グラウンデッド・セオリー・アプローチを支える3つのパースペクティブ

グラウンデッド・セオリー・アプローチとは、質的研究の1つで、リアルな世界に立脚した形で理論を構築したり理論を精緻化するための方法論である。リアルな世界の現象をとらえた具体的な質的・量的データから出発し、データを分析することで、新たなアイデアや抽象概念が生まれたり、新たな理論や仮説が出現したり、新たな発見や洞察が得られたりすることを狙いとする。グラウンデッド・セオリー・アプローチでは、現実のデータを柔軟に扱いつつ、研究者が創造性・想像性を働かせ、内省し、抽象的に思考することで、リアルな世界に立脚した新たな理論が生まれてくる点を特徴とする。


Gligor, Esmark, & Gölgeci (2016)によれば、グラウンデッド・セオリー・アプローチ自体が、今でも継続的に発展段階にあり、この方法論の意義や正当性を支える哲学的視点については少なくとも3つのやや異なったパースペクティブがあることを指摘する。それは、グラウンデッド・セオリー・アプローチの創始者であり立役者である人々とのつながりもあり、1つ目は、Glaser的なパースペクティブ、2つ目がStrauss & Corbin的なパースペクティブ、そして3つ目が構築主義パースペクティブである。


Glaser的なパースペクティブとは、グラウンデッド・セオリー・アプローチを、具体的なデータを抽象的概念化し、柔軟な概念間比較を繰り返すことで、新たな理論を発見する方法として捉える。Glaser的なパースペクティブでは、調査によって得られる経験データから特定のパターンが自然と沸き上がってきて、調査対象となる人々の視点からみた現象記述が自然と浮かび上がってくると考える。このように、データから自然に発見が浮かび上がってくることを重視するため、調査や分析自体のプロセスを厳密に規定しない。データにすべてを語らせるために柔軟に調査・分析に臨む態度を重視するといってもよい。


一方、Strauss & Corbin的なパースペクティブでは、Glaser的なパースペクティブと基本理念は共有しながらも、研究結果の正確性や一般化可能性を高めるため、データ分析のプロセスをよりシステマチックにしようとする。別の言い方をすれば、Glaser的なパースペクティブでは柔軟性を重視し、プロセスにあまり気を使わないがゆえに、得られる結果の正確性、信頼性、妥当性に疑問が残る可能性がある。したがって、Strauss & Corbin的なパースペクティブでは、数量的研究における信頼性・妥当性、再現可能性、一般化可能性、統計的有意性といった発想を援用し、データ収集・分析プロセスは、最初の設定したリサーチ・クエスチョンによって方向性が規定されると考える。リサーチ・クエスチョンを設定したうえで、できるだけ客観的にそのリサーチクエスチョンに答えるためのデータ収集とデータ分析が行われる。このようにStrauss & Corbin的なパースペクティブでは、帰納法を実践する厳密な現代科学的方法論としてのグラウンデッド・セオリー・アプローチの確立を目指すわけである。


構築主義パースペクティブは、もっともポストモダン的な考え方である。このパースペクティブでは、Glaser的なパースペクティブと同様に、調査分析プロセスを現代科学風に厳密かつシステマチックに行うことを重視しない。そうすることで新たな理論が生み出させるような柔軟性を失うからである。ただし、新たな理論というのは、経験データから直接的に導かれるのではなく、必ず研究者の解釈・翻訳作業が介されることで生まれると考える。解釈や翻訳というのは、それを行う者の主観やバイアスから逃れられるものではないから、客観性を重視する現代科学の考え方とは趣が異なる。むしろ、構築主義アプローチが重視するのは、単に現象を記述することではなく、調査対象となっている人々が、どのようにして現象を意味づけているのか、すなわち本人たちによって経験された現象から意味が生み出されるプロセスを理解することなのである。そういった意味形成は、言語・文化・シンボルを用いて行われるわけであるから、これらの諸概念とも密接にかかわってくるのである。

文献

Gligor, D. M., Esmark, C. L., & Gölgeci, I. (2016). Building international business theory: A grounded theory approach. Journal of International Business Studies, 47(1), 93-111.
Glaser, B. G. (2002). Constructivist grounded theory?. In Forum qualitative sozialforschung/forum: Qualitative social research (Vol. 3, No. 3).
Corbin, J. M., & Strauss, A. (1990). Grounded theory research: Procedures, canons, and evaluative criteria. Qualitative sociology, 13(1), 3-21.