因果複雑性の経営学(3):理論を支える数学的思考法

経営学にとって、より現実にフィットした因果複雑性を考慮した経営理論が未発達であった大きな理由が、研究者の方程式的思考、線形代数に依拠する論理構造に支配されていたことを指摘してきた。数学は、人類が有する学問のなかでも究極的に厳密な論理演算を必須としており、論理学とも関連が深い。数学は論理学であるといっても過言でないだろう。そして、経営学が構築しようとする経営理論も、前提と論理の組み合わせによって現実の経営現象を説明しようとするものである。よって数学的思考の発展や変革なくして、新しい経営学理論の発展や変革もありえない。そこで今回は、様々な要素の組み合わせによって結果が生じるというアイデアレベルで進歩が止まっていた従来の構成論アプローチに対して、近年急速に発展してきている新構成論アプローチのもとになっている新たな数学アプローチについて紹介する。

 

まず、従来の経営学における理論を支配していた数学的思考は、還元主義、線形性、対称性、純効果主義といった発想に基づいていたわけだが、これを原因と結果の関係でみると、とりわけ相関関係を基礎とする分散理論では、結果Yの分布(例、成功から失敗まで)の分散を、独立変数(説明変数)Xがどれだけ説明するかという発想に基づいている。XとYの相関関係が1のときは、特定の原因Xのときに、Yが唯一の点として決定するので分散がゼロとなる。すなわち、完全に相関している場合はXがYの分散を100%説明する。Xが他の要因とは独立してYの分散をある程度説明するという前提に基づいており、特定のXでYの分散が説明できない部分を、別の要素X2が追加で説明できるかを調べる。これが重回帰分析の発想で、X3、X4と次々に説明変数を増やしていき、多くの要素が足し合わさって最終的にどれくらいYの分散を説明できるかという発想につながるので、これが純効果主義の数学的な表現となる。

 

このような線形代数的な数学だと、いろいろな要因の組み合わさり方によって結果が異なるというような因果複雑性を前提とする分析や思考はできないので、別の数学的思考が必要になるのであるが、従来から1つの案として考えられてきたのが、クラスター分析という考え方である。これは、異なる要素の組み合わせ方にいろいろなパターンがあると想定したときに、そのパターンを、お互いに似ている度合い、異なっている度合いによって計算し、似た者同士が同じクラスターに入るようにケースを整理していく方法である。クラスター分析だと現実に存在する要素の組み合わせパターンを分類することはできるが、あくまで現実のデータを整理した結果として出てくるクラスターにすぎないので、なぜそのような分類になるのかという因果関係の理論的な説明ができないし、因果関係とは関係のない要素もクラスター生成時に考慮されてしまう可能性がある。

 

上記のような困難があった中で、革新的な数学的思考法が適用可能になった。それが、数学の「集合論」を用いるというアプローチなのである。つまり、因果複雑性の経営学が思考として、あるいは実証研究として依拠するメインの数学が集合論なのである。集合論がなぜ優れているかというと、ある要素が含まれる、含まれないという包含関係の記述に加え、さまざまな論理演算をすることで命題の真偽を判定することができる点が挙げられる。集合論は、同じ特徴を持ったもの同士が同じカテゴリーに含まれる、というように表現することから、どちらかというと数量というよりは質的なイメージがある。それにもかかわらず、さまざまな論理演算を施すことによって新しい結論を導いたりすることができる。よって、扱う事象が質的であってかつ数学的な論理を用いるというところに、質的な現象を扱うことの多い経営学にフィットする思考法である。

 

集合論経営学に応用すると、以下のようなアプローチが可能である。例えば、企業業績という結果を、様々な要素の組み合わせで説明しようとする理論が考える際、1つの企業は、さまざまな要素の集合体だと考えることができる。企業の人事制度は、採用や育成や賃金や評価などさまざまな要素が組み合わさって、1つの制度全体を形成している。しかし、すべての企業が同じ要素を含んでいるとは言えず、ある企業は成果主義色の強い要素を含むが、他の企業はそのような要素は含まない場合がある。つまり、それぞれの企業を要素の集合として理解する場合、それぞれの集合に含まれる要素が異なるのである。そして、業績の高い企業のみがあつまった集合と、業績が低い企業のみがあつまった集合を定義することできる。そうすると、複雑な因果関係について、以下のような表現が可能となる。

 

ある要素(あるいは複数の要素の組み合わせ)を自社の集合に含む企業がすべて、業績のよい企業の集合に含まれている場合は、その要素(あるいは組み合わせ)があると必ず業績が良くなるということだから、その要素は高業績の十分条件だと解釈できる。ただし、その要素や組み合わせを有していない企業も、業績の良い企業の集合に含まれているということは、その要素や組み合わせは必要条件ではないということになる。逆に、業績のよい企業の集合に属する企業がすべて特定の要素や組み合わせを含む企業の集合に含まれている場合は、そのような要素や組み合わせがないのに業績のよい企業が1社もないのだから、その要素や組み合わせは高業績の必要条件だといえる。しかし、それらがある企業がすべて高業績企業の集合に含まれているわけではないので、十分条件とはいえない。

 

ベン図を使って包含関係を図示すると分かりやすいが、集合論では、もはやベン図では図示できないほど複雑になった包含関係も台数的演算で処理することができる。このように、集合論を数学的思考として用いることの利点の1つは、集合の包含関係を見ることで、原因が結果を生み出す必要条件と十分条件を区別して理解することが可能なことである。方程式的、線形代数的発想ではこのような区別はできない。集合論は、何かがある、ない、そして、何かが生じる、生じないを表現して理解するのに適した数学的思考なのである。また、「かつ」「または」「~でない」といった演算子を駆使するブール代数という数学を用いれば、集合間の関係について、直感的にはわかりにくい複雑な論理演算も可能である。さらに、ある要素が特定の集合に含まれるか含まれないかといった2値に割り切れないケースを扱うファジー集合論を用いた演算も可能である。

 

集合論を数学的思考のメインのツールとして用いることで、従来の方程式的発想、線形代数的思考ツールではうまく扱うことができなかった因果複雑性すなわち「結合性」「等値性」「非対称性」を難なく扱えるようになったのである。結合性に関して言えば、どのようその組み合わせを集合内に含んでいる企業が、高業績企業の集合に含まれているかという視点で理解すれば扱うことができる。等値性は、要素の組み合わせパターンが複数あり、どれも特定の結果に対する十分条件であるかどうかを吟味することで扱うことが可能である。そして、非対称性については、上記で見たような必要条件と十分条件の区別や、結果を生み出す条件と、結果を生み出さない条件の吟味など、集合論では線形性を前提としないので難なく扱えるということである。これを実証研究レベルに落とし込んだ分析ツールが、質的比較分析(QCA)であり、集合として扱う際の曖昧性を考慮した質的比較分析が、ファジー集合型質的比較分析(fsQCA)である。線形代数的思考の代表的な分析ツールが重回帰分析であるならば、集合論的思考の代表的な分析ツールがQCAということなのである。

文献

Fiss, P. C. (2007). A set-theoretic approach to organizational configurations. Academy of Management Review, 32(4), 1180-1198.

Furnari, S., Crilly, D., Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Fiss, P. C., & Aguilera, R. V. (2021). Capturing causal complexity: Heuristics for configurational theorizing. Academy of Management Review, 46(4), 778-799.

Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Furnari, S., Fiss, P. C., Crilly, D., & Aguilera, R. (2017). Embracing causal complexity: The emergence of a neo-configurational perspective. Journal of Management, 43(1), 255-282.