et al., 2024)で見てきたものと同じく、論文で展開する理論のハイライトの部分をストーリーとして効率的に記載しており、実証分析の記述はたった1行のみである。実証分析もしっかりとやっているのでそれなりに記載したいところであるが、本論文の最も魅力的な部分を、Abstractのスペースを最大限に使って表現したいという志向の現れだと考えられる。理論もしっかりと作り込んでいるし、実証研究も時間をかけて丹念にやっているので、両方ともアピールしたいという衝動に駆られるだろうが、あえて、この論文で一番重要なところに焦点を絞って、他の部分を気前よくバッサリとカットする(実証部分の記述を1行のみにとどめる)ところは学ぶべきポイントである。
文献(教材)
Dwivedi, P., & Paolella, L. (2023). Tick Off the Gender Diversity Box: Examining the Cross-level Effects of Women’s Representation in Senior Management. Academy of Management Journal, (ja), amj-2021.