組織行動論・人的資源管理論のためのR入門

統計分析をするためのソフトはたくさんあるが、近年、もっともよく使われ、標準になりつつあるのがR言語である。R言語の良いところは、フリーソフトウェアであるため、誰もが自分のPCにインストールして利用できる点である。フリーソフトウェアであっても、諸機能、柔軟性、信頼性は抜群である。分析のみならずグラフィック機能も強力である。R言語のプレーンなソフトウェアは比較的単純なもので、これに世界中の統計学の専門家が作ったプログラムのツール集であるライブラリを組み込んで使う。このようにR言語は世界中の研究に(研究以外でも)使われており、プログラミング言語なので汎用性があってありとあらゆる分析が可能である。このような膨大なツールが存在するR言語を使い倒すのは難しい。


しかし、経営学とりわけ組織行動論・人的資源管理論のように分野を絞れば、研究で使用するデータ分析は限られているので、組織行動論・人的資源管理論の研究者は、その限られた分析方法のみに絞ってRを勉強し、Rに精通すれば、あまり思い悩むことなく調査や実験データの分析を進めて論文を執筆することができるようになるだろう。データ分析はできるだけRのプログラミングを使って自動化し、節約できた時間を論文の執筆に充てたいものである。以下においては、組織行動論・人的資源管理論に必要なRの知識について紹介する。


まず、統計学の基礎とRの基礎については、書籍やYoutubeのビデオなどで学ぶのが良いだろう。例を挙げれば、以下のユーチューブビデオは、教科書を一体となった解説なので、教科書を読み進めながら統計学とR言語の基礎の両方を学ぶことができるだろう。

山田剛史, 杉澤武俊, 村井潤一郎 2008「Rによるやさしい統計学」オーム社
R入門(9 本の動画)
www.youtube.com


では、組織行動論・人的資源管理論の研究を行うために必要なRのツールを紹介しよう。


実際にRを動かすときは、R Studioを使うべきであろう。これは、プレーンのRソフトウェアに被せて使うツールである。Rの操作をしやすくする数多くの機能があり、直感的に分かりやすいインターフェースである。プレーンでRソフトウェアを使ってタイピングのみで分析をするのもよいが、プレーンのRで練習をしてだんだんと慣れてきたら、R Studioで使う方が圧倒的に便利である。R Studioを使いつつ、R markdownという記述方法を覚えておくのがよいだろう。次に、組織行動論・人的資源管理論の研究に必要な分析を可能にするパッケージを紹介する。


まずは、psychパッケージである。これは心理測定法や因子分析などの心理学で用いる分析を行うことを可能にするパッケージで、心理学的アプローチをとることが多い組織行動論・人的資源管理論の研究では必須のパッケージである。ほぼ毎回呼びだして使うことになるだろう。測定尺度の信頼性指標であるクロンバックのαの計算、探索的因子分析、基本統計量と相関行列の作成などで使うと便利である。


次に、tidyverseというパッケージである。これは、様々なパッケージをさらに束にしたもので、データ分析をする際のデータセットを扱う際に便利である。


組織行動論・人的資源管理論の研究で頻出なのが、調整効果の仮説を検証するための重回帰分析の交互作用である。プレーンのRでできなくもないが、pequodパッケージを使うと一連の作業が簡単にできる。例えば、投入する変数を中心化し、変数を順番に投入する階層回帰分析をやり、モデルの当てはまり度合いの改善度を検定する。また、交互作用が有意であるときに、単純傾斜分析を行い、グラフ表示する。pequodを使えば、こういった作業が簡単な命令でできる。


調整効果と交互作用と同じくらい頻出なのが、媒介効果や調整媒介効果である。そして近年では、これらの効果を、ノンパラメトリックのブートストラップ法やモンテカルロ法で行うケースが多い。mediationパッケージは、これらの分析を行うのに適したパッケージである。媒介分析では、直接効果、間接効果、総合効果、そしてそれぞれの検定や信頼区間の推定などを行う必要があるが、mediationならば簡単に実行できる。


複雑な構成概念間の関係を扱う構造方程式(Structural Equation Modeling: SEM)もしくは共分散構造分析を行う際に協力なツールが、lavaanである。lavaanは、マルチレベル分析などにも対応しており、媒介分析、媒介調整分析、ブートストラップ法など、さまざまな分析が可能である。lavaanが単独の統計ソフトウェアと考えてもよいくらい豊富な分析が可能である。研究論文ではほぼ必須の確認的因子分析(Confirmatory factor analysis: CFA)を始め、パス解析、共分散構造分析、縦断的データを使ったLatent growth curve modelなども実行できる。共分散構造分析に強い統計ソフトウェアとして、有料のMplusというのがあるが、lavaanは現時点ではまだMplusよりは劣るように思うが、そのうち追い抜かしてしまい、Mplusを無力化してしまうかもしれない。


マルチレベル分析も近年では頻出のモデルであり分析である。組織行動論・人的資源管理論で扱う内容が基本的にマルチレベルであることからも当然である。こちらの分析は、上記のlavaanを使ってマルチレベルSEMやマルチレベルパス解析などで分析することも可能だが、マルチレベル分析を含む線形混合モデルに特化しているのが、lmerlmerTestというパッケージである。後者は、前者のアプトプットに主要な統計数値の有意性を表示する機能がある。マルチレベル分析といってもいろいろな種類があるが、例えば、同じ変数を繰り返し測定する経験サンプル法による日次データや縦断的データの分析にもマルチレベル分析が活用可能である。


PROCESSパッケージは、2020年にリリース予定のパッケージで、もともとは、SPSSマクロとして過去から良く使われている分析ツールである。とりわけ、媒介分析や調整的媒介分析でのノンパラメトリックブートストラップ法の利用には威力を発揮する。以前は、PROCESSはSPSSでしか使えないので、この時だけ泣く泣くSPSSを使っていた研究者もいたと思う。だが、PROCESSがRで使えるようになったので、個人で使うには高額なSPSSを使う理由がなくなり、永久におさらばという研究者が続出するかもしれない。


最後に、強力なグラフィック機能を使ってグラフなどを作成するggplot2は、標準でtidyverseにも組み込まれているパッケージで、grammar of graphicという名が示す通り万能である。さまざまな美しいグラフが作成可能で、そのまま論文の掲載することができる品質のアウトプットが出せる。


その他にもいろいろとあるだろうし、今後も新たなパッケージが出現してくると思うが、以上が、組織行動論・人的資源管理論の研究者がマスターしておきたい基本パッケージということになる。