計画的偶発性を生み出すキャリアの布石行動

Hosomi et al (2014)の研究では、学生時代に行う「探索的な行動」が、起業に関する疑似体験や起業家との出会いなどを通して、起業したい、起業しようという意図を生み出すことを理論的かつ実証的に検討している。その下敷きとなっている理論が、「計画的偶発性理論」である。

計画的に偶発性を生み出すという行動はなんとなく分かるが具体例がイメージしにくいと考える人もいるだろう。これに関しては、全く同じ行動ではないかもしれないが「布石行動」というような考え方もある。高橋俊介氏は、「自己理解を深め、“布石”を打って、よりよい偶然を引き寄せる」において以下のようなコメントをしている。

自己理解を深め、短期的な都合ではない、自分の根底にある「大切にしたいもの」を認識しましょう。また、なんとなく惹かれるもの、興味のあるものを大切にするのもよいでしょう。そうしたところから、「出世には関係ないけれど、あの人と話してみよう」「なんとなく面白そうだから、あの勉強をしてみよう」など、仕事やキャリアアップに直接関係ない人脈に投資したり、学んだりするのです。こうしたことを、私は「布石を打つ」と表現しています。

 

これらの行動は、「将来こうなりたいからこの人とつながっておこう、この勉強をしよう」と、予想して行っているわけではありません。しかし、普段からこうして布石を打っていると、その中のいくつかが意外な形で活き、チャンスが巡ってくるのです。

学生で、まだ「自分が将来どんな仕事をしたいのか分からない」人や、社会人であっても「今の仕事をこのまま続けて行って良いのか分からない、今の仕事が本当に自分のやりたいことなのか分からない」といったことを考えている人は、「布石行動」を意識するのが良いかもしれない。 

文献

Hosomi, M., et al. (2024). Planned Happenstance and Entrepreneurship Development: The Case of Japanese Undergraduate Students. Administrative Sciences, 14(2), 27.

 

参考サイト

キャリアは最大約8割が「偶然」でできている?! 「幸せなキャリア」を引き寄せるために大切なこと【インタビュー 高橋俊介氏】 | キャリアは道なり | mi-mollet(ミモレ) | 明日の私へ、小さな一歩!(2/2)

未来の起業家を育てるために重要なエフェクチュエーションと計画的偶発性

開業率が低い日本において、経済発展の持続を支える未来の起業家を育てるためには、若者の将来のキャリアのオプションの中に「起業」を含めてもらうことが決定的に重要である。

 

起業家への憧れ、起業への関心、起業の意図などは、起業を促すための「必要条件」である。必要条件であるから、学生時代などにこれらが芽生えたからといってそれが無条件に起業につながるわけではない。大半は起業をすることなくキャリアを終えるかもしれないが、その中から起業する人が一定数出てくると考えられる。一方、起業への憧れとか起業する意図がないのに起業する人は稀であろう。

 

起業というのは、意図を持ってアクションを起こすものであって、企業における人事異動のように、なんとなく、部署が変わってました、やる業務が変わってました、というキャリアの進み方とは大きく異なる。「よし、起業しよう」という決断がなければ起業することはほぼあり得ず、なんとなく仕事をしていたら知らないうちに起業家になっていましたという話ではない。

 

若者の起業への関心を高めてもらい、起業への意図(将来に起業するというキャリアのオプション含む)を促すのに重要な考え方が、サラスバシーが提唱した「エフェクチュエーション」とか、クランボルツが提唱した「計画された偶発性(計画的偶発性)」の考え方である。両者に共通しているのは、キャリアにせよ起業にせよ、目標をたててそこに至る道筋を計画し、それを実行するといった「コーゼーション」のアンチテーゼとなっていることである。

 

世の中の不確実性とか偶然性を逆手に取るというのも、エフェクチュエーションや計画的偶発性に共通する特徴でもある。コーゼーションの考え方に抵抗する理由は、世の中はそう簡単に予測可能でないし、だから計画通りに進むことはできないというものである。だが、逆に、世の中は複雑だから簡単に予測することなどできないということが真実ならば、それをうまく活用できれば成功する確率が高まる、という考え方である。

 

エフェクチュエーションの理論で言えば、「飛行機のパイロットの原則」でいうように、自分でコントロールできる行動だけに集中し、意図せざる偶然が起こった場合には、「レモネードの原則」でいうように、その偶然をうまく取り込んでいけば良い。

 

リクルート社のかつての社訓に、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」というのがある。自分にとってチャンスとなりうる偶然も、それが生じるのを受身で待っているのではなく、自ら「計画的に」作り出していくべきというのが、「計画的偶発性」の考え方である。

 

若いうち、学生時代とかに、色々な偶然が自分に降りかかってくるような「タネ」をどんどん巻く。そうすると、偶然にも、魅力的な起業家と出会うチャンスも増えてくるとわけである。あの人のようになりたい、と強く憧れを抱くようなロールモデルが身近に登場すれば、起業への関心はグッとアップするはずである。

 

上記のような考え方のエビデンスを示した研究が、Hosomi et al. (2024)による、「Planned Happenstance and Entrepreneurship Development: The Case of Japanese Undergraduate Students」という論文で紹介されている。こちらは学生を研究対象として、どのような要因が、学生の起業意図を高めるかを検証したものである。

 

https://www.mdpi.com/admsci/admsci-14-00027/article_deploy/html/images/admsci-14-00027-g001.png

 

まず前提となるのが、ガチガチの安定志向でないこと。そのような学生は、まず公務員や潰れない大企業を志向するだろう。現在、そうでない学生は増加している。そして、多少のリスクを負いつつ、学生時代に、いろんなことにトライしてみるという「探索的な行動」である。研究では、起業に関連する探索的行動としているが、そうでなくても良いだろう。

 

学生時代に、授業だけでなく、あるいは授業はほとんど出ずに、アルバイト活動やサークル活動に明け暮れてましたという人も多いだろう。だが、一歩踏み込んで、もっと質の高い探索的行動を行うのが良い。アルバイトもサークルも、出会う人、付き合う仲間が同年代とか自分と類似している人々に偏ってしまう可能性が高い。そうではなく、老若男女いろんな人と出会えるチャンスが増えるような活動をするのが望ましい。

 

そうすることで、起業家や起業現場と出会うチャンスが増えてくる。Hosomiらは、そのような機会が増えれば、起業に関心を持ち、起業に憧れ、起業したい、起業しよう、という学生が増えるという仮説を立て、それを調査分析によって実証したのである。

 

さらに望ましいのが、学生時代に多くのリーダーシップ経験をしていること。この効果もHosomiらの研究結果で支持されている。リーダーシップ経験が多ければ、どのように人々を巻き込んで起業していけば良いのかのイメージが湧きやすいので、起業への関心がグッと高まると考えられるからである。

文献

doi.org

 

 

 

 

経営戦略を考える際には、まず船を置く位置を見定める

土井(2023)は、経営者や事業リーダーが戦略を考える際に行うべきことは、外部環境という川の流れを読み、どこに自分たちの船を置けばスーッと前に進んでいくのか、その適切な場所を見定めることだという。川の流れが速すぎるところに船を置くと、船に負担がかかって壊れてしまう可能性があるし、逆に澱みがあるところに船を置いてしまうと、いくら全員で力を合わせても、船が前に進まないという事態になるというわけである。

 

そして、土井によれば、船を置く適切な場所を見定めるのに有効なのが、時代の流れを読む「時代分析」という手法である。この手法では、まず、過去、最近を振り返り、時代がどのように流れてきたのか、自社は何に流され今の場所にたどり着いたか、自社の強み・弱みは何かなどを把握する。次にこれから5年くらいを視野に入れた時、世の中はどう変わるか、もしそう変わるとすれば顧客にはどのような変化が生じるか、顧客がそのように変化するとすれば、競合他社はどのような手を打ってくるか、あるいはどのような新規参入企業が考えられるかを予測する。

 

そのような考察に基づいて複数の可能性を視野に入れて未来を洞察し、その上でパーパスやビジョンを踏まえて、会社全体としてどのような事業ポートフォリオを組むのかを決定するのだと土井は説く。

参考文献

土井哲 2023「成果を出す企業に変わる 組織能力開発」幻冬舎

 

因果複雑性の経営学(5):方程式思考と集合論思考

因果複雑性を考慮した経営学の中間的なおさらいとして、従来の経営学の思考を支配してきた方程式思考と、複雑性の経済学の根幹をなす集合論思考を改めて比較してみよう。まず、方程式思考であるが、こちらは以下のような式で表される思考様式である。

  • Y = a + b1x1 + b2x2 + b3x3 ... bnxn

これはいわゆる重回帰分析で使う数式であるが、この式において、Yは、経営学で扱う変数の中でもとりわけ重要な結果変数で、例えば企業レベルであれば企業業績といったものである。そして、aが切片、x1, x2 ...がYに影響を与える要因、b1, b2 ... がそれぞれの要素がYに与える影響の度合い(重みづけ)である。この方程式思考は直感的には分かりやすいが、いくつかの前提が含まれている。まず、Yに影響を与える要素の集まりを含む右辺は、線型結合であり、基本的には「足し算」である。つまり、それぞれの要素がYに与える影響は加法的である。いくつかの要素が「足し合わさって」Yを高めるという考えである。

 

その際に考慮するのが要素の係数であるbで、これは、他の要素(条件)が一定の時に(変わらない場合に)、特定のxを1単位増加されたときにYがどれだけ増加するか、を意味する。よって、分析としては、ひとつひとつの要素についての分析が主となる。つまり、方程式思考の発想では、ある特定の要素が、どれくらいYに影響を与えるか、すなわち特定の要素のYに対する重要性が焦点となる。各要素の重要性がbすなわち回帰係数という形で判明すれば、それを考慮して(重み付けして)足し合わせればYがどれくらい増加するか分かるということである。つまり、全体の総和は部分的な要素の和だという前提も含まれている。また、Yは増加したり減少したりする1次元の変数で、個々の要素xも、増加したり減少したりする1次元の変数だから、基本的にこの方程式は、対称性を持っている。Xが増加すればYも増加する、Xが減少すればYも減少する、という具合である。

 

このような方程式発想で行う諸研究で明らかになった知識を経営の実践に役立てようというのが従来の経営学の発想であったのである。例えば、Yを企業業績とするならば、方程式思考での経営学上の問いは、企業がある施策Xを実施するならば、それは企業業績にどれくらい影響を与えるだろうか、というものである。これは、結果に影響を与える要因を要素分解して各要素を吟味するという還元主義である。当然、企業業績には別の要因も絡んでくるということで、それらを方程式に投入することで、Xの効果をコントロールする。すなわち、先述のように、企業業績に影響を与える他の要因が変わらないとした時に、Xを増加させたら(減少させたら)企業業績はどうなるか、という問いを追求するのである。

 

上記のような方程式発想による経営学では、企業業績のようなYに影響を与えうる経営施策のような特定の要素に焦点を絞って、その効果を解明しようとするアプローチなので、その要素のことを理解する上では優れたアプローチであるといえる。しかし、因果複雑性の経営学で主張しているように、結果というのはさまざまな要因が複雑に組み合わさって生じるのだという発想は取り入れていないため、その面で方程式思考は経営の本質を捉えきれていないもいえる。因果複雑性の経営学では、個別要素Xに焦点を当てるのではなく、企業業績のような結果変数Yに焦点を当て、さまざまな要素がどのように組み合わさるとYが生じるのか、という問いを追求するのである。

 

では、因果複雑性の経営学でのメインの考え方となる集合論思考について説明しよう。こちらは、例えば以下のような式で表される思考様式である。

  • X ← Y
  • ABC + AB~D + BD  → Y

これらは集合論でよく用いられる論理式で、上の式は、Xという要素は、Yが生じるための必要条件であるという意味で、下の式は、A, B, C, Dという要素があったとすると、AかつBかつCの時にYが生じるが、また、AかつBかつ(Dでない)ときにもYが生じるし、BかつDの時にもYが生じるというように、ACBとAB~DとBDがそれぞれ、Yが生じるための十分条件であることを意味している。方程式思考と比べて、因果関係の理解がとても複雑であることが分かるだろう。例えば、上の式では、YからXに矢印が向いているが、これはYであったら必ずXであるということだから、XがないとYが生じない、すなわちXがYの必要条件だということを示している。集合論で言えば、例えば、業績の良い企業の集合を考えると、その集合は、Xという施策を実施している企業の集合に含まれているから、X ← Y だと言える。ファジー集合を用いれば、どちらかと言えば良い業績の企業の集合に含まれる、といった曖昧な状況も考慮することも可能である。

 

下の式では、論理式で用いる「かつ」「または」「〜でない」を絡めた式となっており、例えばAという施策とBという施策とCという施策を全部実施している企業の集団は、業績が良い集団に含まれているということだから、ABCという施策の組み合わせは必ず企業業績を良くすることを意味している。さまざまな要素の組み合わせを重視する結合性を考慮した思考様式だということである。また、そのような十分条件が「または」で複数繋がっているから、Yが生じるための十分条件が複数あることを意味している。つまり、企業業績を高める施策の組み合わせは1つとは限らないという等価性を表現している。さらに、上記の式で示される、Yが生じるための式は、Yが生じないための式とはパターンがかなり異なることも予想される。つまり、Yが生じる必要条件・十分条件と、Yが生じない必要条件・十分条件の組み合わせは、対称的であるとは言えない。

 

なお、ここで言いたいのは、必ずしも従来の経営学で支配的であった方程式思考が劣っていて因果複雑性の経営学でメインとして用いる集合的思考が優れているということではない。むしろ、これまで方程式思考一辺倒であった要素還元的・線形的な経営学に、新たに組み合わせパターンや因果複雑性に着目する集合論思考が加わったことによって、より現実の経営の実践の理解に近づく思考レパートリーが増えたということが重要なのである。集合論的思考に基づく新たな因果複雑性の経営学が普及し、研究が量産され、蓄積されていくことで、経営学の新しいステージが切り開かれていくことが予想されるのである。

 

因果複雑性の経営学(4):理論構築のプロセス

因果複雑性の経営学は、旧来の方程式的あるいは線形代数的な理論構築を主とする経営学と因果関係の考え方など根本的な思想が異なるので、因果複雑性の経営学を発展させるための理論構築の方法も、旧来の線形代数的な相関関係をベースとなる理論構築の方法とはかなり異なっている。この点を踏まえ、Furnari, Crilly, Misangyi, Greckhamer, Fiss & Aguilera (2021)は、因果複雑性の経営学理論の構築に特化した実践的方法について、経験則的、直感的な視点から解説している。Furnariらが提唱する理論構築の方法論は、フィードバックループを含む3つのステップからなる。それらは(1)スコーピング、(2)リンキング、(3)ネーミングである。これら3つのステップを踏んで、あるいは時にはこれらを行ったり来たりを繰り返しながら、対象となる現象を因果複雑性を捉えた概念システムとしての因果複雑性経営学理論を構築することができるというわけである。

 

まず、スコーピングのステップでは、理論として関心のある現象の結果を生み出す構成要素を幅広く特定していく。因果複雑性の経営学では、さまざまな構成要素が組み合わさることで結果が生じると考えるため、そのような構成要素を漏れなく炙り出すことが大切である。このステップでは、重要な構成要素を炙り出すために、学際的な視点でさまざまな研究分野や理論からヒントを得て特定してくプロセスや、現象の注意深い観察を通して特定していくプロセスなどがある。具体的には、重要な構成要素が1つ特定できたならば、それと組み合わさることで結果をもたらす別の要素は何かを考え、思考を拡散していく。構成要素が漏れなく列挙されると、それは膨大なリストになりかねない。よって、今度は似たもの同士をまとめたり、抽象度を高めたりして構成要素の数を減らしていく作業も生じる。そうすることで、組み合わさる対象としての構成要素が適度な数だけ特定されていく。

 

次に、リンキングのステップでは、スコーピングのステップで特定した複数の構成要素が、どのように組み合わさり、そしてどのような理由で(メカニズムで)結果につながるのかのロジックを明確にしていく。因果複雑性の観点からは、結合性と等値性の両方を考慮して作業を行なっていく。まず、複数の要素が組み合わさって初めて結果が出るという結合性のロジックと根拠を明らかにする。因果複雑性の経営学では、全体は部分の総和以上であることを前提としているから、複数の要素が組み合わさることでシナジーが生まれる、あるいは異なる性質を獲得するといったロジックを組むことが重要である。また、特定の要素の組み合わせが結果を生み出すための条件として他の要素あるいは複数の要素の組み合わせを考えるという状況適合のロジックも有効である。次に、結果を生み出す唯一の組み合わせがあるわけではないという等値性も念頭に置いてロジックを組む。また、因果関係の非対称性、必要条件、十分条件なども考慮してロジックを精緻化していくことも大事である。例えば、ある要素が「ない」ことと、別の要素が「ある」ことが結びついて結果が生まれるというようなロジックである。これは、特定の要素があることが結果を生み、ないと結果が生まれないといった対称性を前提としない因果関係の非対称性を考慮している。

 

そして、ネーミングのステップでは、結果を生み出す特定の組み合わせパターンに適切なネーミングを行なっていく。そもそも、理論というのは、ある現象を「言語」という道具を用いて理解することであるから、ネーミングという言語活動も極めて重要なのである。スコーピングとリンキングのステージとの関連で言うと、スコーピングで因果複雑性の構成要素を特定し、リンキングでそれがどう組み合わさって、そしてなぜ、結果を生み出すのかを特定してきたわけだが、ネーミングでは、それらを巧みな言語表現によって意味付けするプロセスだと解釈することができる。ネーミングのステージで目指すのは、まず、因果複雑性をできるだけシンプルに理解できるようにすることである。複雑な因果関係を複雑なまま丸ごと理解できるほど人間の頭脳は賢くないので、本質を捉えた形である程度シンプルにすることで理解しやすくすると言うことである。次に、複雑なものを全体的な視点で捉えやすくすることである。複雑というのはバラバラということではなく、それらがまとまって全体を構成しているというイメージが伝わることが望ましい。

 

先述の通り、因果複雑性の経営理論を構築するためのスコーピング、リンキング、ネーミングのプロセスは直線的に移行するのではなく、ステージ間を行ったり来たりするプロセスを伴う。直線的でなく行ったり来たりするのは、とりわけ質的研究全般のプロセスにも言えることである。また、このような理論構築プロセスは、現象の具体性を大事にしながら理解する方法と、その背後にある骨組みに焦点を当てて理解する方法を行ったり来たりすることにも通底している。現象の文脈や具体性に着目すれば現象の生々しい理解には繋がるが本質を見失う可能性がある。逆に、現象の背後にある骨組みだけに着目すると本質には迫れるが、リアリティに欠けた理解になってしまう。だから、現象を除くレンズのピントを合わせるかのように、具体性と骨組みを行ったり来たりしながら、言語的に物事を理解する上でも「ちょうど良い」ところを探りあてるようなプロセスでもあるのである。

文献

Fiss, P. C. (2007). A set-theoretic approach to organizational configurations. Academy of Management Review, 32(4), 1180-1198.

Furnari, S., Crilly, D., Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Fiss, P. C., & Aguilera, R. V. (2021). Capturing causal complexity: Heuristics for configurational theorizing. Academy of Management Review, 46(4), 778-799.

Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Furnari, S., Fiss, P. C., Crilly, D., & Aguilera, R. (2017). Embracing causal complexity: The emergence of a neo-configurational perspective. Journal of Management, 43(1), 255-282.

 

因果複雑性の経営学(3):理論を支える数学的思考法

経営学にとって、より現実にフィットした因果複雑性を考慮した経営理論が未発達であった大きな理由が、研究者の方程式的思考、線形代数に依拠する論理構造に支配されていたことを指摘してきた。数学は、人類が有する学問のなかでも究極的に厳密な論理演算を必須としており、論理学とも関連が深い。数学は論理学であるといっても過言でないだろう。そして、経営学が構築しようとする経営理論も、前提と論理の組み合わせによって現実の経営現象を説明しようとするものである。よって数学的思考の発展や変革なくして、新しい経営学理論の発展や変革もありえない。そこで今回は、様々な要素の組み合わせによって結果が生じるというアイデアレベルで進歩が止まっていた従来の構成論アプローチに対して、近年急速に発展してきている新構成論アプローチのもとになっている新たな数学アプローチについて紹介する。

 

まず、従来の経営学における理論を支配していた数学的思考は、還元主義、線形性、対称性、純効果主義といった発想に基づいていたわけだが、これを原因と結果の関係でみると、とりわけ相関関係を基礎とする分散理論では、結果Yの分布(例、成功から失敗まで)の分散を、独立変数(説明変数)Xがどれだけ説明するかという発想に基づいている。XとYの相関関係が1のときは、特定の原因Xのときに、Yが唯一の点として決定するので分散がゼロとなる。すなわち、完全に相関している場合はXがYの分散を100%説明する。Xが他の要因とは独立してYの分散をある程度説明するという前提に基づいており、特定のXでYの分散が説明できない部分を、別の要素X2が追加で説明できるかを調べる。これが重回帰分析の発想で、X3、X4と次々に説明変数を増やしていき、多くの要素が足し合わさって最終的にどれくらいYの分散を説明できるかという発想につながるので、これが純効果主義の数学的な表現となる。

 

このような線形代数的な数学だと、いろいろな要因の組み合わさり方によって結果が異なるというような因果複雑性を前提とする分析や思考はできないので、別の数学的思考が必要になるのであるが、従来から1つの案として考えられてきたのが、クラスター分析という考え方である。これは、異なる要素の組み合わせ方にいろいろなパターンがあると想定したときに、そのパターンを、お互いに似ている度合い、異なっている度合いによって計算し、似た者同士が同じクラスターに入るようにケースを整理していく方法である。クラスター分析だと現実に存在する要素の組み合わせパターンを分類することはできるが、あくまで現実のデータを整理した結果として出てくるクラスターにすぎないので、なぜそのような分類になるのかという因果関係の理論的な説明ができないし、因果関係とは関係のない要素もクラスター生成時に考慮されてしまう可能性がある。

 

上記のような困難があった中で、革新的な数学的思考法が適用可能になった。それが、数学の「集合論」を用いるというアプローチなのである。つまり、因果複雑性の経営学が思考として、あるいは実証研究として依拠するメインの数学が集合論なのである。集合論がなぜ優れているかというと、ある要素が含まれる、含まれないという包含関係の記述に加え、さまざまな論理演算をすることで命題の真偽を判定することができる点が挙げられる。集合論は、同じ特徴を持ったもの同士が同じカテゴリーに含まれる、というように表現することから、どちらかというと数量というよりは質的なイメージがある。それにもかかわらず、さまざまな論理演算を施すことによって新しい結論を導いたりすることができる。よって、扱う事象が質的であってかつ数学的な論理を用いるというところに、質的な現象を扱うことの多い経営学にフィットする思考法である。

 

集合論経営学に応用すると、以下のようなアプローチが可能である。例えば、企業業績という結果を、様々な要素の組み合わせで説明しようとする理論が考える際、1つの企業は、さまざまな要素の集合体だと考えることができる。企業の人事制度は、採用や育成や賃金や評価などさまざまな要素が組み合わさって、1つの制度全体を形成している。しかし、すべての企業が同じ要素を含んでいるとは言えず、ある企業は成果主義色の強い要素を含むが、他の企業はそのような要素は含まない場合がある。つまり、それぞれの企業を要素の集合として理解する場合、それぞれの集合に含まれる要素が異なるのである。そして、業績の高い企業のみがあつまった集合と、業績が低い企業のみがあつまった集合を定義することできる。そうすると、複雑な因果関係について、以下のような表現が可能となる。

 

ある要素(あるいは複数の要素の組み合わせ)を自社の集合に含む企業がすべて、業績のよい企業の集合に含まれている場合は、その要素(あるいは組み合わせ)があると必ず業績が良くなるということだから、その要素は高業績の十分条件だと解釈できる。ただし、その要素や組み合わせを有していない企業も、業績の良い企業の集合に含まれているということは、その要素や組み合わせは必要条件ではないということになる。逆に、業績のよい企業の集合に属する企業がすべて特定の要素や組み合わせを含む企業の集合に含まれている場合は、そのような要素や組み合わせがないのに業績のよい企業が1社もないのだから、その要素や組み合わせは高業績の必要条件だといえる。しかし、それらがある企業がすべて高業績企業の集合に含まれているわけではないので、十分条件とはいえない。

 

ベン図を使って包含関係を図示すると分かりやすいが、集合論では、もはやベン図では図示できないほど複雑になった包含関係も台数的演算で処理することができる。このように、集合論を数学的思考として用いることの利点の1つは、集合の包含関係を見ることで、原因が結果を生み出す必要条件と十分条件を区別して理解することが可能なことである。方程式的、線形代数的発想ではこのような区別はできない。集合論は、何かがある、ない、そして、何かが生じる、生じないを表現して理解するのに適した数学的思考なのである。また、「かつ」「または」「~でない」といった演算子を駆使するブール代数という数学を用いれば、集合間の関係について、直感的にはわかりにくい複雑な論理演算も可能である。さらに、ある要素が特定の集合に含まれるか含まれないかといった2値に割り切れないケースを扱うファジー集合論を用いた演算も可能である。

 

集合論を数学的思考のメインのツールとして用いることで、従来の方程式的発想、線形代数的思考ツールではうまく扱うことができなかった因果複雑性すなわち「結合性」「等値性」「非対称性」を難なく扱えるようになったのである。結合性に関して言えば、どのようその組み合わせを集合内に含んでいる企業が、高業績企業の集合に含まれているかという視点で理解すれば扱うことができる。等値性は、要素の組み合わせパターンが複数あり、どれも特定の結果に対する十分条件であるかどうかを吟味することで扱うことが可能である。そして、非対称性については、上記で見たような必要条件と十分条件の区別や、結果を生み出す条件と、結果を生み出さない条件の吟味など、集合論では線形性を前提としないので難なく扱えるということである。これを実証研究レベルに落とし込んだ分析ツールが、質的比較分析(QCA)であり、集合として扱う際の曖昧性を考慮した質的比較分析が、ファジー集合型質的比較分析(fsQCA)である。線形代数的思考の代表的な分析ツールが重回帰分析であるならば、集合論的思考の代表的な分析ツールがQCAということなのである。

文献

Fiss, P. C. (2007). A set-theoretic approach to organizational configurations. Academy of Management Review, 32(4), 1180-1198.

Furnari, S., Crilly, D., Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Fiss, P. C., & Aguilera, R. V. (2021). Capturing causal complexity: Heuristics for configurational theorizing. Academy of Management Review, 46(4), 778-799.

Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Furnari, S., Fiss, P. C., Crilly, D., & Aguilera, R. (2017). Embracing causal complexity: The emergence of a neo-configurational perspective. Journal of Management, 43(1), 255-282.

因果複雑性の経営学(2):構成論アプローチのエッセンス

今回は、因果複雑性の経営学の根幹をなす構成論アプローチのエッセンスを解説する。前回書いたように、還元主義、線形性、対称性、純効果主義といった方程式的というか線形代数的な発想に支配された形で構築された従来の経営理論ではなく、経営現象における因果関係は、本質的にそのような単純な要素間の関係には還元できるものではないと考える新しい経営学のアプローチを、因果複雑性の経営学と名付けることにする。因果複雑性の経営学では、経営現象は様々な要素が組み合わさることによって生じることを前提とする。いろんな要素が組み合わさることによって、個々の要素に還元してそれを足し合わせるだけでは説明ができない因果関係が生じるので、因果複雑性というのである。自然科学のたとえを用いるならば、天体を点にまで還元してしまって考えるような発想ではなく、化学結合によって個々の分子とはまったく異なる特徴や作用をもった物質ができあがるような発想を経営学にも用いるわけである。

 

構成論アプローチを一言で言えば、さまざまな要因が複雑に組み合わさることで結果が起こると考えるアプローチで、経営学でもかなり前から提唱はされていたが、それほど発達はしてこなかった。その理由は、前回でも書いた通り、経営学の理論が実証研究で用いるツール、例えば、数学や統計モデルと不可分である中で、構成論アプローチを支える数学や統計モデルが未発達だったからである。数学は、究極的には論理の学問であるので、数学の論理が、経営理論の論理に影響を与えることは必須なのである。つまり、いくら概念的に構成論アプローチを提唱したとしても、具体的に構成論に基づいた経営理論を構築したり、それを現実の世界で実証しようとするときに、方程式的な思考、線形代数的な手法を当てはめようと試みてもうまくいかないのである。しかし、近年、この数学的な視点、分析手法において革新的な動きが見られたために、構成論アプローチが一気に発展した。Misangyi, Greckhamer, Furnari et al. (2017)は、これを、数学的手法が未発達であった時代のものと区別する上で「新構成論アプローチ」と呼んでいる。

 

ではまず、構成論アプローチで前提とする「因果複雑性」について説明しよう。因果複雑性の考え方は、前回述べたような「還元主義」「線形性」「対称性」「純効果主義」とは全く異なる因果関係の考え方を採用する。それらを表すキーワードを並べると、因果関係の「結合性」「等値性」「非対称性」となる。結合性とは、方程式や線形代数のように還元された各独立変数が従属変数の原因となっており、それを足し合わせることで結果が出ると考えるのではなく、特定の要素が特定のパターンで組み合わさって初めて結果の原因となることがあるという意味である。すなわち、回帰分析のようなアプローチで調べても効果は検出されないのに、何か別の要素と結びつくと、あたかも化学反応が起こって別の性質が生まれたかのように、結果に影響を与えるのである。これは、2つの要素とは限らない。3つ、4つ、5つの要素が組み合わさって原因となるということも当然想定する。実証研究的にいうならば、線形代数に依拠する重回帰分析では、2次元交互作用や3次元交互作用という手法があるが、4次元、5次元となってくるとお手上げである。

 

次に「等値性」であるが、これは、ある結果をもたらす要素の組み合わせが唯一存在するわけではなく、いくつかの別の組み合わせによっても同じ結果が出ることがあると想定することを意味する。これは、実際の企業経営において、特定の状況下において企業業績を高めるベストな方法は1つしかないと考えるのに無理があることを考えればある意味自明な前提である。企業業績を高める経営戦略はいろんなものが存在するし、そのどれをとっても業績が上がる可能性はある。また、アントレプレナーシップ分野においてエフェクチュエーションというコンセプトが流行りつつあるが、アントレプレナーが利用可能なリソースはそれぞれ異なっているから、「成功するためにはこれとこれの組み合わせがベストです」という発想は非現実的である。成功するためのリソースの組み合わせのパターンはいろんなものが存在すると考える方が現実にあったロジックである。このようなロジックを方程式的に、あるいは線形代数的に表現するのは極めて困難である。

 

そして、因果関係の「非対称性」を理解するためには、古い経営学に馴染んだ私たちの頭を支配している「線形性」「相関関係的な思考」をアンラーニングする必要がある。前回も述べた、従来の経営学が前提とする「対称性」は、Xが増加するとYも増加する、Xが減少するとYも減少するといったように、Xが増加する効果と、Xが減少する効果は方向が違うだけで基本的に対称であると考える。正比例のようにXとYの関係が直線的なので対称性があるのである。この因果関係は当たり前にように見えるが、それは私たちの頭がその発想に毒されているからであって現実は必ずしもそうではない。例えば、Xが多くても(あるいは存在しても)、少なくても(あるいは無くても)、他の条件が揃うと結果が出ることがある。あるリソースが豊富な企業も、欠如している企業も、それぞれにおいて適切な戦略と組み合わせれば業績が向上するというケースだと、そのリソースの増減と業績の上下は相関関係にないことは明らかである。結合性、等値性と組み合わせていうと、特定の結果を生み出す組み合わせが複数あり、その結果を生み出さない組み合わせも複数ある場合、その組み合わせは必ずしも単純な対称関係にあるわけではない。

 

相関関係的なイメージに囚われていると混乱してきたかもしれないが説明を続けよう。上記の非対称性は、ある条件が存在しない(低いと)と結果は生まれない(小さい)が、その条件が存在しているからといって(高いからといって)結果が生まれる(大きい)とは自動的には言えないことも示している。これは、その要素あるいは複数の要素の組み合わせが特定の結果を生み出す「必要条件」であることを意味している。これは、XとYが線形性を基本とする相関の関係になっている状態とは異なっている。その要素が存在しない(小さい)ときには結果が生じないことは言えるが、その逆は言えないので非対称的である。同様に、特定の要素あるいは複数の要素の組み合わせが生じていれば必ず結果が生まれるという「十分条件」の場合、等価性でも説明した通り、その組み合わせでなくても結果が生じることがありうるので、それは必要条件ではない。つまり、それらの組み合わせによって結果が生じることは言えるが、その逆は言えないので非対称的である。

 

経営理論を構築しようとする人間の思考が方程式的、線形代数的、相関的なものに支配されていると、上記のような必要条件と十分条件が組み合わさったような理論構築はできない。しかし、現実の経営実践では、このような現象は山ほどあるので、これらを経営理論に反映できないのであれば、経営理論は無力としか言いようがない。例えば、ボトルネックという概念がそうである。これは、ある変数と結果に相関関係がないからといって、その変数は結果と無関係であるということではなく、その変数が欠如していると、他にどんな条件が整っても結果が生じないという現象である。企業がいくら優れた戦略やビジネスモデルを考案できても、それを実行できる人材がいないと企業業績は上がらない。逆に、それを実行できる人材がいるからといって、企業業績が自動的に上がるわけではなく、優れた戦略やビジネスモデルが伴わないと結果が出ない。これは、特定の人材がボトルネック(必要条件)になっているケースで、実務家であれば当たり前のロジックであるが、従来の経営理論ではこのようなロジックや思考を駆使した理論構築ができなかったのである。

 

十分条件についても、その要素があると必ず結果が生じるが、それがないからといって結果が生じないとは言えないので、その要素と結果は比例しておらず相関関係ではない。よって、相関分析をしても有意な結果にはならない。ある戦略と特定のタイプの人材の組み合わせが企業業績を高める十分条件であることが分かったとしても、別の企業にはそれがないから希望がないというわけではない。等価性の原則のとおり、別の戦略と別のタイプの人材の組み合わせでも企業業績が高まる可能性が十分にある。つまり、従来の経営理論の前提を支配していた相関関係というコンセプトは、ある要素と結果の因果関係が、必要十分条件であるときのみという特殊ケースしかカバーできていなかったことになるのである。つまり、因果複雑性を捉えた理論になっていなかったのである。次回は、今回説明した構成論アプローチと因果複雑性の経営学の発展に寄与した数学的思考法について説明する。

文献

Fiss, P. C. (2007). A set-theoretic approach to organizational configurations. Academy of Management Review, 32(4), 1180-1198.

Furnari, S., Crilly, D., Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Fiss, P. C., & Aguilera, R. V. (2021). Capturing causal complexity: Heuristics for configurational theorizing. Academy of Management Review, 46(4), 778-799.

Misangyi, V. F., Greckhamer, T., Furnari, S., Fiss, P. C., Crilly, D., & Aguilera, R. (2017). Embracing causal complexity: The emergence of a neo-configurational perspective. Journal of Management, 43(1), 255-282.