因果複雑性の経営学(6)組織行動分野の研究紹介(JD-Rモデル)

以下、本シリーズでは因果複雑性の経営学の原理に従った研究を紹介していく。今回は、組織行動論の中でも、近年とくに注目を浴びているジョブ・デマンドーリソースモデル(Job demands-resources [JD-R] model)を因果複雑性を前提とする構成論アプローチによって検証したOng & Johonson (2023)の研究を紹介する。JD-R理論がなぜ高い注目を浴びているかというと、この理論は、従業員のストレス、疲労感、エンゲージメントといった重要なアウトカム変数を比較的簡潔なモデルで説明することができるからである。JD-Rモデルをごく簡単に説明すると、仕事の特性として、ジョブデマンドとジョブリソースがあり、デマンドが増加するとストレッサーとなって疲労感やバーンアウトにつながり、リソースが増加すると疲労感やバーンアウトを減少させるとともにエンゲージメントを高めるというものである。さらに。ジョブデマンドとジョブリソース(以下、デマンドとリソース)が交互作用を起こし、リソースが多いと、デマンドが疲労感に与える影響を弱める(吸収する)と予測する。

 

従来のJD-Rモデルは簡潔で分かりやすいが、それゆえに考え方の基本は線形で方程式的な発想であった。しかしこれには問題がある。まず、デマンドには、業務負荷、感情デマンドのように複数の種類があり、リソースにも、自律性、社会的サポート、フィードバックなど複数がある。そして実証研究では、JD-Rモデルが予測するように単純ではなく、リソースやデマンドの種類によって実証結果が一貫していない。一言でいえば、これまでのJD-Rモデルは雑であり、かなり大雑把な予測を超えて、さまざまな種類のリソースやデマンドが従業員のもたらす影響のより詳細な説明や理解には至っていないのである。これらは、デマンドとリソースが疲労感やエンゲージメントに与える因果関係は複雑であると思われるにも関わらず、従来型の線形、方程式的発想にとどまってしまっているからだと考えられる。この発想には大きな問題がある。例えば、因果複雑性の経営学で述べてきたように、複数の組み合わせが同じ結果を生み出すという「結合性」や「等値性」を理論でも実証研究でも深められない。また、線形的な発想は、疲労感を生み出す要因がなくなれば疲労感が減るといったように因果対称性を想定してしまうため、疲労感を生み出す十分条件を取り除いたからといって疲労感が必ずしもなくなるわけではないという因果非対称性も表現できない。

 

OngとJohnsonは、JD-Rモデルを因果複雑性を前提とした構成論アプローチで研究することによってJD-Rモデルを発展させようとした。従来のJD-Rモデルと因果複雑性の前提から演繹的に導いた仮説をfsQCAで検証しつつ、まだ理論化が進んでいない面についてはfsQCAの結果から帰納的に導こうとした。まず、演繹的な仮説推論については、まず、デマンドが疲労感につながる関係をリソースが弱める(吸収する)という雑駁な命題を発展させるべく、異なる種類のデマンドが疲労感に与える影響を異なる種類のリソースが吸収する可能性には複数のパターンがあり、複数の異なる組み合わせが、どれも疲労感を生み出す十分条件になりうると考えた。具体的には、業務負荷と自律性の無さの組み合わせ、もしくは業務負荷と社会的サポートの無さの組み合わせは、どちらも疲労感が生じる十分条件だと予測した。また、疲労感とエンゲージメントが裏返しの関係にあるといった単純な発想ではなく、疲労感を生じさせるに十分な条件の組み合わせは、エンゲージメントを生じさせるのに十分な組み合わせよりも多く存在すると予測した。つまり、疲労感といったネガティブな結果が生じる経路が多くて広い一方で、エンゲージメントといったポジティブな結果が生じる経路は少なくて狭いと予測したのである。

 

さらにOngとJohnsonは、JD-Rモデルでは想定されなかった問いとして、異なる種類のデマンドだけで(リソースがあろうがなかろうが)疲労感を生じる十分条件になるかといったものや、エンゲージメントが生じる、あるいは生じない十分条件にはどんなものがあるかといったものも帰納的に導くこととした。スタディ1では、オンラインサーベイを用いた200人超のサンプルを用い、スタディ2ではMBA卒業生や企業の協力によって得られた120人ほどのサンプルを用いたクロスセクショナルなサーベイを実施し、スタディ3ではサンプル数を400程度まで増やしつつサーベイを2回に分けて実施し、それらのデータをfsQCAで分析した。その結果、以下のことが明らかになった。まず、疲労感を生じさせる十分条件として、3つの組み合わせがあることが分かった。1つ目は、低い社会的サポート。つまり社会的サポーとが低ければそれだけで疲労感が高まる。2つ目は高い業務負荷と高い感情デマンド。この2つが組み合わさるとリソースの多少にかかわらず疲労感が増す。3つ目が高い業務負荷と低い自律性で、この2つの組み合わせがあれば疲労感が増す。つまり、疲労感を増すデマンドとリソースの組み合わせは複数あるということである。一方、エンゲージメントを高める十分条件は、高い自律性、高い社会的サポート、フィードバックの3つの組み合わせのみであった。つまり、エンゲージメントにつながる経路は1つのみであった。社会的サポートとフィードバックがないと、それだけでエンゲージメントが下がることも分かった。

 

OngとJohnsonの研究によって、JD-Rモデルは因果複雑性に基づく構成論アプローチによって以下のように改良されうることが示唆される。まず、デマンドとリソースの組み合わせ、あるいは複数のデマンドの組み合わせなどにより、疲労感をもたらす「等値性」の経路は複数あって広いが、エンゲージメントに関していうと、今回の研究では1つの経路しか明らかにならなかったように、「等値性」の経路は狭い。また、特定のデマンドが複数組み合わさると、それだけで疲労感を生む十分条件となり、リソースを増やしても効果がない。これらの発見は、デマンドとリソースがアウトカムを生み出す関係性が従来のJD-Rで想定されていたよりも複雑であるのに加え、仕事や環境のネガティブな影響のほうがポジティブな影響よりも強力であるという特徴が反映されていることが示唆される。また、疲労感やエンゲージメントを生み出す十分条件としての複数のデマンド・リソースの組み合わせは、疲労感がエンゲージメントが生じない十分条件とはかなり異なっているという因果非対称性を有していると考えられる。

 

もちろん、OngとJohnsonの今回の研究結果だけで、JD-Rモデルを刷新することにはリスクがある。けれども、JD-Rモデルを因果複雑性の経営学というアプローチによって進化させる道筋を開いたことは確かである。これまでのJD-Rモデルだと、直感的には分かりやすいが、メカニズムの説明と予測が大雑把かつ線形的・方程式的すぎるために、実際のマネジャーが従業員をマネジメントする際の職務設計やデマンド、リソースのコントロールには役立つ度合いに限界がある。一方、どのデマンドとどのリソースの組み合わせがどのような結果につながるのかのより詳細かつ深い理解が可能になれば、マネジャーが行う施策にももっと役立つモデルとなりうるのである。

文献

Ong, W. J., & Johnson, M. D. (2023). Toward a configural theory of job demands and resources. Academy of Management Journal, 66(1), 195-221.