日本の物価のふしぎ

吉本(2011)は、日本の物価に関する趨勢について次のように説明している。世界的にみると、1998年ごろから、石油など資源の国際価格が高騰している。ところが、同じ1998年ごろを境に、日本の物価がどんどん下落してきた。この両者のみをみると、国際的な資源価格が高騰しているときに、日本の消費者物価は下落してデフレが生じているという不思議な関係がみられる。それはなぜか。


吉本は考えられる理由のうち、本書に関連する1つを説明しているが、それは、日本の消費者物価が資源価格よりも労働コストに影響されやすいからであると指摘している。原価の安い海外製品がどんどん入ってきても、日本で売られる価格では、国内における運送コスト、販売にともなう人件費などの割合が大きい。その理由は、日本の労働コストが高いためである。つまり、日本人が消費する商品の価格の7割は、同じ日本人に支払う賃金なのだと吉本は言う。よって、労働にかかる人数や労働の質を落としにくい(よって賃金を下げにくい)産業、たとえば教育産業では、このデフレ下でも一貫して物価が上がってきたのである。


そうではない業種や職種については、資源価格が高騰したとしても、賃金をカットしたり、正社員を非正規社員に切り替えるなどの措置で、十分コスト増を吸収できてきた。つまり、資源価格が高騰すると、企業は賃金カットや労働の外部化などによる労働コスト削減によって、値上げをすることなく利益を維持できるようにしてきたのである。しかしそれがゆえに、日本国民の平均的な所得が減少し、それが消費意欲を減退させることになるので、企業としては低価格化にシフトせざるをえなくなった。つまり、資源価格の高騰は、企業の労働コスト削減という対応をうながすことによって、物価下落圧力に転化されてきたわけである。物価が下落すれば、企業は利益を確保するためにますます労働コストを削減せざるをえなくなるので、さらなる物価下落圧力となるというスパイラルが働いたのだと思われる。