経営学研究でどのように実践へのインパクトを生み出せばよいのか

経営学は応用的学問でもあるため、研究するにあたっては当然のことながら、この研究がどのようにして経営の実践に影響を与えることができるのかを考えざるを得ない。そして、実践へのインパクトに関する、実務家からの批判も、経営学内部からの自己批判もある。つまり、経営学研究は、十分に経営学の実践の役には立っていないのではないかという批判である。これを、research-practice gapという言葉で表現することもある。これに関してSimsek, Bandal, Shaw, Heugens, & Smith (2018)は、典型的な視点を批判的に検討しつつ、経営学研究でどのように実践へのインパクトを生み出せばよいのかについては典型的な視点を含め少なくも3つの視点で考えるべきであることを主張する。


その前に、基本的な事柄について確認しておこう。そもそも、学問としての経営学は、できるだけ幅広い経営現象に適応可能な、すなわち汎用性や抽象度の高い、かつ信頼できる知を生み出すことを主眼としている。一方、実務家の場合は、今、自分の目の前にある固有の問題を解決するための策を探している。であるから、実務家の目の前にある固有の問題の処方箋のようなものを提供することを経営学が期待されているわけではない。つまり、実践へのインパクトというのはそういう意味なのではない。では、経営学に求められる実践へのインパクトととは何かと言えば、実務家が問題解決などの経営実践を行ううえでの新しい見方、考え方を提供するということなのである。例えば、マイケル・ポーター流に業界分析一辺倒で戦略策定をしようとしている実務家に対して、戦略とはプロセスであるという視点を提供したり、企業の持つ資源が持続的競争優位性の源泉であるという視点を提供することである。そうすれば、実務家が視野狭窄に陥ったり、誤った前提に基づいた実践を行ったりするのを防ぐとともに、ブレークスルーやイノベーションを起こしたりすることを可能にする。


改めて、経営学が上記のような意味での実践へのインパクトを与えられているかを考える際に、もっとも典型的な視点は、論文などの研究成果がどれだけ実践的インパクトがあるかということであり、経営学者の多くが自分の研究を推進するにあたって最初に考えることであろう。個々の論文にはたしかに「実践的含意(implications for practice)」のセクションがあったりするが、せいぜい数段落にしかすぎない。それでよいのだろうか。しかし、Simsekらは、経営学者は、個々の研究、論文の実践へのインパクトに過度に神経質になる必要はなく、むしろ、経営学として構築しようとしている集合的知識体系にもっと注目すべきであると指摘する。忘れてならないのは、経営学は信頼できる知の生産でもあるという点である。よって、個々の研究では狭い範囲でありながら厳密な方法論で精巧な知を構築することが重要となる。スマートフォンに例えれば、内部にある微小な部品の1つ1つが、1本1本の論文に相当する。微小な部品が精巧でなければ、高性能なスマートフォンが実現しないのは明らかである。経営学そのものは、膨大な数の研究者の共同作業による知識体系構築の実践である。であるから、重要なのは、その集合的成果なのである。そう考えるならば、戦略論や組織行動論、およびそのサブ分野としてのリソースベーストビューやモチベーション理論などは、これまで実務家の視点を転換するような重要な役割を果たしてきたといえるし、経営学として恥ずべきことではないだろう。


さらにSimsekらは、上記のような問いの立て方は典型的なものではあるが、暗黙的に、経営学者→実務家という方向性しか想定していない一面的なものに過ぎないことを指摘する。研究が終わってしまってから、論文が発表されてから、「さて、どうやってこの研究成果を実務社会に還元しようか」と考えるのも同じ典型例である。Simsekらは、この視点の他に少なくともあと2つの異なる視点があるという。1つは、研究を実践していくプロセスにおいて、実務家と対話をしていくことである。例えば、未知な経営現象を解明するためにすすんで実務の世界に入りこんで、実務家との対話を重ね、そこから知を生み出していくような方法である。そのようなプロセスを通して実践に対するインパクトを与えていくことは十分に可能だとSimsekらは言うのである。例えば、そのようなプロセスを通して実務の世界に近いところで生み出された知識は、実践的文脈とのつながりも強く、実務家にとっても肚落ちが大きいだろう。また、研究プロセスを通した研究者と実務家との対話そのものが、実務家に新たな視点や気づきを与えるというインパクトもあるだろう。


さらにもう1つの視点は、研究者と実務家が共同で経営学研究を行うというものである。実務家にも経営学における知の構築作業に積極的に参加してもらうというわけである。そうすれば、経営学研究としても、より実践に即した研究がしやすくなる。例えば、実験室のような非現実的な環境を使って実験を行うよりも、実務家の協力を得て本物の組織で実験を行うことも可能である。そのようにして生み出された知識は、より説得力があって実務家にも信頼されるものとなるだろう。実務家にとっても、経営学研究に参画することで、経営学の本質や役割についての理解も進み、より効果的な形で経営学の研究成果を実践に生かすことができるようになるだろう。

文献

Simsek, Z., Bansal, P., Shaw, J. D., Heugens, P., & Smith, W. K. (2018). From the Editors—Seeing Practice Impact in New Ways. Academy of Management Journal, 61, 2021-2025