経営戦略論の研究で頻繁に問題となるのが、実証研究における内生性(endogeneity)という問題である。その理由として、内生性は、とりわけ戦略論という経営学の中の1分野が対象とする領域や理論、および戦略論で頻繁に行われる実証研究の方法と深く関連しているという点がある。以下、Hamilton & Nickerson (2003)や、Semadeni, Withers, & Trevis Certo (2014)の論考などを参考に説明する。
それではまず、内生性(endogeneity)や内生変数(endogeneous variable)について理解しておこう。外生性を統計学的な視点から一言でいうと、因果関係を検証する際、最小二乗法(OLS)を用いる回帰分析を単純に(y = a + bx + e)とすると、独立変数(x)と予測誤差(e)とに相関がある場合、それが最小二乗法が適切に機能する仮定に違反しているため、回帰係数の推定にバイアスが生じ、正しい結論を導くことができなくなってしまうという問題である。そのような独立変数を内生変数(endogeneous variable)という。そうではない独立変数、すなわち誤差変数と無相関な独立変数は、外生変数(exogneous variable)といい、回帰分析における独立変数が外生変数であることが適切な統計学的結論を導くのに必要だということである。
ではなぜ、内生性の問題が、経営学における戦略論でとりわけ重要となるのか。それには、戦略論が対象とするリサーチクエスチョンや回帰分析を中心とする実証研究、そしてモデル化する際に用いる変数と大きな関係がある。まず、戦略論の中心的なリサーチクエスチョンをもっとも単純化していうならば、企業による「戦略的な意思決定」が「企業業績」に影響を与えるかどうかという「因果関係」に関するものである。つまり、企業業績を従属変数(y)、戦略的意思決定を独立変数(x)とする因果関係を理論的かつ実証的に解明したいということである。例えば、事業の多角化は企業業績を高めるのか、グリーンフィールドによる海外進出が、企業買収による海外進出よりも企業業績を高めるのか、といったような問いで、これは、経営者による多角化やグリーンフィールド投資という戦略的意思決定が企業業績を高めるのかという因果関係に関する問いとして解釈できる。
ここで、因果関係を実証的に解明したい場合の方法について説明しよう。因果関係を検証するうえで一番理想的なのが、ランダム化実験である。例えば、独立変数(ここでは単純に二者択一とする)が従属変数に与える因果関係を検証するには、サンプルを実験群と対照群にランダムに配分し、実験群にのみ、独立変数に相当する処置を施し、その後、実験群と対照群とで従属変数の値を比較すればよい。 これは原理的に、実験者が独立変数を操作していることを意味しているので、ランダムサンプルであることを考えるならば、独立変数は真に独立であって他からシステマティックな影響を受けていない。つまり、厳密な実験によって操作した独立変数は外生変数だと考えることができる。
しかし、戦略論が明らかにしたいとしている戦略的意思決定が企業業績に与える影響に関する因果関係については、上記のようなランダム化実験を行うことが現実的でないという技術上の問題のみならず、戦略論で構築する理論的性質において大きな問題を孕んでいるために、原理的にランダム化実験がそぐわないという性質を持っており、戦略意思決定という独立変数が原理的に独立でなくなってしまう(すなわち内生性を獲得してしまう)ということが起こるのである。
思考実験をしてみると良い。仮説が「多角化は企業業績を高める」とし、多角化を二者択一の変数としてランダム化実験が技術上可能だとする。そうすると、多角化していない企業を、多角化を行う条件と非多角化を維持する条件にランダムに分け、数年後の企業業績を比較するというような実験が可能であることがわかる。しかし、それで本当に戦略論の研究といえるのだろうか。実際の経営では、企業が多角化をするかしないかの意思決定をするということは、それが企業業績を向上させるという予測ないしは確信があってのことであり、上記の思考実験でやったように、サイコロを振ってランダムに多角化か否かを選んでいるわけではないのである。もしそのようなやり方で意思決定をしているのであれば、それはもはや「戦略的な」意思決定ではなくなってしまう。
つまり、戦略的意思決定というのは、本質的に、それが企業業績を高めるだろうという経営者の予測であったり期待が反映されているものであり、その予測や期待の根拠となっているものは観測が難しいため、実証研究にはたいてい含まれていない。よって、研究上仮説として設定する変数、先の例でいえば「多角化するか否か」は、本質的に、外生変数(exogneous variable)すなわち因果関係の起点となる独立変数なのではなく、なんらかの他の変数(企業業績を高めるという予測)から影響を受けている内生変数(endogeneous variable)である可能性が高いといえるのである。すでに企業業績を高めるという勝算を持っている企業のみが多角化をしている(よって多角化が企業業績と相関している)という状況では、(他は全く同じ条件で多角化か否かのみが異なるのではなく)サンプリングにおいて自己選択がなされておりランダム化が実現していないので、予測誤差は多角化と無相関にはならず、なんらかの相関がでてきてしまう。
上記の例は、戦略論の実証研究において、観測されていないが決定的に重要な変数がモデルから省略されているために、測定された変数のみで構成したモデルの結論が間違ってしまう可能性を示した例である。具体的にいえば、戦略論で支配的なOLS回帰分析において内生性が発生することにより、独立変数の影響すなわち回帰係数が適切に推定できず、真実では効果がないのに誤って効果があるという結論を出してしまう可能性(第一種の誤り)などがあることを示している。これは学問上無視できない問題であることは明らかである。
なお、内生性の問題が起こる原因は、上記のような省略変数(独立変数と従属変数の両者に影響を与える第三の変数)のみではなく、戦略論研究とも深く関わる別の問題もある。その1つは、測定誤差の影響である。つまり、真に測定したい変数が正確に測定できていないことに起因する誤差が、内生性を生み出す原因として働くことがあるということである。例えば、戦略論では、公開されている統計データなどを用いることが多いが、その統計データの作成過程で正確性が失われている可能性もある。別の原因として、独立変数と従属変数の因果関係が両方向にあって循環しているようなケースである。例えば、多角化が企業業績を高め、企業業績がさらなる多角化の要因となっているような場合である。これらのケースでも内生性が発生し、OLS回帰分析では適切な結論が導かれなくなってしまうので、実証研究では、これまで見てきたような内生性の問題を検出し、修正するというプロセスが必要不可欠である。
もし経営戦略論の研究において、内生性の可能性を無視した研究が行われ、蓄積されるならば、誤った結論が分野内に蔓延することにつながり、経営戦略論という知識体系自体が崩壊しかねないのである。よって、経営戦略論の研究では、実証研究において、内生性のチェックと、内生性が存在する場合の修正が半ば必須となっているのである。
文献
Hamilton, B. H., & Nickerson, J. A. (2003). Correcting for endogeneity in strategic management research. Strategic organization, 1(1), 51-78.
Semadeni, M., Withers, M. C., & Trevis Certo, S. (2014). The perils of endogeneity and instrumental variables in strategy research: Understanding through simulations. Strategic Management Journal, 35(7), 1070-1079.