因果複雑性の経営学(番外編1:必要条件の分析方法)

因果複雑性の経営学では、主に集合論に基づく数学的発想を用いることで、何と何が組み合わさるとどうなるのかといったように、結合性、等値性、因果非対称性などに注意を向けるアプローチであることを説明してきた。その中でもとりわけ注目を浴びる結合性や等値性は、主にある要素が結果をもたらすための十分条件を扱うものである。十分条件は、要素の単一もしくは組み合わせが生じれば必ず結果を生み出すというもので、これは必ずしも1通りとは限らないことが等値性のポイントである。しかし、結果を生み出すもう1つの条件である「必要条件」は、因果複雑性の考えの中でも非常にドラマチックである。なぜならば、その条件が欠けると、結果が一切生じないということを示しているからだ。いろいろな要素があるとしても、それらがどのように組み合わさろうが、必要条件となるただ1つの要素が欠けているだけで何も生じない。これは、TOC(制約理論)でも着目される「ボトルネック」という表現で言い換えることもできる。

 

ボトルネックというのは、そこに集中し、それを改善するだけで状況が一気に変化する可能性があるという特徴を持っているため、経営学にとっても非常に重要なコンセプトである。であるから、方法論的にも、どのようにして必要条件やボトルネックを適切に検出するかというのは注目の的とされる。今回議論したいのは、この必要条件の分析は、必ずしもこれまで紹介してきた集合論に基づくアプローチでなくても可能だし、集合論アプローチでうまく検出されない問題を改善する方法があるということである。通常の因果複雑性の経営学でもっとも使われる分析が、質的比較分析(QCA)で、要素が連続的に変化するような場合は、QCAの数学的基礎をファジー集合論に拡張したfsQCAが用いられる。しかし、QCAは十分条件の検出には優れるが、必要条件の分析にはより優れた方法があると主張するのが、Dul (2016)やVis & Dul (2918)であり、彼らが提唱する方法が、必要条件分析(necassry conditions analysis: NCA)である。

 

QCAはその用語のとおり、質的な比較を通じて結論を導き出す分析なので、ある条件が生じている集合に、結果が生じている集合が含まれるかどうかが必要条件か否かの判断材料となる。そして、fsQCAでは、この包含関係の判断に曖昧性を許容し、完全に含まれる、完全に含まれるの間に、どちらかというと含まれる、どちらかというと含まれないとうような状況を設けて、数量的な連続性をうまく活用しようとする。しかし、質的比較分析である以上、基本的には、ある条件が生じているか否か、結果が生じているか否かという質的な違いの比較がベースとなっていることは否定できない。しかし、本物のボトルネックを想像すれば分かるとおり、ネックの太さには連続性があり、ものすごく細いケースからある程度太いケースがある。けれども、それが結果が生じることの障害になっているという点ではボトルネック(必要条件)であるに違いない。

 

Dulらによれば、NCAの長所は、ファジー集合のようなデータはもちろんのこと、通常の数量的なデータでも必要十分条件かどうかの分析が可能であるというところである。そのために、より厳密かつ詳細にデータを吟味することができ、必要条件か否かの判断をfsQCAよりも適切に行うことが可能である。ここでいう「適切に」というのは、分析によって、必要条件ではないのに必要条件であると結論づけてしまう危険性(第一種の誤り)とか、必要条件であるのにもかかわらず必要条件でないと結論づけてしまう危険性(第二種の誤り)を最小限にするという意味である。とりわけ、NCAでは、ある条件が結果が生じる必要条件である「程度」をより正確に判断できる。程度というのは、例えば「ある条件の値がどの程度まで上がらないと結果が生じないか」とか「ある条件は、どの程度の結果が生じるために必要なのか」とか、この2つを組み合わせて「ある条件の値がどこまで上がることが、どの程度の結果が生じるために必要なのか」といった結論を導くことである。

 

NCAの手法を直感的に説明すると、条件も結果も連続変数であるとした場合に、この2変数を散布図で表現したものをイメージする。そしてNCAでは、その散布図上で、データが全く存在しないエリアと、データが存在するエリアとを区別する。そして、そのエリアの位置や大きさによって、条件が必要条件であるかどうかを判定する。必要条件が存在する場合の典型的な例では、散布図の左上に三角形の空白エリアができる。このエリアの意味を考えてみよう。これは、ある条件が一定の値の範囲内(例えば、とても低い状態から中くらいに低い状態)においては、ある条件以上の結果がまったく生じていないことを意味する。一方、散布図の中でデータのあるエリアの意味は、ある条件が一定の値よりも大きい場合、非常に低い結果も高い結果も併せて、とにかくなんらかのデータがあるということである。これは、その条件が一定の値以上であるからといって特定の値以上の結果が生じるわけではない(十分条件ではない)が、特定の値以上の結果が生じることがあるという意味である。これら空白エリアとそうでないエリアの関係性を総合して道きだせる結論は、先ほども挙げたように「ある条件の値がどこまで上がることが、どの程度の結果が生じるために必要なのか」というものなのである。

 

このようにNCAは、fsQCAよりも精密に必要条件の有無や程度を吟味することが可能であるため、通常fsQCAでも最初に必要条件分析をすることが慣例になっているが、NCAとfsQCAとを組み合わせて使うことによって必要条件、十分条件などの判定においてより適切な結論を導くことができるとDulらは主張するのである。

文献

Dul, J. (2016). Identifying single necessary conditions with NCA and fsQCA. Journal of Business Research, 69(4), 1516-1523.

Vis, B., & Dul, J. (2018). Analyzing relationships of necessity not just in kind but also in degree: Complementing fsQCA with NCA. Sociological methods & research, 47(4), 872-899.