人的資本理論

ケース

A社の人事部は、社員教育についての真剣な議論を続けていた。論点は、今以上に研修予算をとって、社員教育を充実させるべきかどうかというものである。
企業業績を高めるためには、社員の能力が向上し、適切な人件費で実力を発揮してもらう可能性がある。よって、能力を向上させるには、教育投資は欠かせない。
しかし一方で、企業が一生懸命社員に教育しても、その社員がライバル会社に引き抜かれたりしたら、その社員に投資した教育費用が水の泡と化してしまう。つまり、投資を回収するまえに、社員に辞められてしまう可能性があるということだ。それだけではない、その社員を引き抜いたライバル企業は、自分は教育投資をすることなく、すでに投資をされた能力ある社員を獲得することができてしまい、当社の教育投資の回収分を横取りされてしまう。。
だとすれば、教育投資をした能力ある社員をやめさせない工夫が必要となる。そのために、より高い給料を与えたり福利厚生を充実させたりして、社員が自社を去ろうとするインセンティブをなくそうとするならば、それは企業にとってコスト増につながる。せっかく教育投資をして企業収益をあげても、人材を引き止めるためのコスト増によってその効果が打ち消されてしまったら意味がない。しかも、人材引きとめ策の強化が、実際にはやめてほしい人材まで自社に居残る結果につながり、企業業績に悪影響を及ぼす可能性もある。

論点
  • どのような場合に従業員を教育すべきか
  • 株主および従業員双方にメリットがあるようにするには、教育投資と報酬(給与など)の関係をどうすべきか
  • 教育投資をした従業員の給与は上げるべきか
  • どのような訓練をするべきか(どこでも使えるスキルか、その企業でしか通用しないスキルか)
  • 訓練した従業員を引き止めるにはどうすればよいか
  • 訓練の対象となる従業員をどう選別するべきか
  • 合理化が必要なとき、誰を解雇すべきか
学校教育のケース
  • どうも大学になじめない2年生の学生が、中退してすぐに社会人として就職するべきか、とりあえず4年まで通学して卒業してから就職するべきか悩んでいる。
  • 学校教育の投資効果を左右する要因
    • 学費
    • 利子率
    • 年齢
    • 学校の質
学校教育はスクーリングかスクリーニングか
一般的人的資本(ポータブルスキル)と企業特殊的人的資本
  • 競争優位性の資源ベース理論
    1. 経済的価値
    2. 希少性
    3. 非代替性
    4. 模倣困難性
一般的職場訓練

一般教育訓練の場合、誰が教育を受けるかという問題は極めて単純である。訓練を希望し、喜んでその費用を負担しようと思う人は誰でも、訓練を受けることが可能であり、またそうするであろう。企業にとっては、実際の生産性以上の賃金を支払わないかぎり、生産的な労働者であろうが非生産的な労働者であろうがかまわない(利益の影響を受けない)。

  • 職場訓練が一般的な場合、労働者は低賃金というかたちで費用を負担しなければならないが、希望するものには誰でも機会が与えられるべきである。
  • はじめのうちは低賃金というかたちでコストを支払っても訓練してくれそうな仕事を選ぼうとうする可能性の高い労働者は、若年労働者と労働市場に長期間とどまろうとする人である。
  • つまり、どこでも役立つ一般的な技能は、労働者が自分自身で投資し、その投資を自分自身で回収する。訓練後はたらく期間が長ければ投資回収期間が長く、リターンが高いことを示唆するし、金利が高ければ、現在価値が低くなるので投資の魅力度が低まることとなる。
企業特殊的職場訓練
  • 企業が全額教育訓練を負担し、その投資分を回収しようとすれば、労働者は辞められたときに回収困難に陥る。労働者は投資を負担していないので、辞めても得もしないが損もしない。
  • 労働者が投資負担をするならば、企業側に、労働者を搾取するインセンティブが生じる(投資回収分の給料を支払わないとか、採用時に低賃金に甘んじさせて、実は熟練を採用し、投資を節約するなど)。
  • 企業と労働者が、費用と利益を共有することが解決策となる。

企業特殊的人的資本を持っている労働者は

  • 辞めにくい、長期間勤続する(当社のみでしか得られない投資リターンを得るため)
  • 会社に執着心を持つ、コミットする(自分が得ることのできるリターンを確保するため)
  • 企業から見て、訓練による生産性の向上の可能性が大きく、かつ転職の可能性の低い人物を選別して、企業特殊的職場訓練を受けさせるべきである。誰でも希望すれば受けさせるべき一般訓練と異なるところである。