質的比較分析(QCA)の直感的理解

近年、経営学の分野で、質的比較分析(QCA)を用いた研究が徐々に増えている。しかし、それらの研究で行われている分析がそもそも何をやっているのか、そしてなぜ「質的比較分析」というのか、直感的には分かりにくい。質的研究と言っても、集合論ブール代数などかなり数学的であるし、そもそも数字を使って分析する。であるから、数量的研究といった方が良いのではないかと思うかもしれない。質的比較研究は、質的研究と数量的研究の中間のようなものだという人もいる。今回は、質的比較研究の意味を直感的にわかるよう、Oana, Schneider, & Thomann (2021)の記述を参考に説明を試みる。

 

まず、数量的研究は数字や数学を使う研究であり、質的研究は数字や数学を使わない研究であるという素朴な理解は間違っているということを理解しておこう。質的比較研究のように、質的研究でも数字や数学を使うことを踏まえ、質的比較研究が、数量的研究とは言えないという点、数量的研究とどう違うかという点について説明しよう。ポイントは、度合いとか量を測っているという意味で数字や数学を用いているか(数量的研究)、それとも、様相が異なることすなわち質的に違うことを表現するために数字を用いているか(質的比較研究)である。

 

数量的研究の特徴をごく直感的に説明すると、ある要因Xが、結果であるYにどの程度(どのくらいの強さで)影響に与えるかを、それぞれの変数の量を測って調べようというものである。重回帰分析を想像してみるとよい。重回帰分析のある独立変数Xの偏回帰係数は、他の独立変数の値が一定のときに、当該独立変数Xを1単位増加された場合、Yが何単位増加するかを示す値である。よって、どちらかというと独立変数であるXに焦点を当て、それに従属するYという変数との関係において、Xが増減する度合いと、Yが増減する度合いを比べているのである。

 

一方、質的比較分析にはそのような量を測って比べるという特徴がない。質的比較分析で扱う数字は、量的な度合いではなく、質的に異なるかどうかをコード化しているものと理解すればよいだろう。例えば、0と1で表現したときに、それは両者を識別するために導入した記号であって、1のほうが0よりも大きいという意味はないわけである。数字は量ではなく記号として認識されるので、数学的演算は主に集合論をベースとする論理演算になる。数学で勉強するベン図を想像してもらえればよいだろう。どちらかの集合が別の集合を包含しているとか、部分的に重なっているとかの特徴に基づいて、かつ(and)、もしくは(or)、否定 (not) の関係を用いて、ド・モルガンの法則などを用いて複数の要素からなる様々な組み合わせを表現するわけである。

 

ではなぜ、質的比較分析で集合論や論理演算を用いるのだろうか。それは、質的比較分析の目的が、数量的研究の目的とは異なり、Yという結果をもたらす要因は何か(どんな組み合わせか)を理解しようとすることからくる。そこに度合いとか量的な問いはなく、「何が原因か」という問いのみがある。数量的研究が、Xという要因に焦点をあてるのに対し、質的比較分析では、結果の有無(Y)に焦点を当てる。ここでも、量的な結果の度合いではなく、質的な結果の有無であることに注意しよう。そして、結果の有無の原因となりうる要素を複数想定して、それが複雑に絡み合って結果が起こるということを数学的(集合論的、論理学的)に解明しようとするのである。

 

論理演算としてのかつ(and)は、ある要因とある要因が結びつくと結果が生じるといった「因果結合性」に深く関連する。もしくは(or)は、ある要因でも結果が生じるし、別の要因でも結果が生じるという「等結果性」と深く関連する。そして否定(not)は、結果が生じるための条件と、結果が生じないための条件、たとえばある要素の有無、別の要素の有無の組み合わせのパターンが異なっているという「因果非対称性」と深く関連している。そして、結果の集合が要因の集合を包含しているときは、その要因があると常に結果が生じることを意味するため、十分条件に対応し、要因の集合が結果の集合を包含しているときは、結果が生じているときにはかならずその要因が存在している(その要因が存在していないと結果が生じない)ため、必要条件に対応している。このように質的比較分析では、複数の要素が複雑に絡み合って結果を生み出しているというメカニズムを解明しようとするのである。

 

では、質的比較分析の「比較」とは、何を比較しているのか。これは、質的に区切った要素による集合同士を比べているということである。例えば、結果が生じたケースと、結果が生じなかったケースは、別々の集合なので、この2つの集合を比べて何が違うのかを把握する。同様に、ある要素が生じているケースと、ある要素が生じていないケースは、別々の集合なので、これらを比べる。あるいは、1つ1つのケースでいうと、それらのケースは異なる要素が含まれる集合だと考えられる。それらの集合を比較する、といったイメージでどうだろうか。量ではなく、質的な違いを見ているということは、違いは比較することで初めてわかることだから、質的比較分析というのであろう。

文献

Ioana-Elena Oana,Carsten Q. Schneider, & Eva Thomann 2021. Qualitative Comparative Analysis Using R (Methods for Social Inquiry) Cambridge University Press