因果複雑性の経営学(5):方程式思考と集合論思考

因果複雑性を考慮した経営学の中間的なおさらいとして、従来の経営学の思考を支配してきた方程式思考と、複雑性の経済学の根幹をなす集合論思考を改めて比較してみよう。まず、方程式思考であるが、こちらは以下のような式で表される思考様式である。

  • Y = a + b1x1 + b2x2 + b3x3 ... bnxn

これはいわゆる重回帰分析で使う数式であるが、この式において、Yは、経営学で扱う変数の中でもとりわけ重要な結果変数で、例えば企業レベルであれば企業業績といったものである。そして、aが切片、x1, x2 ...がYに影響を与える要因、b1, b2 ... がそれぞれの要素がYに与える影響の度合い(重みづけ)である。この方程式思考は直感的には分かりやすいが、いくつかの前提が含まれている。まず、Yに影響を与える要素の集まりを含む右辺は、線型結合であり、基本的には「足し算」である。つまり、それぞれの要素がYに与える影響は加法的である。いくつかの要素が「足し合わさって」Yを高めるという考えである。

 

その際に考慮するのが要素の係数であるbで、これは、他の要素(条件)が一定の時に(変わらない場合に)、特定のxを1単位増加されたときにYがどれだけ増加するか、を意味する。よって、分析としては、ひとつひとつの要素についての分析が主となる。つまり、方程式思考の発想では、ある特定の要素が、どれくらいYに影響を与えるか、すなわち特定の要素のYに対する重要性が焦点となる。各要素の重要性がbすなわち回帰係数という形で判明すれば、それを考慮して(重み付けして)足し合わせればYがどれくらい増加するか分かるということである。つまり、全体の総和は部分的な要素の和だという前提も含まれている。また、Yは増加したり減少したりする1次元の変数で、個々の要素xも、増加したり減少したりする1次元の変数だから、基本的にこの方程式は、対称性を持っている。Xが増加すればYも増加する、Xが減少すればYも減少する、という具合である。

 

このような方程式発想で行う諸研究で明らかになった知識を経営の実践に役立てようというのが従来の経営学の発想であったのである。例えば、Yを企業業績とするならば、方程式思考での経営学上の問いは、企業がある施策Xを実施するならば、それは企業業績にどれくらい影響を与えるだろうか、というものである。これは、結果に影響を与える要因を要素分解して各要素を吟味するという還元主義である。当然、企業業績には別の要因も絡んでくるということで、それらを方程式に投入することで、Xの効果をコントロールする。すなわち、先述のように、企業業績に影響を与える他の要因が変わらないとした時に、Xを増加させたら(減少させたら)企業業績はどうなるか、という問いを追求するのである。

 

上記のような方程式発想による経営学では、企業業績のようなYに影響を与えうる経営施策のような特定の要素に焦点を絞って、その効果を解明しようとするアプローチなので、その要素のことを理解する上では優れたアプローチであるといえる。しかし、因果複雑性の経営学で主張しているように、結果というのはさまざまな要因が複雑に組み合わさって生じるのだという発想は取り入れていないため、その面で方程式思考は経営の本質を捉えきれていないもいえる。因果複雑性の経営学では、個別要素Xに焦点を当てるのではなく、企業業績のような結果変数Yに焦点を当て、さまざまな要素がどのように組み合わさるとYが生じるのか、という問いを追求するのである。

 

では、因果複雑性の経営学でのメインの考え方となる集合論思考について説明しよう。こちらは、例えば以下のような式で表される思考様式である。

  • X ← Y
  • ABC + AB~D + BD  → Y

これらは集合論でよく用いられる論理式で、上の式は、Xという要素は、Yが生じるための必要条件であるという意味で、下の式は、A, B, C, Dという要素があったとすると、AかつBかつCの時にYが生じるが、また、AかつBかつ(Dでない)ときにもYが生じるし、BかつDの時にもYが生じるというように、ACBとAB~DとBDがそれぞれ、Yが生じるための十分条件であることを意味している。方程式思考と比べて、因果関係の理解がとても複雑であることが分かるだろう。例えば、上の式では、YからXに矢印が向いているが、これはYであったら必ずXであるということだから、XがないとYが生じない、すなわちXがYの必要条件だということを示している。集合論で言えば、例えば、業績の良い企業の集合を考えると、その集合は、Xという施策を実施している企業の集合に含まれているから、X ← Y だと言える。ファジー集合を用いれば、どちらかと言えば良い業績の企業の集合に含まれる、といった曖昧な状況も考慮することも可能である。

 

下の式では、論理式で用いる「かつ」「または」「〜でない」を絡めた式となっており、例えばAという施策とBという施策とCという施策を全部実施している企業の集団は、業績が良い集団に含まれているということだから、ABCという施策の組み合わせは必ず企業業績を良くすることを意味している。さまざまな要素の組み合わせを重視する結合性を考慮した思考様式だということである。また、そのような十分条件が「または」で複数繋がっているから、Yが生じるための十分条件が複数あることを意味している。つまり、企業業績を高める施策の組み合わせは1つとは限らないという等価性を表現している。さらに、上記の式で示される、Yが生じるための式は、Yが生じないための式とはパターンがかなり異なることも予想される。つまり、Yが生じる必要条件・十分条件と、Yが生じない必要条件・十分条件の組み合わせは、対称的であるとは言えない。

 

なお、ここで言いたいのは、必ずしも従来の経営学で支配的であった方程式思考が劣っていて因果複雑性の経営学でメインとして用いる集合的思考が優れているということではない。むしろ、これまで方程式思考一辺倒であった要素還元的・線形的な経営学に、新たに組み合わせパターンや因果複雑性に着目する集合論思考が加わったことによって、より現実の経営の実践の理解に近づく思考レパートリーが増えたということが重要なのである。集合論的思考に基づく新たな因果複雑性の経営学が普及し、研究が量産され、蓄積されていくことで、経営学の新しいステージが切り開かれていくことが予想されるのである。