学術論文とは何か、どう書けばよいのか

小熊(2022)は、できるだけどの分野にも汎用性のある「論文の書き方」を解説しており、そもそも論文とは何かという点から丁寧に説明を始めている。小熊によれば、論文とは「相手を説得する技法」から発達したものである。その際、説得力を高めるために、「どう述べるか」だけでなく「どういう形式で述べるか」が重要だというのである。とりわけ、論文は論理的に相手を説得するためのものであるから、そのために、論じるべき主題を提議し(主題提議)、証拠を挙げながら論証して(論証)、自分の主張が正しいことを再確認する(主題の再確認)、という基本的な説得の方法が内在されていると理解してよい。「序論」「本論」「結論」という構成も同じ考え方で、「私はこういう主張をしたい」「その根拠はこうである」「だから私の主張は妥当である」という展開を示しているのである。

 

小熊はさらに次のように解説する。「序論」「本論」「結論」という展開をさらにブレイクダウンするならば、「序論」において、この論文の問いは何か(目的、リサーチクエスチョン)を「主題」で提示し、この論文は過去の研究とどういう関係にあるのか(よって何が新しいのか)を「先行研究の検討」で行い、自分の立てた問いを、どういう対象を調査することで明らかにするのかを「対象」で述べ、その対象をどのように調査するのかを「方法論と方法」で説明する。そのあと「本論」において具体的な調査内容を書き、それを論理的に組み立てて、主題に対する答えを論証する段階まで導く。そして「結論」で、本論で調査した結果を再確認し、分析し、主題に対する答えを述べる。そして最後に「レファレンス」として、自分が依拠したり、引用したり、批判したりした過去の研究、文献などを一覧にする。

 

さらに、現代の科学的な学術論文の書き方を理解するためには、そもそも学問とは何か、科学とは何かを理解しておく必要があることを小熊は指摘する。そもそも「学」「学問」とは、人類の協同作業を通じて人類の共有財産としての知識を発展させるものであることを抑えておくべきである。科学は、このような学問の発展のための説得や対話の技法として発達した側面があると小熊はいう。なぜならば、近代科学が、論文を公表して、相互批判や追検証を行いながら発達してきたからで、公表する論文はそれを可能にするものでなければならないのである。つまり、論文を公表するということは、相手を説得することを想定して書き、読んだ相手が違う意見があるのであれば、根拠を示しながら反論する。そうやって議論をしながら科学が発展するわけである。その際、お互いに前提を共有して、論拠を確認しながら、論理的に対話していく。

 

上記より、科学的進歩には、「公開」と「追検証」が必要不可欠であることがわかる。どういうプロセスで調査したのかを論文で公開し、それに異論があれば追試、追検証して批判し、その繰り返しで定着したものをみんなで共有する。このプロセスが可能となるように論文を書かなければならない。とりわけ、誰が追試しても納得する結果が得られるのであれば、それが人類の共有財産になるわけであるから、行った調査の再現性が可能となるように論文を書かなければならない。社会科学の論文においても、同じようにフィールドで情報を集めるジャーナリストが書くような記事や本との大きな違いは、これまで他人が築いてきた体系のどこが足りないのか、自分はどこに貢献したのか、ということを書くために、すべての過程が公開され、それをもとに他の人が同じ主題や同じ対象をより深く探求してもらうための協同作業の一部だという点である。

 

とりわけ実証研究において、実際に研究を行い論文を執筆する際に混同しやすいのが、「主題」と「対象」の違いである。小熊によれば、主題は「抽象的な問い」で、対象は「具体的に調査できるもの」である。言い換えれば、実証的な論文は、「見たり聞いたりできる対象」を調査することを通して、「見たり聞いたりすることのできない主題」を探求する営みであるといえる。人文・社会科学ではこの区別があいまいになりやすいと小熊は指摘する。自然科学でいえば、モノは見えるが、法則は見えない。エネルギーや重力の法則は、目には見えない。それを「主題」として、目に見える物体の運動という「対象」の観測を通して探求していくということである。具体的に調査できる対象から、普遍的な真理を探求する。ここで、実証的に調べる対象を調査し、読者が追検証をできるような研究でなければ、科学にはなりにくいということである。

 

また、小熊によれば、「学」「学問」とは、ある前提をもとに論理的な認識を行うことであることから、前提が変わると学問が変わることを理解しておく必要がある。そして学問が変われば、主題の立て方や方法論も変わってくる。とりわけ人文・社会科学では、前提の異なるたくさんの学問体系がある。例えば、数値化や因果推論を重視する学問体系もあるが、社会規範の構築過程の記述を重視する学問体系もある。人間の営みを扱う学問でいま目立っているのは、効用の最大化(人間は自分の満足を最大化するように行動する)で人々の行動を説明する学問体系と、人間が相互関係の中で構築した「社会規範」で人々の行動を説明する学問体系だと小熊はいう。学問体系が異なると前提が異なるために対話が難しい。そのため、論文でも「先行研究の検討」を長くとることで、自分が貢献する学問体系を示す傾向があると小熊は指摘する。

 

そして、論文全体が、読者が追検証できる事実や論理の集まりであるから、著者が独自に行った調査のみならず、そのプロセスとしての前提や事実の確認についても、追検証できなくてはならない。それを可能にするのがレファレンスであるから、レファレンスは必須であると小熊はいう。先行研究のレファレンスを示せば、自分がどの学問体系に貢献しているのか示せるし、書いてあることのうち、どこが他人の調べたことや他人の意見なのかが明記されれば、自分が調べたことや自分の意見がどの部分なのかもはっきりする。そして、前者については、もとの論文や資料を読者がチェックして追検証を行うことが可能となるわけである。

文献

小熊英二 2022「基礎からわかる 論文の書き方」(講談社現代新書)