組織行動学の実証研究で主流なのは、サーベイ研究である。いわゆるアンケート調査である。サーベイ調査の大きな利点は、実際に組織で働いている人々を対象とするために、調査の妥当性が高いことである。一方、欠点は、実験のように因果関係を厳密に検証できないことである。多くのサーベイ研究は、いわゆる相関研究と呼ばれるものであり、異なる変数を同時に採取するために、変数間の相関に関する情報は獲得できるが、特定の独立変数が、別の従属変数に影響を与えているかの因果関係を検証するためのデータは取得できないということである。もちろん、さまざまな工夫を行うことによって、理論的に導出された因果関係仮説を検討することは可能であるが、完ぺきとは言えない。
その結果、非常に多くの組織行動学の実証研究において、考察のところで、本研究は因果関係を厳密に検証できているわけではないことに注意が必要である、というような文面を見つけることができる。これは科学的観点から行ってみれば、片手落ちの面がある。真に科学的な知識を蓄積するためには、仮説を何度も検証して同じ結果が出るかどうかを追試すること、とりわけ、因果関係をより厳密に検証することで追試を行うことが必要である。
そこで有益なのが、実験的手法なのである。特に、シナリオ実験は、すでに実施されたサーベイ研究の追試をするのにうってつけであるともいえる。ここでいうシナリオ実験とは、現実の世界に似た架空の状況を被験者に提示して、それに対する被験者の反応を見る実験である。被験者に占めるシナリオにおいて実験者側が変数を操作することで、捜査された変数が従属変数としての被験者の反応に及ぼす影響を吟味することができる。もちろん、理想的なのは、リアルな組織においてリアルな人々を対象としたフィールド実験である。しかし、フィールド実験を行うことには、協力企業を探したり、実験的な操作を行うことにおいて非常な困難さを伴う。その面、シナリオ実験というのは、現実の世界にできるだけ近い状況を人工的に作り出したうえで実験を行うために、実施可能性が高い。
シナリオ実験そのものは、変数間の因果関係を厳密に検証できるというメリットがある一方で、架空の状況で行う実験なので非現実的な面がある、実験でつくりだした状況の他文脈への一般化可能性が不明であるなどの限界がある。したがって、単独でシナリオ実験を行う場合には後者の限界点が問題となるが、これを、すでにサーベイ実験で検証されている結果の追試に用いることで威力が発揮されるのである。なぜならば、すでに行われたサーベイ研究の結果が、シナリオ実験の弱点をカバーしており、シナリオ実験が、サーベイ研究の最大の弱みである因果関係の検証という仕事を成し遂げることができるからである。
つまり、サーベイ研究とシナリオ実験を組み合わせることによって、あるいは、すでにサーベイ研究によって掲載された論文の知見について、シナリオ実験を通じて追試を行うことによって、より科学的に信頼できる知識創造に貢献することができるのである。
文献
Aguinis, H., & Bradley, K. J. (2014). Best practice recommendations for designing and implementing experimental vignette methodology studies. Organizational Research Methods, 17(4), 351-371.