因果複雑性の経営学(1):従来の経営理論が有する欠陥

経営学が対象とする経営現象は、複雑である。例えば、企業業績は、様々な要素の組み合わせによって生じるもので、業績に影響を与える1つの決定的な要素があるわけではない。しかし、従来の経営学は、このような複雑性を考慮した理論を構築することができなかった。それはなぜかというと、従来の経営学は、理論構築のプロセスにおいて、特定の思考法にとらわれてきたからである。その思考法は、一言でいうと、方程式的な思考法で、もう少し丁寧にいうならば、数学でいうところの線形代数的な思考法である。これは、Xという独立変数を変化させると、Yという従属変数が変化するという関係性を基本とするもので、より複雑な経営学理論やそこから得られる仮説もこの思考法に依拠している。

 

方程式的な思考法は、還元主義でもある。もっとも単純な関係は、2変数の相関関係であり、これがより複雑な方程式に派生していく。この相関関係は線形性と対称性を有しており、Xが増加するとYも増加する、Xが減少するとYも減少するという単純な関係である。独立変数がたくさんあるような重回帰分析であっても、変数ごとに分解すれば線形性と対称性は維持される。それがゆえに、線形代数が基本となるわけで、従属変数や独立変数が複数になると、多変量解析という手法に発展するが、一見高度で複雑なモデルであっても、2変数の相関関係が基本となることは変わりがない。であるから、企業業績を例にひけば、業績の決定要因としての個々の独立変数Xが企業業績Yに与える影響というのが特定され、それがすべて合わさった、すなわち加法された結果が企業業績になるという考え方である。これを、ネットエフェクト(純効果)主義という。

 

つまり、従来の経営学だと、例えば企業業績の決定についての理論としては一見非常に複雑な理論やモデルを想定したとしても、その理論やモデルは、個々の要素が企業業績に与えるプラスやマイナスの影響の総和だと考えられてきたのである。これは、「全体は部分の総和ではない」という思想に反している。本当に複雑な現象というのは、全体を部分の総和で考えるだけではいけないのである。従来の経営学は、関心のある現象の決定要因を独立変数というかたちに還元する「還元主義」、還元されたXとYの関係の理解を線形代数に依拠する「線形性」、XとYの関係が上方向にも下方向にも対称であると想定する「対称性」、複数のXの効果の総和でYが決まるという「純効果主義」に支配されてきたので、これを前提とした経営理論や経営学モデル以上のものが作れなかったのである。これからの経営学は、「還元主義」「線形性」「対称性」「純効果主義」の呪縛から解放され、複雑な経営現象をもっと効果的な形で記述し、理解し、説明し、予測できるようにならなければ真に役に立つ経営理論にはならないだろう。

 

上記で議論した内容は、ほぼ因果関係の話である。企業業績を例にひけば、企業業績に影響を与える還元された諸要因Xが、企業業績Yが生じる原因となるという因果関係を理論化するわけである。別の言い方をすれば、経営学理論は、経営現象に関する因果関係に関する理論である。後のパートで説明するが、複雑な経営現象は、因果関係も複雑なはずなのに、従来の経営学は、先にあげた方程式的な思考法に支配されてきたがゆえに、因果関係性を理論化することに失敗し、単純な因果関係の積み重ねとしてでしか理論化できなかったのである。これも後のパートで説明するが、経営学に限らず、どのような学問分野も、理論や命題、仮説といった抽象的な思考というのは、それと現実とを結びつける実証的な方法論、具体的にいえば、数量化や統計学的な技術とりわけ数学と不可分である。経営学の実証方法の大部分が、方程式や線形代数に依拠するものであったがゆえに、理論そのものが方程式や線形代数的な発想を乗り越えることができなかったのである。

 

今回の締めくくりとして、経営学の具体的な理論を例示して上記の記述をおさらいしよう。例に挙げるのは、いまや経営学の化石となってしまい、経営学の博物館的な役割を担っている伝統的な教科書にしか登場しない「組織のコンティンジェンシー理論」である。コンティンジェンシー理論そのものは良く知られているのでここでは説明しない。バーンズ=ストーカーによる「機械的組織 vs 有機的組織」の理論を用いて説明しよう。この理論は、あたかも昔の天文学者が天体の運動を研究するかのような思考に基づいている。昔の天文学者の発想は、天体を、1つの点にまで還元してしまって、点の軌道を理論化したことである。これが大成功で科学の発展に大きく寄与したことは事実である。コンティンジェンシー理論も、組織の性質を機械的組織と有機的組織という2の変数に還元してしまい、その変数と企業業績の関係に還元してしまった。そして、これらの変数の相関関係を環境という第三の変数が調整する(関係性を強めたり弱めたりする)という発想である。これは方程式的にいうと、変数間の交互作用という形で表現できるが、それほど難しいものではない。

 

組織のコンティンジェンシー理論は扱われている変数の数が少なく、かつそれらの関係も分かりやすいが、単純すぎて現実の経営現象の因果関係の複雑性を捉えられない。つまり、経営の実践家が次々と新しいことを学べるような形で理論が進化、発展しないのである。天体運動のような現象であれば、天体を点にまで還元してしまっても、そこで得られた知見を他の物理現象一般に適用可能であったが、経営学ではそうはいかない。物理現象と社会現象は本質的には異なると考えた方が良い。よって、単純すぎる経営理論はそこで進化が止まってしまって化石のようになり、博物館的なテキストで鑑賞されるだけという運命を辿ることになったのである。次回以降において、これからの経営学に求められる「構成論アプローチ」と、それを支える「因果複雑性」とは何かについて、Fiss (2007), Furunari, Crilly, Misangyi, et al (2021), Misangyi, Greckhamer, Furnari, et al. (2017)あたりを参照しながら解説していく。

文献

Fiss, P. C. (2007). A set-theoretic approach to organizational configurations. Academy of Management Review, 32(4), 1180-1198.

Furnari, S., Crilly, D., Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Fiss, P. C., & Aguilera, R. V. (2021). Capturing causal complexity: Heuristics for configurational theorizing. Academy of Management Review, 46(4), 778-799.

Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Furnari, S., Fiss, P. C., Crilly, D., & Aguilera, R. (2017). Embracing causal complexity: The emergence of a neo-configurational perspective. Journal of Management, 43(1), 255-282.