因果複雑性の経営学(4):理論構築のプロセス

因果複雑性の経営学は、旧来の方程式的あるいは線形代数的な理論構築を主とする経営学と因果関係の考え方など根本的な思想が異なるので、因果複雑性の経営学を発展させるための理論構築の方法も、旧来の線形代数的な相関関係をベースとなる理論構築の方法とはかなり異なっている。この点を踏まえ、Furnari, Crilly, Misangyi, Greckhamer, Fiss & Aguilera (2021)は、因果複雑性の経営学理論の構築に特化した実践的方法について、経験則的、直感的な視点から解説している。Furnariらが提唱する理論構築の方法論は、フィードバックループを含む3つのステップからなる。それらは(1)スコーピング、(2)リンキング、(3)ネーミングである。これら3つのステップを踏んで、あるいは時にはこれらを行ったり来たりを繰り返しながら、対象となる現象を因果複雑性を捉えた概念システムとしての因果複雑性経営学理論を構築することができるというわけである。

 

まず、スコーピングのステップでは、理論として関心のある現象の結果を生み出す構成要素を幅広く特定していく。因果複雑性の経営学では、さまざまな構成要素が組み合わさることで結果が生じると考えるため、そのような構成要素を漏れなく炙り出すことが大切である。このステップでは、重要な構成要素を炙り出すために、学際的な視点でさまざまな研究分野や理論からヒントを得て特定してくプロセスや、現象の注意深い観察を通して特定していくプロセスなどがある。具体的には、重要な構成要素が1つ特定できたならば、それと組み合わさることで結果をもたらす別の要素は何かを考え、思考を拡散していく。構成要素が漏れなく列挙されると、それは膨大なリストになりかねない。よって、今度は似たもの同士をまとめたり、抽象度を高めたりして構成要素の数を減らしていく作業も生じる。そうすることで、組み合わさる対象としての構成要素が適度な数だけ特定されていく。

 

次に、リンキングのステップでは、スコーピングのステップで特定した複数の構成要素が、どのように組み合わさり、そしてどのような理由で(メカニズムで)結果につながるのかのロジックを明確にしていく。因果複雑性の観点からは、結合性と等値性の両方を考慮して作業を行なっていく。まず、複数の要素が組み合わさって初めて結果が出るという結合性のロジックと根拠を明らかにする。因果複雑性の経営学では、全体は部分の総和以上であることを前提としているから、複数の要素が組み合わさることでシナジーが生まれる、あるいは異なる性質を獲得するといったロジックを組むことが重要である。また、特定の要素の組み合わせが結果を生み出すための条件として他の要素あるいは複数の要素の組み合わせを考えるという状況適合のロジックも有効である。次に、結果を生み出す唯一の組み合わせがあるわけではないという等値性も念頭に置いてロジックを組む。また、因果関係の非対称性、必要条件、十分条件なども考慮してロジックを精緻化していくことも大事である。例えば、ある要素が「ない」ことと、別の要素が「ある」ことが結びついて結果が生まれるというようなロジックである。これは、特定の要素があることが結果を生み、ないと結果が生まれないといった対称性を前提としない因果関係の非対称性を考慮している。

 

そして、ネーミングのステップでは、結果を生み出す特定の組み合わせパターンに適切なネーミングを行なっていく。そもそも、理論というのは、ある現象を「言語」という道具を用いて理解することであるから、ネーミングという言語活動も極めて重要なのである。スコーピングとリンキングのステージとの関連で言うと、スコーピングで因果複雑性の構成要素を特定し、リンキングでそれがどう組み合わさって、そしてなぜ、結果を生み出すのかを特定してきたわけだが、ネーミングでは、それらを巧みな言語表現によって意味付けするプロセスだと解釈することができる。ネーミングのステージで目指すのは、まず、因果複雑性をできるだけシンプルに理解できるようにすることである。複雑な因果関係を複雑なまま丸ごと理解できるほど人間の頭脳は賢くないので、本質を捉えた形である程度シンプルにすることで理解しやすくすると言うことである。次に、複雑なものを全体的な視点で捉えやすくすることである。複雑というのはバラバラということではなく、それらがまとまって全体を構成しているというイメージが伝わることが望ましい。

 

先述の通り、因果複雑性の経営理論を構築するためのスコーピング、リンキング、ネーミングのプロセスは直線的に移行するのではなく、ステージ間を行ったり来たりするプロセスを伴う。直線的でなく行ったり来たりするのは、とりわけ質的研究全般のプロセスにも言えることである。また、このような理論構築プロセスは、現象の具体性を大事にしながら理解する方法と、その背後にある骨組みに焦点を当てて理解する方法を行ったり来たりすることにも通底している。現象の文脈や具体性に着目すれば現象の生々しい理解には繋がるが本質を見失う可能性がある。逆に、現象の背後にある骨組みだけに着目すると本質には迫れるが、リアリティに欠けた理解になってしまう。だから、現象を除くレンズのピントを合わせるかのように、具体性と骨組みを行ったり来たりしながら、言語的に物事を理解する上でも「ちょうど良い」ところを探りあてるようなプロセスでもあるのである。

文献

Fiss, P. C. (2007). A set-theoretic approach to organizational configurations. Academy of Management Review, 32(4), 1180-1198.

Furnari, S., Crilly, D., Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Fiss, P. C., & Aguilera, R. V. (2021). Capturing causal complexity: Heuristics for configurational theorizing. Academy of Management Review, 46(4), 778-799.

Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Furnari, S., Fiss, P. C., Crilly, D., & Aguilera, R. (2017). Embracing causal complexity: The emergence of a neo-configurational perspective. Journal of Management, 43(1), 255-282.