因果複雑性の経営学(8)戦略論分野の研究紹介(ビジネスモデル研究ー後編)

戦略論におけるビジネスモデル研究を、因果複雑性の経営学の考え方に従って行ったのがLeppänen, George, & Alexy (2023)である。前編では、Leppänenらが、ビジネスモデルを構成する性質やその他の要素がどのように組み合わさることで企業業績を高めるのか、あるいは高めないのかについて、結合性、等値性、非対称性を考慮した構成論アプローチによって理論展開と仮説導出を行ったプロセスを解説した。とりわけ社会科学では理論構築だけでなくその妥当性を実証研究で示していくことが求められるため、因果複雑性の経営学を用いなければこのようなアプローチは不可能であるといってもよい。ビジネスモデル論の先行研究において、企業業績との関連でビジネスモデルの新規性にのみ焦点が当たりがちであったという事実は、線形代数的・方程式的思考に支配された経営学の範囲内で行ってきたからだといえる。

 

ビジネスモデルの内側と外側のさまざまな要素が組み合わさって企業業績に影響を与えるといっても、それを重回帰分析のような線形代数で理論的・実証的に表現してしまうとすでに不適切な方向に進んでしまっている。確かに重回帰分析は複数の要素を加えることができるが、それらは線形結合なので、本シリーズでも述べてきたように、「還元主義」「線形性」「対称性」「純効果主義」の呪縛から逃れることができない。重回帰分析の偏回帰係数は、他の変数が不変の状態でその独立変数のみ1単上下させると従属変数はどう反応するかということなので、まさしく、ビジネスモデルの創造性が上下すると、他の条件が同じというもとで企業業績はどう反応するか、ということになってしまい、組み合わせの議論が消えてしまう。重回帰分析で組み合わせを表現できるのはせいぜい2変数の交互作用くらいで、結合性、等値性、非対称性は検証できない。それに対してLeppänenらの分析アプローチは、因果複雑性の経営学と親和性の高い集合論に基づいたfsQCAを用いたものだったのである。

 

ではLeppänenらの実証分析の解説に移ろう。まず、分析結果と結論に行く前に注意点を述べておくと、因果複雑性の経営学の実証研究は、集合論の数学を用いて複雑なものを複雑なまま扱うようなアプローチでもあるので、かなり込み入った分析結果となり、解釈も難しく、結果や結論が明瞭でないということが起こりえる。また、頻度論の統計学を用いた仮説検証ではないので、サンプル特性から母集団を推定するという統計的推論もできない。仮説検証の論理と結論の明瞭性については、分析においてごく少数の変数間の線形的な関係性に還元する「還元主義」「線形性」を志向する従来の経営学に軍配が上がる。その点では、fsQCAなど因果複雑性の実証分析の手法はまだまだ発展・改善の余地があるといえるかもしれない。実際、Leppänenらの分析では、企業業績に影響を与えるビジネスモデル関連の組み合わせとして20パターンもの異なる組み合わせ方が特定された。20パターンはそれぞれ異なる組み合わせに違いないが、それらをすべて独立したものとして解釈して統合的に理解するのは困難であり非現実的であるため、Leppänenらは、20パターンの組み合わせを、便宜的に以下の5つの大まかなタイプに分類した。

 

1つ目は、新規性がビジネスモデルの中核を占める「新規性中心型」、2つ目は、新規性を付加することでビジネスモデルの効果を高める「新規性周辺型」、3つ目は、新規性があるケースもないケースもある「新規性中立型」、4つ目は、周辺要素としての新規性がない「新規性回避型」、5つ目は、中核要素として新規性がない「新規性恐怖症型」である。これらの便宜的な分類によってビジネスモデルと企業業績の関係を解釈すると、まず、企業業績を高めるのに新規性のみでは十分ではないこと、ただし、技術が新しい状況では、非常に高い業績をあげるためには新規性は必要条件であること、新規性は、競争が激しい業界において効率性と差別化戦略と組み合わせると非常に効果が高いこと、新規性のあるビジネスモデルは、業績を高めるための別の条件が状況によって正反対であったりすること、そして新規性のないビジネスモデルであっても企業業績を高めることができることなどが明らかになった。

 

Leppänenらがビジネスモデルの新規性に偏重した先行研究を批判し、本研究の最も基本的な主張であった「企業業績を高めるのに、ビジネスモデルの新規性のみでは不十分」であることは実証データでもクリアに確認された。また、新技術で非常に高い業績という条件を除けば、ビジネスモデルの新規性が高業績の必要条件あるわけでもないことも分かった。これには2つの含意がある。まず、ビジネスモデルというのは、複数の要素が組み合わさったシステムなので、新規性のみに絞った議論、あるいは他の要素単独でどうかということを吟味すること自体、不適切であるということである。組み合わさったシステムとして分析することは必要不可欠なのである。とりわけ、新規性と効率性の関係は、補完関係にある場合と代替関係にある場合と両方あることが実証研究では分かった。これは、企業が競争の激しい業界において差別化戦略をとるかどうかで変わってくると思われる。

 

次に、ビジネスモデルの新規性は、新たな「価値創造」には大きく寄与するが、それを自社の業績につなげる「価値獲得」には不得手であり、価値獲得に優れているのは、ビジネスモデルの効率性、ロックイン、補完性などの他の要素であることである。企業が価値創造と価値獲得の両方を通して業績を上げるためのビジネスモデルを構築するには、新規性と他の要素を組み合わせていくことこそが重要なのである。そして、Leppänenらは、本研究から、企業がどの業界で競争するかといった戦略決定の話と、どのようなビジネスモデルを通して戦略を実行するかは別々に考えることが有効だということも指摘する。競争環境の激しい業界で差別化戦略を採用し、そこで新規性と効率性を組み合わせたビジネスモデルを構築することは、常に企業業績を高める十分条件だといえるが、その他の戦略選択とビジネスモデルの組み合わせであっても企業業績を高める経路があるという等値性も存在すると主張する。

 

以上、かなり複雑な結果の説明になってしまったが、今回紹介したLeppänenらの研究によって、ビジネスモデルが企業業績に与える因果複雑性が完璧に説明できたというにはほど遠いのが現状であろう。しかし、この研究が、まさに今後同様の理論展開や実証分析を通して、さらにビジネスモデルについての理解を深めることにつながるエポックメーキングな研究であることには間違いない。同様の研究が行われ、その成果が蓄積されれば、学術的にも実務的にも大変有意義な知識体系が構築されていくはずである。ビジネスモデル研究においてその第一歩を踏み出した金字塔であるともいえるだろう。

文献

Leppänen, P., George, G., & Alexy, O. (2023). When do novel business models lead to high performance? A configurational approach to value drivers, competitive strategy, and firm environment. Academy of management journal, 66(1), 164-194.