因果複雑性の経営学(7)戦略論分野の研究紹介(ビジネスモデル研究ー前編)

企業が経済的価値を生み出し収益を得るために必要不可欠なのでビジネスモデルである。ビジネスモデル論は21世紀になって経営学で研究が盛んになった分野であるが、ビジネスモデルほど因果複雑性の経営学にふさわしいトピックはないといっても過言でない。なぜならばビジネスモデルは複数の要素が組み合わさることで価値を生み出し収益を得るためのシステムであるから、どのような組み合わせが企業業績につながるのか、さらには、ビジネスモデルと戦略、業界、技術環境などの他の要因がどのように組み合わさると企業業績を高めるのかといった問いが欠かせないからである。しかし、本シリーズで論じてきたように、線形代数的で方程式的な思考に支配されていた経営学ではビジネスモデル論の理論と実証研究を十分に扱うことができなかった。それが、因果複雑性経営学の登場でいよいよ本格的な分野として研究を発展させる素地ができてきた。Leppänen, George, & Alexy (2023)がその扉を開けた先駆的研究である。

 

Leppänenらによれば、ビジネスモデルとは事業機会を実際のビジネスとして成立させるための設計図のようなもので、企業を取り巻くステークホルダーへの価値を生み出し(価値創造)、そこから自社の収益を得る(価値獲得)ために、ビジネスの内容、構造、取引の支配に関連する複数の要素が相互に結び付いたシステムとして定義できる。つまり、ビジネスモデルは、価値創造と価値獲得を目的とするシステムである。価値創造は、顧客などのステークホルダーと共有する価値を増大させることを意味し、価値獲得は、その価値全体から自社の収益としてできるだけ多く獲得する。これまでのビジネスモデル研究の多くは、価値創造に重点が置かれ、そのもっとも中心的な機能として、ビジネスモデルの「新規性」という特徴に脚光が当たってきた。新しいビジネスモデルだからこそ、既存のビジネスモデルと比べて価値を大きくすることができるというわけである。しかし、それに比して価値獲得については十分に注意が向けられているとはいえなかった。

 

上記のように、ビジネスモデル研究では、価値創造を担うもっとも重要な性質としてビジネスモデルの新規性に焦点が当てられがちであったが、先述のように、ビジネスモデルは複数の構成要素からなるシステムであり、企業業績につながるビジネスモデルの性質は他にはある。先行文献を整理すると、ビジネスモデルの性質は、おおまかに「新規性」「効率性」「ロックイン」「補完性」に分類される。効率性は、ビジネスモデルが事業を効率化し、コストを下げる度合いを示している。ロックインは、ビジネスモデルが顧客のスイッチングコストを高め、他社の事業に顧客を奪われないないようにする度合いである。補完性は、コアとなる製品やサービスに価値を付加する度合いである。新規性が価値創造と結びつきやすいのに対して、効率性、ロックイン、補完性は、生み出された価値全体から自社の取り分の獲得を増大させるという意味での価値獲得への関連性が強いと考えられる。そして、一見すると当たり前であるが、従来の線形・方程式的な経営学ではうまく捉えきれなかった命題として、Leppänenらは「ビジネスモデルの新規性は、それだけでは企業業績を高めない」ことをまず主張する。

 

因果複雑性の用語を使っていえば、ビジネスモデルの新規性は、それ単独では十分条件とはなりえず、何か別の性質と組み合わさることによってのみ十分条件になりうるという主張である。一方、特定の状況下では、ビジネスモデルの新規性は企業業績を高めるための必要条件であるとは考えられる、ということになる。繰り返すが、ビジネスモデルは複数の要素が組み合わさったものだから、ビジネスモデルと企業業績の関係を理論化して実証するためには、組み合わせによって生じる因果複雑性を考慮することが必要不可欠なのである。Leppänenらは、このような前提を置きながら、因果複雑性に基づく構成論アプローチでビジネスモデルを研究することにした。本シリーズではおなじみの、複数の要素が組み合わさることで業績を高めるという「結合性」、企業業績を高める経路としては複数の組み合わせパターンがあるという「等値性」、そして十分条件や必要条件を考慮する因果の「非対称性」を仮定した理論構築と実証分析ということになる。

 

Leppänenらがビジネスモデルと企業業績の関係性の理論構築と実証分析で用いた要素は、先に挙げたビジネスモデルの4つの構成要素に加え、企業の事業戦略や業界の競争環境、そして企業規模(大企業 vs 小企業)と技術環境である。先行研究等に基づき、Leppänenらは複数の仮説を提示した。まず、先述のとおり、ビジネスモデルの新規性は、その他の性質(効率性、ロックイン、補完性)が伴っていない場合は企業業績を高めないことを予測し、次に、とりわけビジネスモデルの新規性と効率性は、しばしば代替的な性質だと指摘されることがあるが、Leppänenらはこれらは企業業績を高めるうえでは補完的な関係にあることを予測した。つまり、新しいビジネスモデルは通常はコストが余計にかかるものであるが、効率化を主眼とするビジネスモデルはコストを節約しようとすることだから、新規性か効率性のどちらかを選択するべきで、両者を組み合わせるのは理にかなっていないという言説が見られるわけだが、Leppänenらはそうは考えず、新規性と効率性が組み合わさったビジネスモデルこそが企業業績を高めるうえで重要だと予測したのである。

 

そして、事業戦略と競争環境との絡みについては、Leppänenらはマイケル・ポーターの業界分析フレームワークや戦略類型を援用しつつ、高い競争環境にある企業の場合、戦略とビジネスモデルとの適合性の視点から、ビジネスモデルの新規性と差別化、もしくは新規性とコスト優位性のどちらかの組み合わせをとることが必要だと予測した。つまり、ビジネスモデルの新規性によって事業戦略レベルでは差別化を志向することか、ビジネスモデルの新規性で事業戦略レベルではコスト優位性を志向するかのどちらかが必要だということである。企業規模と技術環境との絡みについては、21世紀初頭のインターネットビジネス黎明期のように、新しい技術が隆盛している環境では、小企業は比較的シンプルな要素の組み合わせをもつビジネスモデルが企業業績を高め、逆に大企業は要素を複雑に組み合わせたビジネスモデルが企業業績を高めると予測した。これは、小企業は新しい技術に焦点を当てて新技術に敏感な新しい顧客の獲得に邁進すればよいのに対し、大企業は既存のリソースや顧客基盤を活用し、既存のビジネスも守りながら新しい技術を用いて戦う必要があるので、ビジネスモデルを複雑化させる必要があるということである。

 

一方、技術が成熟している環境では、大企業は比較的シンプルな要素の組み合わせをもつビジネスモデルが企業業績を高め、逆に小企業は要素を複雑に組み合わせたビジネスモデルが企業業績を高めると予測した。先ほどと裏返しの予測であるが、技術が成熟している環境では、小企業はブランド力も信頼性もリソースも限られているので、新技術を使わない状況で既存の大企業などと戦い、大企業から顧客を奪っていくためには、新規性のみならず、効率性、ロックイン、代替性などをいろいろと組み合わながら工夫してビジネスモデルを作っていかねばならないのの対して、大企業は、小企業が有していないブランド力、信頼性、リソースを多くもっているので、それらを活用して既存の技術をベースに、既存のビジネスモデルを改善する方向で展開していけばよいからである。最後に、新しい技術が隆盛している環境では、非常に高い業績を出すためにはビジネスモデルの新規性が必要条件となるが、技術が成熟している環境では、ビジネスモデルの新規性は必要条件ではないことを予測した。すなわち、新技術の場合は、新しい技術を活用して価値を創造することがもっとも重要なのに対して、技術が新しくない場合には、ビジネスモデルの新しさによる価値創造よりも、効率性、ロックイン、補完性を可能にするビジネスモデルを構築して価値獲得の増大を図るほうが業績を高めると考えられるからである。

 

Leppänenらは、上記の理論展開や仮説に基づき、21世紀突入前後と、15年後のインターネット業界のインターネット企業(それぞれ201企業、173企業)を用いてfsQCAを用いて分析を行った。その結果とそこから導き出された結論については次回で説明する。

 

文献

Leppänen, P., George, G., & Alexy, O. (2023). When do novel business models lead to high performance? A configurational approach to value drivers, competitive strategy, and firm environment. Academy of management journal, 66(1), 164-194.