経営学の実践への活かし方

中沢(2010)は、旅館・ホテル運営会社である星野リゾート社長の星野佳路氏の経営は、どれをとっても「教科書通り」だと指摘する。星野リゾートの事業展開の背後には常に「教科書」が存在しており、社員のモチベーションアップやサービス向上策は、すべて経営学の理論に裏打ちされているという。そして、経営学の実践への活かし方に関する以下のような星野氏の言葉を紹介している。


中沢によれば、星野社長は「教科書に書かれていることは正しく、実践で使える」と確信しているといい「教科書通り」でうまくいかないとしたら、それは理解が不十分で、取り組みが徹底していないからに違いないという。星野社長は、課題に直面するたびに、教科書を探し、読み、解決する方法を考えてきたそうである。そして、星野社長による経営学の教科書の活かし方の要諦は、「定石を知り、判断ミスのリスクを最小化する」ところにある。


星野社長が参考にする教科書の多くは「ビジネスを科学する」という思想のもと、数多くの企業を対象に手間と時間をかけて事例を調査し、そこから「法則」を見つけ出し、理論として体系化したものである。その内容は学問的に証明され、一定条件のもとでの正しさはお墨付きなのだという。囲碁や将棋の定石と同様に、教科書に書かれている理論は「経営の定石」だと星野社長はいう。何も知らないで経営するのと、定石を知って経営するのとでは、おのずと正しい判断の確率に差が出る。それは長期的な業績に直結するはずだという。


経営判断の根拠や基準となる理論があれば、行動のぶれも少なくなり、自分の決断に自信を持てるようになり、社員に対して判断理由を明快に説明できると星野社長はいう。もそもと星野社長は、個人の資質に基づくアーティスティックな経営判断をする資質があるとは思っておらず、自分の経営手法の中でサイエンスを取り入れる必要性を感じ、教科書を根拠とする経営を始めたというわけである。


また星野社長は、教科書から理論を学ぶことによって、状況改善に必要な思い切った経営判断を最低限のリスクで実行することができると指摘する。思い切った方向転換に理論的な根拠がないと打ち手にリスクを感じてしまい、結果として何も判断せずに現状維持になってしまうという。教科書に沿って自社の打ち手を考えれば、納得できる経営判断に達することができる。だから、結果が出るまでしつこく努力することも可能になるという。


経営学の教科書にある理論は、小さな会社の経営にこそ生かす意味が大きいと星野社長は指摘する。その理由は、まず、規模が小さい会社のほうが、教科書の内容を社内に浸透させやすく、小回りがきくので理論に沿った方向転換もしやすい。つぎに、中小企業は大企業に比べて体力が乏しく、経営判断にミスがあったときに経営が不安定になるため、教科書に沿うことによる経営リスクを減らす意義が大きいからである。経営リスクに敏感なほど教科書の内容が生きてくる。


教科書で学んだことを実践するときに大切なのは、すべてをきちんとやってみることだと星野社長はいう。一部を実行するだけではダメで、教科書を何度も読み、分からないところをなくし、内容をすべて理解したうえで、100%教科書通りにやってみることである。なかなか成果が出ず苦しいときも、教科書通りだという自信があれば耐えられる。教科書の内容を1つずつ確認し、なぜ成果がでないのかしっかり考える。何度も教科書を読み直して、それをマニュアルとして忠実に実践する。


星野社長は、教科書に沿って経営判断をした結果、すぐに良い結果が出始めたこともあれば、成果が出るまでに工夫を繰り返し、時間を必要としたケースもあったが、過去に読んだすべての教科書は道しるべとして役立ったという。自分の直感力を信じられないときに、教科書は自らの経営判断の根拠となり、自信を持って頑張る勇気を与えてくれるのだという。