組織・仕事への「埋め込み」の組織生産性への効果

「仕事への埋め込み」(job embeddedness)は、組織行動学で最近になって提唱された新しい概念である。もともとは、従業員を組織に留まらせようとする力は何かという問いに基づいて概念化された。


アメリカでは以前から、離職の防止すなわちリテンションが重要な経営課題になっている。それを実現するためには、なぜ従業員が辞めてしまうのかの理解が重要だと考えてきた。


その論拠に用いられたのが、マーチとサイモンによるフレームワークで、端的に言うと、人々は満足度が高ければ組織に属して組織にコミットし、、満足度が低下すればその組織コミットメントも低下して組織を離れるという原理である。したがって、リテンションを高め、離職率を低下させるためには、従業員満足および組織へのコミットメントが重要であるという結論になっていった。


しかし、実際に研究してみると、従業員の満足度が離職を予測する精度は高くないことが明らかになった。それは、従業員が現状に満足していても、離職してしまうケースがあるということを示している。例えば、今よりももっと魅力的なオファーをヘッドハンターから依頼された場合とか、仕事以外の理由で引越ししなければならなくなった場合などである。であるからして、従業員満足の向上は、経営にとってさまざまな望ましい効果をもたらすだろうが、離職率低下の根本的な解決策とはならないと考えられる。


そこで、視点を転換して、なぜ従業員が辞めるかという問いではなく、何が従業員をそこにとどめるのかという問いに変えてみた。そうすると、従業員をそこにとどまらせる力として「埋め込み」という概念が生み出されたのである。満足やコミットメントとは別の次元として、従業員を組織にとどまらせる力が存在し、その力が強い状態を指して、従業員が、仕事に「埋め込まれている」と表現するわけである。


組織や仕事への「埋め込み」とは、組織内外における仕事やプロジェクトや人間関係のネットワークに、個人が「埋め込まれている」度合いをさす。例えば、さまざまな人間関係ネットワークと個人がつながっておれば、それを切り離して組織外のどこかにいってしまうことには困難が伴う。個人がネットワークに埋め込まれていることと、そこで働く組織に愛着を持っていることとは、同時に起こりうるかもしれないが、基本的には異なる概念である。


組織に対するコミットメントは、各国で年々低下しているという資料もある。だから、愛社精神や忠誠心を強要することは、それが実現すれば望ましいのであろうが、難しい状況になってきている。しかし、必ずしも組織コミットメント、愛着が高くなくても、優秀な人材を自社にとどめ、その人材に十分に活躍してもらうことが可能であるという見解がでてきたのである。