捨てることで論文は強くなる

論文を作成する際に犯しがちな誤りは、色々な要素を盛り込むと論文のクオリティが向上するという思い込みである。この思いは、理解できなくはない。例えば、データを分析した結果、これも面白い、あれも面白い、というようにたくさんの発見が得られるかもしれない。その場合、できるだけたくさんの発見を論文に盛り込みたいと思うかもしれない。また、論文を執筆するときに非常にたくさんの文献を収集し、精読した結果、この内容も盛り込みたい、あれも盛り込みたい、と思うかもしれない。つまり、研究を行う過程で獲得した文献の知識や様々な発見を、余すことなく1つの論文に凝縮することが、論文のクオリティを高めると思ってしまうのである。確かに、近年のトップジャーナル掲載論文を見れば、複数の調査を行っているものや、分量の多い論文も見られるのは事実である。

 

しかし、論文で磨くべき強みというのは、シンプルかつ骨太でインパクトのあるストーリーなりメッセージであるべきなのである。いろんな要素を論文に盛り込んでしまうと、論文のクオリティが上がらないばかりか、むしろ下がってしまう。まず、論文全体が長くなる。長くなりつつも、規定のページ数に収めようとするので、大事なポイントも端折ってしまい、舌足らずになる。そして、本来強みであるべき骨太の発見やストーリーが、雑多な他の記述で濁ってしまい、論文の焦点がぼやけてしまう。つまり、論文のクオリティを高めようとしてやっていることが、往々にして論文の強みを目立たなくするノイズあるいは贅肉を増やしてしまうことになっているのである。いくら美しく見事な骨格を有していても、贅肉だらけな身体からは美しさは伝わってこない。よって、やるべきことは、贅肉をそぎ落として、骨格をさらに骨太になるように鍛える、ということだ。

 

例えば、コピーライターの仕事を想像するとよいだろう。コピーライターは、短く、インパクトのある言葉を選ぶことで最も人を動かすことができることを知っている。どんな商品やサービスも、良い面、売りとなる面は多数あり、それらをすべて訴求したい気持ちは十分わかる。けれども、コピーライターは、もっともインパクトのある言葉を生成して選択し、残りは捨てるというメリハリによって、優れたキャッチコピーを生み出すわけである。論文執筆も似た面がある。強みを隠してしまう邪魔な要素を思い切って捨ててしまい、最も強いところだけを残すことで、それをさらに深め、強化するスペースも生み出される。それを強化することで、深みを増した優れた論文が出来上がると考えられるのである。

 

これを実践するには、サンクコストの罠にはまらないようにすることが重要である。研究というのは非常に時間がかかることである。時には試行錯誤も伴うし、データ収集や分析にとても苦労するかもしれない。であるから研究の過程でこれだけ時間と手間をかけたのだから、それは論文に盛り込みたい、もったいないから捨てたくない、という気持ちが出てくるのは当然である。しかし、そういった気持ちをぐっと抑え、論文の強みを打ち消すノイズになりかねないコンテンツはさっぱりと捨ててしまおう。それらは捨て石かもしれないが、捨て石があってもそ、本来必要な石が活きると考えよう。査読者はフレンドリーレビュアーなどの外部からの声に素直に耳を傾けることも必要だ。いろんなものを盛り込みすぎた論文は、正直わかりにくいとストレートなフィードバックがあるはずである。そういった辛口コメントを真摯に受け止め、分かりやすくインパクトのある論文執筆を進めよう。