因果複雑性の経営学(7)戦略論分野の研究紹介(ビジネスモデル研究ー前編)

企業が経済的価値を生み出し収益を得るために必要不可欠なのでビジネスモデルである。ビジネスモデル論は21世紀になって経営学で研究が盛んになった分野であるが、ビジネスモデルほど因果複雑性の経営学にふさわしいトピックはないといっても過言でない。なぜならばビジネスモデルは複数の要素が組み合わさることで価値を生み出し収益を得るためのシステムであるから、どのような組み合わせが企業業績につながるのか、さらには、ビジネスモデルと戦略、業界、技術環境などの他の要因がどのように組み合わさると企業業績を高めるのかといった問いが欠かせないからである。しかし、本シリーズで論じてきたように、線形代数的で方程式的な思考に支配されていた経営学ではビジネスモデル論の理論と実証研究を十分に扱うことができなかった。それが、因果複雑性経営学の登場でいよいよ本格的な分野として研究を発展させる素地ができてきた。Leppänen, George, & Alexy (2023)がその扉を開けた先駆的研究である。

 

Leppänenらによれば、ビジネスモデルとは事業機会を実際のビジネスとして成立させるための設計図のようなもので、企業を取り巻くステークホルダーへの価値を生み出し(価値創造)、そこから自社の収益を得る(価値獲得)ために、ビジネスの内容、構造、取引の支配に関連する複数の要素が相互に結び付いたシステムとして定義できる。つまり、ビジネスモデルは、価値創造と価値獲得を目的とするシステムである。価値創造は、顧客などのステークホルダーと共有する価値を増大させることを意味し、価値獲得は、その価値全体から自社の収益としてできるだけ多く獲得する。これまでのビジネスモデル研究の多くは、価値創造に重点が置かれ、そのもっとも中心的な機能として、ビジネスモデルの「新規性」という特徴に脚光が当たってきた。新しいビジネスモデルだからこそ、既存のビジネスモデルと比べて価値を大きくすることができるというわけである。しかし、それに比して価値獲得については十分に注意が向けられているとはいえなかった。

 

上記のように、ビジネスモデル研究では、価値創造を担うもっとも重要な性質としてビジネスモデルの新規性に焦点が当てられがちであったが、先述のように、ビジネスモデルは複数の構成要素からなるシステムであり、企業業績につながるビジネスモデルの性質は他にはある。先行文献を整理すると、ビジネスモデルの性質は、おおまかに「新規性」「効率性」「ロックイン」「補完性」に分類される。効率性は、ビジネスモデルが事業を効率化し、コストを下げる度合いを示している。ロックインは、ビジネスモデルが顧客のスイッチングコストを高め、他社の事業に顧客を奪われないないようにする度合いである。補完性は、コアとなる製品やサービスに価値を付加する度合いである。新規性が価値創造と結びつきやすいのに対して、効率性、ロックイン、補完性は、生み出された価値全体から自社の取り分の獲得を増大させるという意味での価値獲得への関連性が強いと考えられる。そして、一見すると当たり前であるが、従来の線形・方程式的な経営学ではうまく捉えきれなかった命題として、Leppänenらは「ビジネスモデルの新規性は、それだけでは企業業績を高めない」ことをまず主張する。

 

因果複雑性の用語を使っていえば、ビジネスモデルの新規性は、それ単独では十分条件とはなりえず、何か別の性質と組み合わさることによってのみ十分条件になりうるという主張である。一方、特定の状況下では、ビジネスモデルの新規性は企業業績を高めるための必要条件であるとは考えられる、ということになる。繰り返すが、ビジネスモデルは複数の要素が組み合わさったものだから、ビジネスモデルと企業業績の関係を理論化して実証するためには、組み合わせによって生じる因果複雑性を考慮することが必要不可欠なのである。Leppänenらは、このような前提を置きながら、因果複雑性に基づく構成論アプローチでビジネスモデルを研究することにした。本シリーズではおなじみの、複数の要素が組み合わさることで業績を高めるという「結合性」、企業業績を高める経路としては複数の組み合わせパターンがあるという「等値性」、そして十分条件や必要条件を考慮する因果の「非対称性」を仮定した理論構築と実証分析ということになる。

 

Leppänenらがビジネスモデルと企業業績の関係性の理論構築と実証分析で用いた要素は、先に挙げたビジネスモデルの4つの構成要素に加え、企業の事業戦略や業界の競争環境、そして企業規模(大企業 vs 小企業)と技術環境である。先行研究等に基づき、Leppänenらは複数の仮説を提示した。まず、先述のとおり、ビジネスモデルの新規性は、その他の性質(効率性、ロックイン、補完性)が伴っていない場合は企業業績を高めないことを予測し、次に、とりわけビジネスモデルの新規性と効率性は、しばしば代替的な性質だと指摘されることがあるが、Leppänenらはこれらは企業業績を高めるうえでは補完的な関係にあることを予測した。つまり、新しいビジネスモデルは通常はコストが余計にかかるものであるが、効率化を主眼とするビジネスモデルはコストを節約しようとすることだから、新規性か効率性のどちらかを選択するべきで、両者を組み合わせるのは理にかなっていないという言説が見られるわけだが、Leppänenらはそうは考えず、新規性と効率性が組み合わさったビジネスモデルこそが企業業績を高めるうえで重要だと予測したのである。

 

そして、事業戦略と競争環境との絡みについては、Leppänenらはマイケル・ポーターの業界分析フレームワークや戦略類型を援用しつつ、高い競争環境にある企業の場合、戦略とビジネスモデルとの適合性の視点から、ビジネスモデルの新規性と差別化、もしくは新規性とコスト優位性のどちらかの組み合わせをとることが必要だと予測した。つまり、ビジネスモデルの新規性によって事業戦略レベルでは差別化を志向することか、ビジネスモデルの新規性で事業戦略レベルではコスト優位性を志向するかのどちらかが必要だということである。企業規模と技術環境との絡みについては、21世紀初頭のインターネットビジネス黎明期のように、新しい技術が隆盛している環境では、小企業は比較的シンプルな要素の組み合わせをもつビジネスモデルが企業業績を高め、逆に大企業は要素を複雑に組み合わせたビジネスモデルが企業業績を高めると予測した。これは、小企業は新しい技術に焦点を当てて新技術に敏感な新しい顧客の獲得に邁進すればよいのに対し、大企業は既存のリソースや顧客基盤を活用し、既存のビジネスも守りながら新しい技術を用いて戦う必要があるので、ビジネスモデルを複雑化させる必要があるということである。

 

一方、技術が成熟している環境では、大企業は比較的シンプルな要素の組み合わせをもつビジネスモデルが企業業績を高め、逆に小企業は要素を複雑に組み合わせたビジネスモデルが企業業績を高めると予測した。先ほどと裏返しの予測であるが、技術が成熟している環境では、小企業はブランド力も信頼性もリソースも限られているので、新技術を使わない状況で既存の大企業などと戦い、大企業から顧客を奪っていくためには、新規性のみならず、効率性、ロックイン、代替性などをいろいろと組み合わながら工夫してビジネスモデルを作っていかねばならないのの対して、大企業は、小企業が有していないブランド力、信頼性、リソースを多くもっているので、それらを活用して既存の技術をベースに、既存のビジネスモデルを改善する方向で展開していけばよいからである。最後に、新しい技術が隆盛している環境では、非常に高い業績を出すためにはビジネスモデルの新規性が必要条件となるが、技術が成熟している環境では、ビジネスモデルの新規性は必要条件ではないことを予測した。すなわち、新技術の場合は、新しい技術を活用して価値を創造することがもっとも重要なのに対して、技術が新しくない場合には、ビジネスモデルの新しさによる価値創造よりも、効率性、ロックイン、補完性を可能にするビジネスモデルを構築して価値獲得の増大を図るほうが業績を高めると考えられるからである。

 

Leppänenらは、上記の理論展開や仮説に基づき、21世紀突入前後と、15年後のインターネット業界のインターネット企業(それぞれ201企業、173企業)を用いてfsQCAを用いて分析を行った。その結果とそこから導き出された結論については次回で説明する。

 

文献

Leppänen, P., George, G., & Alexy, O. (2023). When do novel business models lead to high performance? A configurational approach to value drivers, competitive strategy, and firm environment. Academy of management journal, 66(1), 164-194.

 

因果複雑性の経営学(6)組織行動分野の研究紹介(JD-Rモデル)

以下、本シリーズでは因果複雑性の経営学の原理に従った研究を紹介していく。今回は、組織行動論の中でも、近年とくに注目を浴びているジョブ・デマンドーリソースモデル(Job demands-resources [JD-R] model)を因果複雑性を前提とする構成論アプローチによって検証したOng & Johonson (2023)の研究を紹介する。JD-R理論がなぜ高い注目を浴びているかというと、この理論は、従業員のストレス、疲労感、エンゲージメントといった重要なアウトカム変数を比較的簡潔なモデルで説明することができるからである。JD-Rモデルをごく簡単に説明すると、仕事の特性として、ジョブデマンドとジョブリソースがあり、デマンドが増加するとストレッサーとなって疲労感やバーンアウトにつながり、リソースが増加すると疲労感やバーンアウトを減少させるとともにエンゲージメントを高めるというものである。さらに。ジョブデマンドとジョブリソース(以下、デマンドとリソース)が交互作用を起こし、リソースが多いと、デマンドが疲労感に与える影響を弱める(吸収する)と予測する。

 

従来のJD-Rモデルは簡潔で分かりやすいが、それゆえに考え方の基本は線形で方程式的な発想であった。しかしこれには問題がある。まず、デマンドには、業務負荷、感情デマンドのように複数の種類があり、リソースにも、自律性、社会的サポート、フィードバックなど複数がある。そして実証研究では、JD-Rモデルが予測するように単純ではなく、リソースやデマンドの種類によって実証結果が一貫していない。一言でいえば、これまでのJD-Rモデルは雑であり、かなり大雑把な予測を超えて、さまざまな種類のリソースやデマンドが従業員のもたらす影響のより詳細な説明や理解には至っていないのである。これらは、デマンドとリソースが疲労感やエンゲージメントに与える因果関係は複雑であると思われるにも関わらず、従来型の線形、方程式的発想にとどまってしまっているからだと考えられる。この発想には大きな問題がある。例えば、因果複雑性の経営学で述べてきたように、複数の組み合わせが同じ結果を生み出すという「結合性」や「等値性」を理論でも実証研究でも深められない。また、線形的な発想は、疲労感を生み出す要因がなくなれば疲労感が減るといったように因果対称性を想定してしまうため、疲労感を生み出す十分条件を取り除いたからといって疲労感が必ずしもなくなるわけではないという因果非対称性も表現できない。

 

OngとJohnsonは、JD-Rモデルを因果複雑性を前提とした構成論アプローチで研究することによってJD-Rモデルを発展させようとした。従来のJD-Rモデルと因果複雑性の前提から演繹的に導いた仮説をfsQCAで検証しつつ、まだ理論化が進んでいない面についてはfsQCAの結果から帰納的に導こうとした。まず、演繹的な仮説推論については、まず、デマンドが疲労感につながる関係をリソースが弱める(吸収する)という雑駁な命題を発展させるべく、異なる種類のデマンドが疲労感に与える影響を異なる種類のリソースが吸収する可能性には複数のパターンがあり、複数の異なる組み合わせが、どれも疲労感を生み出す十分条件になりうると考えた。具体的には、業務負荷と自律性の無さの組み合わせ、もしくは業務負荷と社会的サポートの無さの組み合わせは、どちらも疲労感が生じる十分条件だと予測した。また、疲労感とエンゲージメントが裏返しの関係にあるといった単純な発想ではなく、疲労感を生じさせるに十分な条件の組み合わせは、エンゲージメントを生じさせるのに十分な組み合わせよりも多く存在すると予測した。つまり、疲労感といったネガティブな結果が生じる経路が多くて広い一方で、エンゲージメントといったポジティブな結果が生じる経路は少なくて狭いと予測したのである。

 

さらにOngとJohnsonは、JD-Rモデルでは想定されなかった問いとして、異なる種類のデマンドだけで(リソースがあろうがなかろうが)疲労感を生じる十分条件になるかといったものや、エンゲージメントが生じる、あるいは生じない十分条件にはどんなものがあるかといったものも帰納的に導くこととした。スタディ1では、オンラインサーベイを用いた200人超のサンプルを用い、スタディ2ではMBA卒業生や企業の協力によって得られた120人ほどのサンプルを用いたクロスセクショナルなサーベイを実施し、スタディ3ではサンプル数を400程度まで増やしつつサーベイを2回に分けて実施し、それらのデータをfsQCAで分析した。その結果、以下のことが明らかになった。まず、疲労感を生じさせる十分条件として、3つの組み合わせがあることが分かった。1つ目は、低い社会的サポート。つまり社会的サポーとが低ければそれだけで疲労感が高まる。2つ目は高い業務負荷と高い感情デマンド。この2つが組み合わさるとリソースの多少にかかわらず疲労感が増す。3つ目が高い業務負荷と低い自律性で、この2つの組み合わせがあれば疲労感が増す。つまり、疲労感を増すデマンドとリソースの組み合わせは複数あるということである。一方、エンゲージメントを高める十分条件は、高い自律性、高い社会的サポート、フィードバックの3つの組み合わせのみであった。つまり、エンゲージメントにつながる経路は1つのみであった。社会的サポートとフィードバックがないと、それだけでエンゲージメントが下がることも分かった。

 

OngとJohnsonの研究によって、JD-Rモデルは因果複雑性に基づく構成論アプローチによって以下のように改良されうることが示唆される。まず、デマンドとリソースの組み合わせ、あるいは複数のデマンドの組み合わせなどにより、疲労感をもたらす「等値性」の経路は複数あって広いが、エンゲージメントに関していうと、今回の研究では1つの経路しか明らかにならなかったように、「等値性」の経路は狭い。また、特定のデマンドが複数組み合わさると、それだけで疲労感を生む十分条件となり、リソースを増やしても効果がない。これらの発見は、デマンドとリソースがアウトカムを生み出す関係性が従来のJD-Rで想定されていたよりも複雑であるのに加え、仕事や環境のネガティブな影響のほうがポジティブな影響よりも強力であるという特徴が反映されていることが示唆される。また、疲労感やエンゲージメントを生み出す十分条件としての複数のデマンド・リソースの組み合わせは、疲労感がエンゲージメントが生じない十分条件とはかなり異なっているという因果非対称性を有していると考えられる。

 

もちろん、OngとJohnsonの今回の研究結果だけで、JD-Rモデルを刷新することにはリスクがある。けれども、JD-Rモデルを因果複雑性の経営学というアプローチによって進化させる道筋を開いたことは確かである。これまでのJD-Rモデルだと、直感的には分かりやすいが、メカニズムの説明と予測が大雑把かつ線形的・方程式的すぎるために、実際のマネジャーが従業員をマネジメントする際の職務設計やデマンド、リソースのコントロールには役立つ度合いに限界がある。一方、どのデマンドとどのリソースの組み合わせがどのような結果につながるのかのより詳細かつ深い理解が可能になれば、マネジャーが行う施策にももっと役立つモデルとなりうるのである。

文献

Ong, W. J., & Johnson, M. D. (2023). Toward a configural theory of job demands and resources. Academy of Management Journal, 66(1), 195-221.

 

計画的偶発性を生み出すキャリアの布石行動

Hosomi et al (2014)の研究では、学生時代に行う「探索的な行動」が、起業に関する疑似体験や起業家との出会いなどを通して、起業したい、起業しようという意図を生み出すことを理論的かつ実証的に検討している。その下敷きとなっている理論が、「計画的偶発性理論」である。

計画的に偶発性を生み出すという行動はなんとなく分かるが具体例がイメージしにくいと考える人もいるだろう。これに関しては、全く同じ行動ではないかもしれないが「布石行動」というような考え方もある。高橋俊介氏は、「自己理解を深め、“布石”を打って、よりよい偶然を引き寄せる」において以下のようなコメントをしている。

自己理解を深め、短期的な都合ではない、自分の根底にある「大切にしたいもの」を認識しましょう。また、なんとなく惹かれるもの、興味のあるものを大切にするのもよいでしょう。そうしたところから、「出世には関係ないけれど、あの人と話してみよう」「なんとなく面白そうだから、あの勉強をしてみよう」など、仕事やキャリアアップに直接関係ない人脈に投資したり、学んだりするのです。こうしたことを、私は「布石を打つ」と表現しています。

 

これらの行動は、「将来こうなりたいからこの人とつながっておこう、この勉強をしよう」と、予想して行っているわけではありません。しかし、普段からこうして布石を打っていると、その中のいくつかが意外な形で活き、チャンスが巡ってくるのです。

学生で、まだ「自分が将来どんな仕事をしたいのか分からない」人や、社会人であっても「今の仕事をこのまま続けて行って良いのか分からない、今の仕事が本当に自分のやりたいことなのか分からない」といったことを考えている人は、「布石行動」を意識するのが良いかもしれない。 

文献

Hosomi, M., et al. (2024). Planned Happenstance and Entrepreneurship Development: The Case of Japanese Undergraduate Students. Administrative Sciences, 14(2), 27.

 

参考サイト

キャリアは最大約8割が「偶然」でできている?! 「幸せなキャリア」を引き寄せるために大切なこと【インタビュー 高橋俊介氏】 | キャリアは道なり | mi-mollet(ミモレ) | 明日の私へ、小さな一歩!(2/2)

未来の起業家を育てるために重要なエフェクチュエーションと計画的偶発性

開業率が低い日本において、経済発展の持続を支える未来の起業家を育てるためには、若者の将来のキャリアのオプションの中に「起業」を含めてもらうことが決定的に重要である。

 

起業家への憧れ、起業への関心、起業の意図などは、起業を促すための「必要条件」である。必要条件であるから、学生時代などにこれらが芽生えたからといってそれが無条件に起業につながるわけではない。大半は起業をすることなくキャリアを終えるかもしれないが、その中から起業する人が一定数出てくると考えられる。一方、起業への憧れとか起業する意図がないのに起業する人は稀であろう。

 

起業というのは、意図を持ってアクションを起こすものであって、企業における人事異動のように、なんとなく、部署が変わってました、やる業務が変わってました、というキャリアの進み方とは大きく異なる。「よし、起業しよう」という決断がなければ起業することはほぼあり得ず、なんとなく仕事をしていたら知らないうちに起業家になっていましたという話ではない。

 

若者の起業への関心を高めてもらい、起業への意図(将来に起業するというキャリアのオプション含む)を促すのに重要な考え方が、サラスバシーが提唱した「エフェクチュエーション」とか、クランボルツが提唱した「計画された偶発性(計画的偶発性)」の考え方である。両者に共通しているのは、キャリアにせよ起業にせよ、目標をたててそこに至る道筋を計画し、それを実行するといった「コーゼーション」のアンチテーゼとなっていることである。

 

世の中の不確実性とか偶然性を逆手に取るというのも、エフェクチュエーションや計画的偶発性に共通する特徴でもある。コーゼーションの考え方に抵抗する理由は、世の中はそう簡単に予測可能でないし、だから計画通りに進むことはできないというものである。だが、逆に、世の中は複雑だから簡単に予測することなどできないということが真実ならば、それをうまく活用できれば成功する確率が高まる、という考え方である。

 

エフェクチュエーションの理論で言えば、「飛行機のパイロットの原則」でいうように、自分でコントロールできる行動だけに集中し、意図せざる偶然が起こった場合には、「レモネードの原則」でいうように、その偶然をうまく取り込んでいけば良い。

 

リクルート社のかつての社訓に、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」というのがある。自分にとってチャンスとなりうる偶然も、それが生じるのを受身で待っているのではなく、自ら「計画的に」作り出していくべきというのが、「計画的偶発性」の考え方である。

 

若いうち、学生時代とかに、色々な偶然が自分に降りかかってくるような「タネ」をどんどん巻く。そうすると、偶然にも、魅力的な起業家と出会うチャンスも増えてくるとわけである。あの人のようになりたい、と強く憧れを抱くようなロールモデルが身近に登場すれば、起業への関心はグッとアップするはずである。

 

上記のような考え方のエビデンスを示した研究が、Hosomi et al. (2024)による、「Planned Happenstance and Entrepreneurship Development: The Case of Japanese Undergraduate Students」という論文で紹介されている。こちらは学生を研究対象として、どのような要因が、学生の起業意図を高めるかを検証したものである。

 

https://www.mdpi.com/admsci/admsci-14-00027/article_deploy/html/images/admsci-14-00027-g001.png

 

まず前提となるのが、ガチガチの安定志向でないこと。そのような学生は、まず公務員や潰れない大企業を志向するだろう。現在、そうでない学生は増加している。そして、多少のリスクを負いつつ、学生時代に、いろんなことにトライしてみるという「探索的な行動」である。研究では、起業に関連する探索的行動としているが、そうでなくても良いだろう。

 

学生時代に、授業だけでなく、あるいは授業はほとんど出ずに、アルバイト活動やサークル活動に明け暮れてましたという人も多いだろう。だが、一歩踏み込んで、もっと質の高い探索的行動を行うのが良い。アルバイトもサークルも、出会う人、付き合う仲間が同年代とか自分と類似している人々に偏ってしまう可能性が高い。そうではなく、老若男女いろんな人と出会えるチャンスが増えるような活動をするのが望ましい。

 

そうすることで、起業家や起業現場と出会うチャンスが増えてくる。Hosomiらは、そのような機会が増えれば、起業に関心を持ち、起業に憧れ、起業したい、起業しよう、という学生が増えるという仮説を立て、それを調査分析によって実証したのである。

 

さらに望ましいのが、学生時代に多くのリーダーシップ経験をしていること。この効果もHosomiらの研究結果で支持されている。リーダーシップ経験が多ければ、どのように人々を巻き込んで起業していけば良いのかのイメージが湧きやすいので、起業への関心がグッと高まると考えられるからである。

文献

doi.org

 

 

 

 

経営戦略を考える際には、まず船を置く位置を見定める

土井(2023)は、経営者や事業リーダーが戦略を考える際に行うべきことは、外部環境という川の流れを読み、どこに自分たちの船を置けばスーッと前に進んでいくのか、その適切な場所を見定めることだという。川の流れが速すぎるところに船を置くと、船に負担がかかって壊れてしまう可能性があるし、逆に澱みがあるところに船を置いてしまうと、いくら全員で力を合わせても、船が前に進まないという事態になるというわけである。

 

そして、土井によれば、船を置く適切な場所を見定めるのに有効なのが、時代の流れを読む「時代分析」という手法である。この手法では、まず、過去、最近を振り返り、時代がどのように流れてきたのか、自社は何に流され今の場所にたどり着いたか、自社の強み・弱みは何かなどを把握する。次にこれから5年くらいを視野に入れた時、世の中はどう変わるか、もしそう変わるとすれば顧客にはどのような変化が生じるか、顧客がそのように変化するとすれば、競合他社はどのような手を打ってくるか、あるいはどのような新規参入企業が考えられるかを予測する。

 

そのような考察に基づいて複数の可能性を視野に入れて未来を洞察し、その上でパーパスやビジョンを踏まえて、会社全体としてどのような事業ポートフォリオを組むのかを決定するのだと土井は説く。

参考文献

土井哲 2023「成果を出す企業に変わる 組織能力開発」幻冬舎

 

因果複雑性の経営学(5):方程式思考と集合論思考

因果複雑性を考慮した経営学の中間的なおさらいとして、従来の経営学の思考を支配してきた方程式思考と、複雑性の経済学の根幹をなす集合論思考を改めて比較してみよう。まず、方程式思考であるが、こちらは以下のような式で表される思考様式である。

  • Y = a + b1x1 + b2x2 + b3x3 ... bnxn

これはいわゆる重回帰分析で使う数式であるが、この式において、Yは、経営学で扱う変数の中でもとりわけ重要な結果変数で、例えば企業レベルであれば企業業績といったものである。そして、aが切片、x1, x2 ...がYに影響を与える要因、b1, b2 ... がそれぞれの要素がYに与える影響の度合い(重みづけ)である。この方程式思考は直感的には分かりやすいが、いくつかの前提が含まれている。まず、Yに影響を与える要素の集まりを含む右辺は、線型結合であり、基本的には「足し算」である。つまり、それぞれの要素がYに与える影響は加法的である。いくつかの要素が「足し合わさって」Yを高めるという考えである。

 

その際に考慮するのが要素の係数であるbで、これは、他の要素(条件)が一定の時に(変わらない場合に)、特定のxを1単位増加されたときにYがどれだけ増加するか、を意味する。よって、分析としては、ひとつひとつの要素についての分析が主となる。つまり、方程式思考の発想では、ある特定の要素が、どれくらいYに影響を与えるか、すなわち特定の要素のYに対する重要性が焦点となる。各要素の重要性がbすなわち回帰係数という形で判明すれば、それを考慮して(重み付けして)足し合わせればYがどれくらい増加するか分かるということである。つまり、全体の総和は部分的な要素の和だという前提も含まれている。また、Yは増加したり減少したりする1次元の変数で、個々の要素xも、増加したり減少したりする1次元の変数だから、基本的にこの方程式は、対称性を持っている。Xが増加すればYも増加する、Xが減少すればYも減少する、という具合である。

 

このような方程式発想で行う諸研究で明らかになった知識を経営の実践に役立てようというのが従来の経営学の発想であったのである。例えば、Yを企業業績とするならば、方程式思考での経営学上の問いは、企業がある施策Xを実施するならば、それは企業業績にどれくらい影響を与えるだろうか、というものである。これは、結果に影響を与える要因を要素分解して各要素を吟味するという還元主義である。当然、企業業績には別の要因も絡んでくるということで、それらを方程式に投入することで、Xの効果をコントロールする。すなわち、先述のように、企業業績に影響を与える他の要因が変わらないとした時に、Xを増加させたら(減少させたら)企業業績はどうなるか、という問いを追求するのである。

 

上記のような方程式発想による経営学では、企業業績のようなYに影響を与えうる経営施策のような特定の要素に焦点を絞って、その効果を解明しようとするアプローチなので、その要素のことを理解する上では優れたアプローチであるといえる。しかし、因果複雑性の経営学で主張しているように、結果というのはさまざまな要因が複雑に組み合わさって生じるのだという発想は取り入れていないため、その面で方程式思考は経営の本質を捉えきれていないもいえる。因果複雑性の経営学では、個別要素Xに焦点を当てるのではなく、企業業績のような結果変数Yに焦点を当て、さまざまな要素がどのように組み合わさるとYが生じるのか、という問いを追求するのである。

 

では、因果複雑性の経営学でのメインの考え方となる集合論思考について説明しよう。こちらは、例えば以下のような式で表される思考様式である。

  • X ← Y
  • ABC + AB~D + BD  → Y

これらは集合論でよく用いられる論理式で、上の式は、Xという要素は、Yが生じるための必要条件であるという意味で、下の式は、A, B, C, Dという要素があったとすると、AかつBかつCの時にYが生じるが、また、AかつBかつ(Dでない)ときにもYが生じるし、BかつDの時にもYが生じるというように、ACBとAB~DとBDがそれぞれ、Yが生じるための十分条件であることを意味している。方程式思考と比べて、因果関係の理解がとても複雑であることが分かるだろう。例えば、上の式では、YからXに矢印が向いているが、これはYであったら必ずXであるということだから、XがないとYが生じない、すなわちXがYの必要条件だということを示している。集合論で言えば、例えば、業績の良い企業の集合を考えると、その集合は、Xという施策を実施している企業の集合に含まれているから、X ← Y だと言える。ファジー集合を用いれば、どちらかと言えば良い業績の企業の集合に含まれる、といった曖昧な状況も考慮することも可能である。

 

下の式では、論理式で用いる「かつ」「または」「〜でない」を絡めた式となっており、例えばAという施策とBという施策とCという施策を全部実施している企業の集団は、業績が良い集団に含まれているということだから、ABCという施策の組み合わせは必ず企業業績を良くすることを意味している。さまざまな要素の組み合わせを重視する結合性を考慮した思考様式だということである。また、そのような十分条件が「または」で複数繋がっているから、Yが生じるための十分条件が複数あることを意味している。つまり、企業業績を高める施策の組み合わせは1つとは限らないという等価性を表現している。さらに、上記の式で示される、Yが生じるための式は、Yが生じないための式とはパターンがかなり異なることも予想される。つまり、Yが生じる必要条件・十分条件と、Yが生じない必要条件・十分条件の組み合わせは、対称的であるとは言えない。

 

なお、ここで言いたいのは、必ずしも従来の経営学で支配的であった方程式思考が劣っていて因果複雑性の経営学でメインとして用いる集合的思考が優れているということではない。むしろ、これまで方程式思考一辺倒であった要素還元的・線形的な経営学に、新たに組み合わせパターンや因果複雑性に着目する集合論思考が加わったことによって、より現実の経営の実践の理解に近づく思考レパートリーが増えたということが重要なのである。集合論的思考に基づく新たな因果複雑性の経営学が普及し、研究が量産され、蓄積されていくことで、経営学の新しいステージが切り開かれていくことが予想されるのである。

 

因果複雑性の経営学(4):理論構築のプロセス

因果複雑性の経営学は、旧来の方程式的あるいは線形代数的な理論構築を主とする経営学と因果関係の考え方など根本的な思想が異なるので、因果複雑性の経営学を発展させるための理論構築の方法も、旧来の線形代数的な相関関係をベースとなる理論構築の方法とはかなり異なっている。この点を踏まえ、Furnari, Crilly, Misangyi, Greckhamer, Fiss & Aguilera (2021)は、因果複雑性の経営学理論の構築に特化した実践的方法について、経験則的、直感的な視点から解説している。Furnariらが提唱する理論構築の方法論は、フィードバックループを含む3つのステップからなる。それらは(1)スコーピング、(2)リンキング、(3)ネーミングである。これら3つのステップを踏んで、あるいは時にはこれらを行ったり来たりを繰り返しながら、対象となる現象を因果複雑性を捉えた概念システムとしての因果複雑性経営学理論を構築することができるというわけである。

 

まず、スコーピングのステップでは、理論として関心のある現象の結果を生み出す構成要素を幅広く特定していく。因果複雑性の経営学では、さまざまな構成要素が組み合わさることで結果が生じると考えるため、そのような構成要素を漏れなく炙り出すことが大切である。このステップでは、重要な構成要素を炙り出すために、学際的な視点でさまざまな研究分野や理論からヒントを得て特定してくプロセスや、現象の注意深い観察を通して特定していくプロセスなどがある。具体的には、重要な構成要素が1つ特定できたならば、それと組み合わさることで結果をもたらす別の要素は何かを考え、思考を拡散していく。構成要素が漏れなく列挙されると、それは膨大なリストになりかねない。よって、今度は似たもの同士をまとめたり、抽象度を高めたりして構成要素の数を減らしていく作業も生じる。そうすることで、組み合わさる対象としての構成要素が適度な数だけ特定されていく。

 

次に、リンキングのステップでは、スコーピングのステップで特定した複数の構成要素が、どのように組み合わさり、そしてどのような理由で(メカニズムで)結果につながるのかのロジックを明確にしていく。因果複雑性の観点からは、結合性と等値性の両方を考慮して作業を行なっていく。まず、複数の要素が組み合わさって初めて結果が出るという結合性のロジックと根拠を明らかにする。因果複雑性の経営学では、全体は部分の総和以上であることを前提としているから、複数の要素が組み合わさることでシナジーが生まれる、あるいは異なる性質を獲得するといったロジックを組むことが重要である。また、特定の要素の組み合わせが結果を生み出すための条件として他の要素あるいは複数の要素の組み合わせを考えるという状況適合のロジックも有効である。次に、結果を生み出す唯一の組み合わせがあるわけではないという等値性も念頭に置いてロジックを組む。また、因果関係の非対称性、必要条件、十分条件なども考慮してロジックを精緻化していくことも大事である。例えば、ある要素が「ない」ことと、別の要素が「ある」ことが結びついて結果が生まれるというようなロジックである。これは、特定の要素があることが結果を生み、ないと結果が生まれないといった対称性を前提としない因果関係の非対称性を考慮している。

 

そして、ネーミングのステップでは、結果を生み出す特定の組み合わせパターンに適切なネーミングを行なっていく。そもそも、理論というのは、ある現象を「言語」という道具を用いて理解することであるから、ネーミングという言語活動も極めて重要なのである。スコーピングとリンキングのステージとの関連で言うと、スコーピングで因果複雑性の構成要素を特定し、リンキングでそれがどう組み合わさって、そしてなぜ、結果を生み出すのかを特定してきたわけだが、ネーミングでは、それらを巧みな言語表現によって意味付けするプロセスだと解釈することができる。ネーミングのステージで目指すのは、まず、因果複雑性をできるだけシンプルに理解できるようにすることである。複雑な因果関係を複雑なまま丸ごと理解できるほど人間の頭脳は賢くないので、本質を捉えた形である程度シンプルにすることで理解しやすくすると言うことである。次に、複雑なものを全体的な視点で捉えやすくすることである。複雑というのはバラバラということではなく、それらがまとまって全体を構成しているというイメージが伝わることが望ましい。

 

先述の通り、因果複雑性の経営理論を構築するためのスコーピング、リンキング、ネーミングのプロセスは直線的に移行するのではなく、ステージ間を行ったり来たりするプロセスを伴う。直線的でなく行ったり来たりするのは、とりわけ質的研究全般のプロセスにも言えることである。また、このような理論構築プロセスは、現象の具体性を大事にしながら理解する方法と、その背後にある骨組みに焦点を当てて理解する方法を行ったり来たりすることにも通底している。現象の文脈や具体性に着目すれば現象の生々しい理解には繋がるが本質を見失う可能性がある。逆に、現象の背後にある骨組みだけに着目すると本質には迫れるが、リアリティに欠けた理解になってしまう。だから、現象を除くレンズのピントを合わせるかのように、具体性と骨組みを行ったり来たりしながら、言語的に物事を理解する上でも「ちょうど良い」ところを探りあてるようなプロセスでもあるのである。

文献

Fiss, P. C. (2007). A set-theoretic approach to organizational configurations. Academy of Management Review, 32(4), 1180-1198.

Furnari, S., Crilly, D., Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Fiss, P. C., & Aguilera, R. V. (2021). Capturing causal complexity: Heuristics for configurational theorizing. Academy of Management Review, 46(4), 778-799.

Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Furnari, S., Fiss, P. C., Crilly, D., & Aguilera, R. (2017). Embracing causal complexity: The emergence of a neo-configurational perspective. Journal of Management, 43(1), 255-282.