研究分野の成熟とレッドオーシャン化

研究の世界にも、ブルーオーシャンレッドオーシャンがある。ブルーオーシャンは、研究者から見てライバルが少なく、分野を牽引する第一人者や先頭集団に入れる可能性が高い領域。レッドオーシャンは、研究者同士で「血みどろの戦い」を強いられ、求められる研究水準のハードルも上がり、際立つ研究成果を出しにくい領域である。そして、たいていは新領域の研究分野はブルーオーシャンで、研究分野が成熟化するにしたがってレッドオーシャン化する。


ここで、研究分野が成熟するとどうなっていくかを見ていこう。まず、新しいと思われる研究分野は、わからないことがたくさんあるが、どのような視点でアプローチすればよいのかもわからないことが多い。また、将来的な金脈になるような重大な発見が得られるかもしれないが、逆にまったく意味のある発見が得られなかったり、脚光をあびなかったりする可能性もある。つまり、チャンスも多いが、リスクも多いということである。であるから、多くの研究者が研究を躊躇するという点で、参入障壁は高い。


それでも、先見性のある研究者たちによって新たな研究が始められ、研究の萌芽期に差し掛かると、研究対象となる領域の全体像を把握するためのおおまかな概念がつくりだされ、(概念を数量的に定義すると変数となる)、その概念間、変数間の関係や構造が、観察や思索などに基づいて理論化されていくことになる。ここでは、理論を、概念間(変数間)の関係性とかんたんに理解しておこう。ここでは、研究の厳密性や緻密さよりも、全体像を作っていく構想力、研究の切り口の斬新さや鋭さ、が求められる。多少大雑把であっても、現象の本質を捉えることによって理解を促進できるような研究が行われる。


少数の(卓越した、先見性のある)研究者によって、こういった作業が続けられると、分野の全体像について、もやっとではあるがだんだんと輪郭ができてくる。同時に、その全体像が、理論やモデルとして共有されるようになる、また、どのようなアプローチで研究していけばよいのかの方法論も徐々に確立され、当該領域の研究者間で共有されるようになる。


すなわち、研究の萌芽期にある程度の輪郭ができ、研究の方向性が見えてくると、一般的にいって後続の研究がしやすくなる。また、ある程度の方向性が見えることによって、他の研究者が新規参入するリスクも低減する。よって、多くの新たな研究者が当該分野に参入してくるようになる。


当該領域の研究者が多くなると、各研究者が、これまでに確立された大まかな理論、フレームワーク、モデルの枠内において、それらの大雑把な部分を精緻化しようと研究する。すると、大まかなフレームワークや理論の個々の構成部分において、より細かな概念や変数がつくりだされ、その関係性が吟味されるようになる。研究者の数が増えるほど、各自が自分の存在感を確立するために、自分が専門的に行う領域への棲み分けが行われる。そうすることで、個々のパーツごとに、その部分を専門的に追究する研究グループが形成されていく。


その結果、大枠としての理論やフレームワークはどんどん精緻化し、洗練化されていくことになるが、細部においては、それを理解するための概念や変数が増えることになる。つまり、大枠のフレームワークはもとより、細部においても、あるいは細部であるがゆえに研究内容は扱う変数間の関係が複雑化し、より精緻な研究方法が求められるようになり、結果の解釈についても慎重な姿勢が取られるようになる。加えて、分野全体の研究者数が増大することにより、限られた研究発表機会をめぐって研究者間の競争が激化するとともに、研究方法はより複雑化、高度化してくる。


つまり、分野としては、萌芽期から成熟期に移行することにより、多くの研究者の活動によって、より精緻な枠組みが作られていく一方、研究者の側から見た場合、ライバルが多く、自分の研究において方法論上の厳密性が欠ける場合には研究成果の発表機会さえ失われ、かつ、細部の精緻化が優先されるあまり全体的にインパクトの大きい研究成果が生み出しにくくなる。つまり、研究領域としてはレッドオーシャン化してくるわけである。