自然科学と社会科学との決定的な違い

社会科学の中でも、自然科学の方法論を積極的に取り入れようとしている分野がある。例えば、経済学である。自然科学的方法論を取り入れれば取り入れるほど、内容が数学的となり、数学的な要素で記述される理論や法則が重視される。このように構築された理論は、数量的にある事象を予測することが原理上可能であることを示唆する。


しかし、自然科学と社会科学とでは、理論や法則に関して決定的な違いがある。それは、自然科学の研究対象の振る舞いが、ほとんど理論や法則の影響を受けないのに対して、社会科学の研究対象の振る舞いは、理論や法則の影響を大きく受けるという点である。例えば、惑星の軌道は、人間によってどのような理論が作られようとも、それによって変化しない。ところが、社会科学の研究対象は、人間による行為の結果生まれるものなので、その人間が特定の理論や法則を知っているか否かで行動が変わってしまうのである。ということは、行動の結果生み出される現象そのものも変化してしまうことになる。


つまり、物理学によってロケットを飛ばした場合の軌道を予測しようとする試みと、経済学によってある特定の金融政策を行った場合の経済効果を予測しようとする試みは、根本的に異なるというわけである。前者では、飛ばされるロケットは意志を持たないので、理論の影響は受けない。しかし、後者では、経済行為を行う企業や個人は、政府が行う金融政策の意味を理解できるし、それによって行動を変えるため、理論の影響を強く受ける。具体的にいえば、「特定の金融政策の結果、こんなことが起こるかもしれない」という予測が、経済活動主体の行動を変えてしまう。しかも、その予測は、どのような理論を信じるか、あるいはどのような理論がその時に社会的に支持されているかで変わってしまうのである。


このことは特に、経済学でいえば経済理論の妥当性、正確性の議論や討論を難解にしてしまう。