自然体を保って状況を見抜く

桜井(2009)による人々が持つ「癖」の観察によれば、「大自然の中で生きる人」は、いわゆる癖が少ないというか、癖がない。静かというか、ドタドタとしたところがなく、大自然の中でふわーっと、流れるように生きている。癖が少ないと、動きはなめらかになる。大自然の中で生き抜く能力を身につけたならば、大自然の恵みを享受するために、森や海や川がささやきかけてくるその声を、五感を活用して聞き分けることができるのであろう。本来人間は、自然の摂理に則り、あるがままに生きるべきものである。


全体を俯瞰すると、何か違和感、不自然さを感じることがある。それが何らかの重要なサインであることが多い。桜井(2009)は、違和感を感じるためには、一部分を見るのではなく、全体を見つつ、過去の動きの残像と照らし合わせて違和感を炙り出すことだという。つまり、視野を広げる、対局を捉える「全体眼」を磨くということである。人間の行動であれば、身心の支点が外れると「揺れ」が生じるし、まずいな、と思ったときに不必要な動きがでてくる。視野が広く、全体を見る眼が養われていると、そういったことに気付く。また、捨てる行為を見ることで状況を察することもできる。捨てる行為は、臨機応変で、適材適所で、柔軟で・・・・と、すべてを備えていないとできない。捨てるという行為には、弱気、疑い、損得勘定など人間が持つ欲、いやらしい部分がすべて出てくる。例えば、牌を捨てる行為には美醜が表われるというのである。


リーダーの立場は、海に行ったときに岩の上から潮の流れを見て、危険な場所を仲間に知らせるようなものである。個で引っ張り、その後は全体の力に委ねる。そのさじ加減が必要となる。相反するものを使い分けるさじ加減である。また、リーダーはリーダーとしての立ち位置を考えておく必要がある。間合いを計り、加減を見ながら、臨機応変に立ち位置を変える。立ち位置とは、物理的・心理的側面での位置・間合いである。