賃金理論4

賃金の魅力度

人事管理において賃金が重要なのは、それが従業員にとって非常に重要であるという前提があるためである。したがって、賃金水準が高いことは、従業員にとっては望ましいことだ、という前提のもとで賃金設計が行なわれやすい。例えば、経済学においては、従業員にとって賃金が仕事や努力の度合いを決定するのにもっとも重要な要素であるという仮定がある。賃金以外の効用においても、貨幣価値に換算すれば、賃金と並列的に扱うこともできる。すべての効用は貨幣価値に換算可能で、それを最大化しようと合理的(もしくは限定合理的)に行動するのが従業員であると仮定してモデル化するのが経済学的な賃金設計のアプローチにつながるのである。


一方、心理学においては、このような単純な仮定を設けず、もっとバラエティに富んだ理解をしようと試みる。マズローの欲求階層説やハーズバーグのニ要因理論では、人間の欲求を基本的なもの(もしくは低次な欲求)から高次な欲求に分類して理解しようとする。マズローの理論によれば、生理的欲求や安全欲求は、人間の基本的な欲求であり、多くの場合、賃金によって(それで必要なものを購買することにより)満たされる。しかし、社会・尊厳欲求や自己実現欲求は、単純に賃金では解決されない。ハーズバーグによると、賃金が衛生要因であれば、低賃金であれば従業員の不満は高まるのだが、賃金を増やすことは不満は解消されても必ずしも動機付けにはつながらない。従業員の動機付けを高めるものは動機付け要因と考えられ、仕事の面白さなどの内面的な要因であったり、承認や感謝のような尊厳・社会欲求に関連するものであったりする。


また、デシらによる認知的評価理論によると、賃金のような外発的動機付けは、仕事の面白さといった内発的動機付けを低減する可能性があることを示唆している。つまり、賃金のために仕事をしているのであって、仕事が面白いのでやっているのではない、と従業員が解釈してしまう可能性があるということである。この場合、賃金水準が高いことが望ましいという結論には必ずしもつながらないだろう。賃金さえ高ければよいというのではなく、従業員にとっては、賃金の高さよりも、仕事のやりがいや面白さのほうが大切だろうという前提に立って賃金設計(そして職務設計)を行なうアプローチも重要である。


さらに、人間一般のメカニズムとしてすべての従業員を同等に扱うのではなく、賃金の重要度(魅力)には、個人差があると考えるアプローチもある。つまり、高い賃金が魅力的にうつる人もいれば、そうではない人もいるということである。現実を考えると妥当な前提である。