賃金理論3

市場原理アプローチの限界

経済学的な賃金理論は、労働市場が効率的であるという前提に組み立てられている。しかし、実際には労働市場は効率的であるとはいえない。その面を考慮することによって、市場原理による賃金理論の限界を知ることができる。


まず、労働市場は流動的ではなく、日本のように長期雇用が一般的な場合、いったん企業に入ると、需要と供給で価格が決定する労働市場からは切り離される。組織内では、権限と規則にしたがった別の労働移動(異動や昇進)が行なわれ、賃金もそれと連動している。組織内では、いろいろなルールで賃金構造を決定し、そのルールのもとで従業員の給料が決まる。よって、単純に労働市場の相場のみで賃金水準を理解しようとするのは限界がある。また、中途採用市場が十分発達していない場合、労働移動があまり起こらないので、隣の企業の賃金水準が相対的に高いからといってすぐに転職できるわけでもなく、市場の裁定が起こらないのである。


また、労働市場における情報は不完全であり、企業内の賃金情報など、合理的に行動するために必要な情報は手に入りにくかったりする。また、労働者はすべて合理的に行動するわけではない。合理的に行動しようとしても、認知限界があったり(限定された合理性)、場合によっては非合理的に行動することがあると、市場原理によって予測されるようには賃金は決定しない。


従業員が、労働移動を制限され、合理的に行動できなければ、企業側も、供給側の合理的な行動を仮定して行動する必然性はなくなる。単純に企業利益が増えれば、賃金水準をあげ、企業利益が下がれば、賃金水準を下げるというような行動も考えられる。また、労働組合その他の圧力を考えるならば、賃金は下方硬直性を持っていると考えられる。いったん賃上げをすると、賃下げをすることが非常に難しくなるのである。