経営学における因果複雑性と質的比較分析(QCA, fsQCA)

田村(2015)によれば、経営学の主たる目的は経営事象にまつわる因果関係の解明であるが、経営学で明らかにしたいような法則性というのは、自然法則のような普遍法則ではない。まず、対象となる因果関係が該当する場所と時間の制約があり、その妥当性も短時間で変化する。例えば、昨日まで成功を導いたやり方が今日は失敗のもとになるということが起こりうる。であるから、経営学というのは、多くの自然科学のような普遍法則を探求する科学ではなく、頻繁で急速な技術革新や市場の変化などによって比較的短時間のあいだに経営を成功に導く因果関係といった経営法則が変わっていくことを前提とする「法則の変化」を追求する科学だと田村は主張する。

 

さらに経営学が対象とする経営現象の特徴として重要なのが、経営の「結果」が、ごく少数の個別条件で生み出されることが稀であるということだと田村はいう。経営現象では、多くの原因条件が存在し、それらの間の「複雑な」関係を通して「結果」が生じる。このような「因果複雑性」が経営学が扱う多くの現象に見られる特徴であるが、これは計量経済学で扱うような一般的な統計分析では把握することが困難である。統計的な因果分析のほとんどは線形加法モデルに基づいているが、線形加法モデルでは、各個別条件が他の条件とは独立に(他の条件が一定であるときに、他の条件をコントロールした際に)結果に影響することを前提としている。個別条件と結果との関係に焦点を当てるようなアプローチは因果複雑性を有する経営現象の解明には不向きだということなのである。

 

田村によれば、因果複雑性を生み出しているのは、等結果性(equifinality)、結合因果性(conjunctual causation)、因果非対称性(causal asymmetry)である。等結果性とは、「同じ結果」が異なる原因条件によって生み出されるということである。例えば、A, B, C, Dという条件があったときに、AとBの組み合わせでも、CとDの組み合わせでも同じ結果を生み出すというような場合である。結合因果性とは、ある個別条件が単独では結果を生み出さないが、他の個別要件と組み合わさると結果を生み出すことができるような場合である。先の例でいえば、Aは単独では結果を生み出さないが、AがBと組み合わさると結果を生み出すから、結合因果性が示されている。因果非対称性とは、例えば、十分条件の場合のように、ある原因が結果を生み出す(十分条件)からといって、その原因がないと結果が生み出されないわけではない(その原因がなくても結果が生み出される場合がある=必要条件でない)というように、原因の有無(または度合い)と結果の有無(または度合い)の関係が対称でないという特徴をもつ関係である。

 

上記のような因果複雑性を分析する場合には、伝統的な確率・統計ではなく、集合論とそれに関連するブール代数を用いることが有効だと田村は説明する。なぜならば、必要条件や十分条件が絡む複雑な因果関係の場合は、互いにどのような包含関係にあるかを検討したり、調査データとして扱う各事例を、複数の要因の集合として理解することで、それらの要因の有無や組み合わせと結果との関係を分析しやすいからである。そして、高校数学Aで習うド・モルガンの法則などの論理演算を用いることによって集合の和・積・否定などを演算できるため、それによって結果と複数の要素間の複雑な因果関係を分析することが可能だというのである。

 

これらの集合論や論理演算を駆使した因果関係の理解をコンピュータを用いて分析可能としたのが、質的比較分析(QCA)という手法である。そして、質的な違いに基づいて特定の要因を2分する(0か1で表す)ものに基づくクリスプ集合を扱う伝統的なQCAのみならず、2分されないファジーな分類に基づくファジー集合を扱うファジーセット質的比較分析(fsQCA)も利用可能である。先に説明したとおり、QCAは集合論を基礎においており確率・統計を基礎とする統計分析とは基本的な考え方が異なっているため、確率・統計の推論で前提としているような大規模サンプルを集める必要がないという特徴がある。これは、十分なケースを集めることができない経営学の事例研究などにもフィットした分析手法だといえる。

 

つまり、QCAの主眼は、伝統的な統計分析のように大規模サンプルによって少数の要因と結果の関係を確率・統計の知見に基づいて推論するものではなく、少数のサンプルであっても、各事例に含まれている複雑な要因の絡み合いを考慮に入れ、集合論をベースにこれらの要因と結果の関係を推論するというメカニズムによって因果関係を解明していこうとする分析なのである。また、普遍性や汎用性の高い法則を見つけ出すために、変数を厳選してできるだけシンプルで再現性の高い研究結果を生み出すことを意識した分析を行うのではなく、結果に与える法則性や要因の組み合わせもあくまでテンポラルかつ特定の場所でのみ適用可能なものであるという前提のもとでさまざまな要因を考慮し、それらの因果的絡み方の様相を検討するために分析を行うというものであるから、冒頭に上げたような自然科学とは性質が大きく異なる経営学での現象理解に適した方法であるとも言えるだろう。

文献

田村正紀 2015「経営事例の質的比較分析: スモールデータで因果を探る」白桃書房