経営学に限らず、学問の世界では、優れた理論の構築が目的とされる。優れた理論は、人々の世界観や思考・実践のあり方を変え、世界を変える力を持っている。では、優れた理論の条件とは何だろうか。Gligor, Esmark, & Gölgeci (2016)は、先行文献をまとめつつ以下のように説明する。
まず、Gligorらは、優れた理論の条件として「明晰で論理的に統合されている」「実践に対して新たな洞察、効用、関連性、先見性を提供する」「現象を記述・説明・予測し、究極的には統制することを可能にする」。とりわけ3番目の視点が示しているように「現象の記述・説明・予測」の織り込みが理論の構成要素だといえる。現象の記述するだけでは理論といえないが、理論構築には現象の記述が必要不可欠で最初のステップである。そして現象を予測し統制することも実践上は非常に重要であるが、ただ現象を予測するだけで、なぜそうなるのかの説明がなければ理論とはいえない。つまり、優れた理論の本質は、現象の記述と予測を超えた「説明」という点にあることをGligorらは指摘するのである。
上記の後半部分をさらに詳しく説明しよう。Gligorらは、完成された理論には「what」「how」「why」「who, where, when」の4要素が必要だというWhetten(1989)の論説を紹介している。「what」は、特定の現象を説明するために、どのような概念や変数を用いるのかということである。「how」は、「what」で特定された概念や変数がそのような形で関連しているかということである。そして一番大切な「why」は、「what」「how」で指定した概念間・変数間の関連性を心理的、経済的、社会的などのメカニズムを用いて説明することである。つまり、なぜそうなるのかの説明である。そして最後の「who, where, when」は、「what」「how」「why」で構築した理論の適用範囲を規定する。特定の理論がありとあらゆる場面で、いつにおいても成り立つと主張するのではなく、「いつ、どこで、誰にとって」その理論が成り立つのか、理論成立の境界範囲を明確にするということである。
このように優れた理論とは何かについて理解すれば、おのずと経営学研究者と実務家が行うべき仕事の違いが明らかになる。おそらく実務家にとって一番大切なのは、「what」「how」「who, where, when」の3要素であり、経営学研究者の使命は、「why」をしっかりと追究することである。つまり、実務家が知りたいのは、どのような条件で、何を、どのように行えば、良い結果が生み出せるのかである。とりわけ、何を(what)、どのように(how)が重要である。例えば、マイケル・ポーターの戦略論を勉強し、「業界分析が行われ(what)、分析に基づいた自社のポジションが定められ適切な戦略の策定と実行がなされれば成功する(how)」というような発想で実践を行う。これをブレイクダウンすれば、「どのようにすれば構築された戦略(what)がうまく実行できるか(how)」という発想につながる。「who, where, when」を考慮しつつ、「what」と「how」の思考の組み合わせで実践のつながりが形成される。
経営学研究者は、このような実務家の発想に与する仕事をしてはならない。何故ならば、経営学研究者の使命は、上記のような実務家の発想と実践の後ろに隠れた「暗黙の前提」を疑い、それに替わる「視点」「パラダイム」を生み出すことであるからである。ここでいうところの「暗黙の前提」こそが「why」なのである。なぜ、業界分析・ポジショニングが競争優位につながるのか(why)という発想で研究を行う必要があるわけである。ポーターの理論の場合は、whyの説明に経済学の産業組織論の考え方が適用される。経営学研究者は、「どうすれば企業が競争優位性を獲得できるか(how)」ではなく、「なぜ特定の企業が競争優位性を獲得できるのか(why)」の思考を推進しなければばならない。このような思考を突き詰め、ポーターの産業組織論的なwhyの説明とは異なる新たな視点として提示された理論がバーニーの「資源ベース理論」であることは周知のとおりである。バーニーの理論は、他社よりも優れた資源を有しているから競争優位性が築ける(同義語反復に過ぎないという批判もある)という説明の仕方をする。
実務家の間でバーニーの資源ベース理論が知られていない時代には、マイケル・ポーターの理論的説明が実務家の暗黙の前提となって「what」と「how」が実践されてきた。しかし、バーニーの資源ベース理論を前提とするならば、実務家の「what」と「how」がまったく異なる組み合わせになる可能性があることが分かる。戦略論にポーター理論のみしかない場合、「どこでどんな活動を(what)、どのように行うか(how)」を中心とする発想と実践が企業の成功につながる。しかし、バーニーの理論が正しいとするならば、「どんな資源を(what)、どのように獲得、蓄積させるのか(how)」を中心とする発想と実践が企業の成功につながる。つまり、資源ベース理論の登場により、ポーターの理論にしたがった戦略をとらなくても企業が競争優位性を築ける可能性があることに実務家が気づき始めたということである。実務家が何に着目し(what)、それを用いてどのように経営を行うのか(how)を変える力を資源ベース理論が有していたということである。だからこそ、資源ベース理論は「実践の役に立つ」理論だといえるのである。
文献
Gligor, D. M., Esmark, C. L., & Gölgeci, I. (2016). Building international business theory: A grounded theory approach. Journal of International Business Studies, 47(1), 93-111.
Whetten, D. A. (1989). What constitutes a theoretical contribution?. Academy of management review, 14(4), 490-495.