物語分析とは何か

田村(2016)によれば、物語分析とは、単独・理論事例を対象に「結果発生過程のダイナムズムを追う」分析手法である。単独・理論事例とは、統計分析のように複数のデータを比較するものではなく、また、歴史研究のように個別的かつ具体的な「事件」の連なりを記述することが目的でもなく、理論概念によって記述される「出来事(事件の意味を問い解釈することから生まれる認識)」の連なりによって記述され、既存の理論概念の精緻化や新たな理論概念の発見・開拓を目的とする事例を指す。そして「ダイナミズム」とは「多様な諸力の作用を通じて変遷していく過程の形」で、例としては、成長、衰退、安定、復活、消滅などがある。これらのダイナミズムを明らかにし、時間を超え、空間を超えて適用していくために、物語分析で得られた知識を一般化していくことになる。


田村は、経営学には物語分析が重要な役割を担うことを主張する。その理由は、経営世界について強く求められている知識を物語分析が創造できる点にあるという。強く求められている知識とは、成長、衰退、復活、漸進のように、経営世界の中でダイナミクスが支配する領域だとする。そもそも、経営学の目的は、経営世界についての知識創造である。もちろん、経営学においても自然科学に倣った計量的方法の重要性がしばしば指摘されるところであるが、これには限界があると田村は指摘する。なぜならば、自然界と異なり、経営世界ははるかに短期間でその性質を変える。計量的手法を使えば安定的で成熟した法則性などの知は創造できるであろうが、経営世界には、これらの領域以外に動態的に変化し、ダイナミクスの支配する領域が絶えず拡大している。経営世界が動態的に変化していけばいくほど、計量的方法によって生み出されるような理論知識は経営世界の中心部の変化から隔絶されたガラパゴス諸島を作ることになると田村は警告するのである。


さて、物語分析では、事例の終点と始点を分析的に設定し、それらを繋ぐ様々な出来事の因果関連様式を明らかにしようとする。とりわけ、事例の終点すなわち最終結果のコンセプトを明確に設定したうえで、その最終結果に先立って、どのような出来事がどのような順序で生じてきたかに注目する。始点と終点を適切に設定することによって、その間に生じた様々な出来事間の因果関連を、最終結果に至る1つの完結した有機的全体として組み立てるわけである。田村は、物語分析での理論事例は、納得できるだけでなく関心を引くという意味で面白い物語を含んでいなければならないと説く。理論事例の面白さは、題材の重要性や物語の筋書き(プロット)に左右されるという。筋書きとは、事例の終点に至る始点以降の出来事系列の組み立てのことであり、「ダイナミクス」によって生まれる形状である。「多くの支流が次々に合流して大河となり海に注ぐ」ように「各出来事が支流のようにプロットに注ぎ込み、大きい流れとなって最終結果に至る」わけである。すなわち、多様な出来事が全体として最終結果にどのような組み立てで連なっていくかということである。


田村によれば、物語分析を行う上でとりわけ重要な概念の1つが「経路依存」である。経路とは「出来事が生じた時間的順序」という意味であり、経路依存とは、過去の出来事の経緯(時間的構造)が結果を決めるという考え方を指す。例えば「輝かしい成功」といった物語の結果が、出来事の生じる時間的順序(系列)で決まるということである。理論的にいえば、偶然による生じたにすぎないのかもしれない小さな出来事から大きな出来事が生まれる筋道(パターン)の理論ともいえる。成功物語の多くは経路依存を筋書きにして作られると田村は解説する。経営世界での成功物語を念頭に置くならば、それは「前成期」「形成期」「ロックイン期」という3つの段階からなる過程として理解できる。つまり、前成期に過程の発端になる出来事が多くの方途からの選択の結果として生じ、形成期で同じような行為が反復され同種の出来事が累積していき、ロックイン期でその種の行為が支配的パターンとなることで、同じような出来事が安定的に繰り返し生じることになる。


経路依存の観点から見れば、物語の最終結果を決めるのは、前成期の出来事が反復再生されて進化していく過程そのものであり、前成期の発端をきっかけにして物語が展開していく過程そのものである。例えば、成功物語といった単純物語における急成長の推進力は、様々な発生条件が組み合わさって総合的に生み出される「勢い」の産物だろうと田村はいう。孫子が指摘するように、機会に気づけば、直ちにそれを捉える行動を編み出し適応していくことで行動の機敏さが生じるが、それが大きい見返りを生めば、そこから勢いがついていく。勢いは経路依存の過程を加速するわけでる。


また、成功、失敗、安定といった単純物語が組み合わり、盛衰や復活などを説明する「複雑物語」においては、筋書きの転換点すなわち「転機(ターニング・ポイント)」が重要だと田村は指摘する。転機とは、安定的な出来事系列を生み出してきた従来の定型的なパターンや制度が挑戦を受け、重要な変化の要求が現れてくる時点や短い時間を指す。例えば、成功物語を生み出す出来事系列は、一定の方向性を持つ軌道上にある。ここでいう「軌道」とは出来事が発生していく経路上の慣性を指し、出来事の再生メカニズムを通じて生じる慣性的性格が、先決の経路に沿った将来の方向・道筋をつけていくことを示唆する。したがって、軌道すなわち慣性があるがゆえに、経路の方向に影響するような出来事が起こっても、軌道によってそれが吸収されてしまえば変化は生じない。しかし、転機が生じるということは、その出来事によって従来の軌道に変化が生じることを意味しているのである。