経営学を社会科学の1分野と位置づけるならば、同じ科学という意味で、自然科学、とりわけ物理学から学ぶことは多いだろう。そこで、物理学とは何かについて、朝永(1979)を用いて概観してみよう。
まず、物理学とは何かという問いについて、朝永は、物理学という学問は、現在にいたるまで絶えず変化しており、将来も変化するにちがいないとしたうえで、物理学の対象やゲームのおおよそのルールや守備範囲を「われわれをとりかこむ自然界に生起するもろもろの現象--ただし主として無生物にかんするもの--の奥に存在する法則を、観察事実に拠りどころを求めつつ追求すること」だする。
上記の物理学の特徴のなかでとりわけ重要なのは「観察事実に拠りどころを求めつつ法則を追求する」の部分で、これは多くの社会科学、そして多くの経営学についても当てはまるといえよう。物理学では、古い時代の哲学者によって唱えられてきた自然学のように、思弁に導かれた神秘的色彩の強いものでも占星術のような呪術的なものでもなく「正確な観察事実に拠りどころを求めつつ、厳密な数学的推論を用いる」ものだということである。
そもそも、物理学というのは、古い意味での哲学から自然学が分化独立して物理学となり、呪術や魔法の要素が洗い落とされていくプロセスを経て形成されてきたのだと朝永はいうのである。また、物理学における「数学」の重要性も無視できない。これにかんして朝永は、「自然の法則を数学的に表現することで、個々の法則をばらばらに発見するだけでなく、その中から最も基本的なものをいくつか選び出し、そこから他の法則が導きだされるような体系をつくること」も物理学の特性として加えている。つまり、物理学は実証科学である以外に論証科学でもあると朝永はいうのである。
これは、社会科学についても当てはまることである。社会科学において明らかにしたい法則性は、必ずしも数式という形にまで抽象化を押し進める場合は少ないかもしれないが、数学が持つ重要な性質である「論証」は、必要不可欠である。つまり、これまで明らかになった理論や法則の基本的なものから、新たな予測を「演繹的」に導きだし、仮説を形成することは、数学的方法と変わらない。加えて、仮説検証で求められる統計分析でも、観察されるデータから、研究対象の母集団の特徴を推論するといううえで多分に数学的な論証が求められるのである。