経営学の役割は、意思決定に役立つ知識・情報を提供することである

経営学の目的は何かと聞かれれば、それは企業経営に対して正解を与えることだと答えるかもしれない。しかしそれは違うといいたい。経営学は、現状の経営状態に困っている経営者に対して、処方箋を与えるものではない。経営を改善するための経営手法を生み出すものでもない。実際の経営学研究の現場を見てみれば、研究者は、トピックの経営上の重要性や関連性もさることながら、厳密性にとことんこだわる。それは、理論やロジックしかり、実証研究の方法や分析しかりである。そのような厳密性に多大な時間と資源を投入し、科学的に適切な知識や情報を生み出そうとしている。一本一本の論文を読むと、範囲は狭く、内容が難しく、本当にこれが経営に役立つのかとさえ疑問に感じるかもしれない。


経営者が優れていなければ、いくら経営学の知識を援用しても経営はうまくいかないだろう。優れた経営者とは何かというのは経営学上の(学問上の)問いになり得るが、企業が関わる問題、課題は様々な要素が絡まり、かつ一回切りで固有のものであり、それに対峙して意思決定をするのは経営学者でもコンサルタントでもなく、経営者本人以外にいない。経営者に、適切な判断力、思考力、意思決定力がなければ経営が立ち行かなることは当然だ。経営学は、このような、一回きりの意思決定(企業が存続する限り、それが永遠に続くわけだが)を行う経営者や経営幹部、あるいは一般従業員に対して、良質な(科学的に信頼できる)知識や情報を提供することなのである。それを生み出し、蓄積し、修正するために経営学者は日々、研究に打ち込んでいるのである。


例えを出すのが分かりやすいと思うので、ここで喫煙をするかどうか迷っている人(意思決定者)を例にひこう。この際に、喫煙することについてまったく情報がない場合、どうだろうか。何の情報もないなかで、本人は「エイヤー」と直感とかで意思決定するしかない。それが適切かどうかも分からないまま。では、例えば、身近に喫煙している人がいて、その人は特に健康がないという情報が入手できたとしよう。それに基づいて意思決定するのはどうだろうか。「身近の知人が喫煙しても健康に害がないようだから、喫煙しよう」という意思決定をしたとして、この根拠はどれだけ適切だろうか。では、最後に、世の中で大規模な医学的研究が行われていて、信頼性の高い科学的証拠として、喫煙することが発がんリスクを高め、致死率が〇〇%だという結果が出ていたとするとどうだろう。その情報を用いて意思決定をした場合、その意思決定は適切だといえるだろうか。


経営学は、上記の例でいうと3番目の知識や情報を生み出して提供することがメインの仕事なのである。ここで強調しておきたいのは、提供している「科学的知識」は一般論にすぎないということで、「一般的にいうと」「平均的には」「条件によっては」という但し書きがつくということである。だから、今ここで喫煙するかどうか迷っている人に、「こうしなさい」という命令調の助言を行うような類の知識や情報ではないということである。あくまで一般論だし平均的なものだから、当然のことながら、喫煙しなくても長生きする人もいるし、喫煙しなくても健康を害する人もいるということだ。


喫煙するかしないか、意思決定するのは本人である。だが、まったく情報がない場合に比べ、科学的証拠が入手可能なほうが、自分で納得のいく意思決定ができるはずだ。一般論、平均的な知識や情報があり、それらに内在するロジックや理論が理解できていて、自分なりに、喫煙をしたらどうなるのかがある程度、確率論的にではあるが想定できる。それを理解したうえで、あとは敢えてリスクをとって喫煙するか、安全を見て喫煙をしないか、その意思決定は本人が責任をもってするのである。なぜならば、喫煙と病気といった関係以外にも様々な要素が当の本人には絡んでくるので、総合的に考えてどうかということなのである。その際も、例えば、喫煙をすることでリラックスできるならば、それによってストレスがどれくらい軽減されるのか、ストレスが軽減されるとどれだけ健康に良いのかといった科学的知識があるとなお良いだろう。


では、経営の話に戻して考えてみよう。喫煙の最初の例のように、まったく情報のない中で、経営者がすべての意思決定を「エイヤー」で決めていては、経営が立ち行かなくなることは目に見えている。では、同業者やコンサルタントの助言に基づいて意思決定している場合はどうだろうか。現実のビジネス世界ではこのケースが一番多いのではないかと思うが、同業者やコンサルタントの助言にどれだけ科学的根拠があるか、どれだけ適切な理論と正しいロジックが使われているかが問題である。おそらく、喫煙の2番目の例(身近な知人のケース)だけで意思決定することになるので、こちらも成功は覚束ないと言えないだろうか。成功したとしても、それは良質な知識や情報で意思決定したからではなく、単に運が良かったからといえないだろうか。であるから、やはり、喫煙の最後の例のように、科学的に信頼できる知識や情報が手元にあった方がよいのである。


経営にとっては重要なリスクの概念を使って考えてみよう。何の情報もない中で「エイヤ―」と決めつづける経営の場合、どのようなリスクが背後にあるのかまったくわからない。とんでもない地雷を踏んでしまっても仕方がない。つまり、大博打を打った経営である。稀に大成功をするかもしれないが、あくまで破滅型経営である。このような破滅型経営者のうち10人に1人くらいは大成功して世間からもてはやされるかもしれないが、それはそれで認めよう。では、同業者やコンサルタントの助言に従う場合、そこには厳密な理論やロジックもなく、証拠も科学的といえないのであれば、大ばくちほどではないが、気休めの情報で行う中博打的な経営といえるだろう。どんなリスクがあるのかよくわからないまま、おそるおそる手探りで経営をしていくしかない。


では、喫煙の3番目の例のように、科学的証拠が十分に提供されたうえでの意思決定はどうだろうか。この場合は、良質な知識や情報によってこれから意思決定しようとしていることの選択肢ごとのリスクがある程度推定できるので、リスクコントロールをしながら、適切なリスクをとってリターンを目指すという経営になるだろう。その匙加減をとるのは経営者の役割であり責任である。経営者にとって「匙加減」が大切なのは、実際の経営というものは「サイエンス」というよりは「アート」であると考える人がいることと整合的である。アートというのは、基本がしっかりできている人だけに使うことが許される言葉である。1番目、2番目のケースでは、リスクが分からないので匙加減さえ取れないということなのである。

組織行動論・人的資源管理論のためのR入門

統計分析をするためのソフトはたくさんあるが、近年、もっともよく使われ、標準になりつつあるのがR言語である。R言語の良いところは、フリーソフトウェアであるため、誰もが自分のPCにインストールして利用できる点である。フリーソフトウェアであっても、諸機能、柔軟性、信頼性は抜群である。分析のみならずグラフィック機能も強力である。R言語のプレーンなソフトウェアは比較的単純なもので、これに世界中の統計学の専門家が作ったプログラムのツール集であるライブラリを組み込んで使う。このようにR言語は世界中の研究に(研究以外でも)使われており、プログラミング言語なので汎用性があってありとあらゆる分析が可能である。このような膨大なツールが存在するR言語を使い倒すのは難しい。


しかし、経営学とりわけ組織行動論・人的資源管理論のように分野を絞れば、研究で使用するデータ分析は限られているので、組織行動論・人的資源管理論の研究者は、その限られた分析方法のみに絞ってRを勉強し、Rに精通すれば、あまり思い悩むことなく調査や実験データの分析を進めて論文を執筆することができるようになるだろう。データ分析はできるだけRのプログラミングを使って自動化し、節約できた時間を論文の執筆に充てたいものである。以下においては、組織行動論・人的資源管理論に必要なRの知識について紹介する。


まず、統計学の基礎とRの基礎については、書籍やYoutubeのビデオなどで学ぶのが良いだろう。例を挙げれば、以下のユーチューブビデオは、教科書を一体となった解説なので、教科書を読み進めながら統計学とR言語の基礎の両方を学ぶことができるだろう。

山田剛史, 杉澤武俊, 村井潤一郎 2008「Rによるやさしい統計学」オーム社
R入門(9 本の動画)
www.youtube.com


では、組織行動論・人的資源管理論の研究を行うために必要なRのツールを紹介しよう。


実際にRを動かすときは、R Studioを使うべきであろう。これは、プレーンのRソフトウェアに被せて使うツールである。Rの操作をしやすくする数多くの機能があり、直感的に分かりやすいインターフェースである。プレーンでRソフトウェアを使ってタイピングのみで分析をするのもよいが、プレーンのRで練習をしてだんだんと慣れてきたら、R Studioで使う方が圧倒的に便利である。R Studioを使いつつ、R markdownという記述方法を覚えておくのがよいだろう。次に、組織行動論・人的資源管理論の研究に必要な分析を可能にするパッケージを紹介する。


まずは、psychパッケージである。これは心理測定法や因子分析などの心理学で用いる分析を行うことを可能にするパッケージで、心理学的アプローチをとることが多い組織行動論・人的資源管理論の研究では必須のパッケージである。ほぼ毎回呼びだして使うことになるだろう。測定尺度の信頼性指標であるクロンバックのαの計算、探索的因子分析、基本統計量と相関行列の作成などで使うと便利である。


次に、tidyverseというパッケージである。これは、様々なパッケージをさらに束にしたもので、データ分析をする際のデータセットを扱う際に便利である。


組織行動論・人的資源管理論の研究で頻出なのが、調整効果の仮説を検証するための重回帰分析の交互作用である。プレーンのRでできなくもないが、pequodパッケージを使うと一連の作業が簡単にできる。例えば、投入する変数を中心化し、変数を順番に投入する階層回帰分析をやり、モデルの当てはまり度合いの改善度を検定する。また、交互作用が有意であるときに、単純傾斜分析を行い、グラフ表示する。pequodを使えば、こういった作業が簡単な命令でできる。


調整効果と交互作用と同じくらい頻出なのが、媒介効果や調整媒介効果である。そして近年では、これらの効果を、ノンパラメトリックのブートストラップ法やモンテカルロ法で行うケースが多い。mediationパッケージは、これらの分析を行うのに適したパッケージである。媒介分析では、直接効果、間接効果、総合効果、そしてそれぞれの検定や信頼区間の推定などを行う必要があるが、mediationならば簡単に実行できる。


複雑な構成概念間の関係を扱う構造方程式(Structural Equation Modeling: SEM)もしくは共分散構造分析を行う際に協力なツールが、lavaanである。lavaanは、マルチレベル分析などにも対応しており、媒介分析、媒介調整分析、ブートストラップ法など、さまざまな分析が可能である。lavaanが単独の統計ソフトウェアと考えてもよいくらい豊富な分析が可能である。研究論文ではほぼ必須の確認的因子分析(Confirmatory factor analysis: CFA)を始め、パス解析、共分散構造分析、縦断的データを使ったLatent growth curve modelなども実行できる。共分散構造分析に強い統計ソフトウェアとして、有料のMplusというのがあるが、lavaanは現時点ではまだMplusよりは劣るように思うが、そのうち追い抜かしてしまい、Mplusを無力化してしまうかもしれない。


マルチレベル分析も近年では頻出のモデルであり分析である。組織行動論・人的資源管理論で扱う内容が基本的にマルチレベルであることからも当然である。こちらの分析は、上記のlavaanを使ってマルチレベルSEMやマルチレベルパス解析などで分析することも可能だが、マルチレベル分析を含む線形混合モデルに特化しているのが、lmerlmerTestというパッケージである。後者は、前者のアプトプットに主要な統計数値の有意性を表示する機能がある。マルチレベル分析といってもいろいろな種類があるが、例えば、同じ変数を繰り返し測定する経験サンプル法による日次データや縦断的データの分析にもマルチレベル分析が活用可能である。


PROCESSパッケージは、2020年にリリース予定のパッケージで、もともとは、SPSSマクロとして過去から良く使われている分析ツールである。とりわけ、媒介分析や調整的媒介分析でのノンパラメトリックブートストラップ法の利用には威力を発揮する。以前は、PROCESSはSPSSでしか使えないので、この時だけ泣く泣くSPSSを使っていた研究者もいたと思う。だが、PROCESSがRで使えるようになったので、個人で使うには高額なSPSSを使う理由がなくなり、永久におさらばという研究者が続出するかもしれない。


最後に、強力なグラフィック機能を使ってグラフなどを作成するggplot2は、標準でtidyverseにも組み込まれているパッケージで、grammar of graphicという名が示す通り万能である。さまざまな美しいグラフが作成可能で、そのまま論文の掲載することができる品質のアウトプットが出せる。


その他にもいろいろとあるだろうし、今後も新たなパッケージが出現してくると思うが、以上が、組織行動論・人的資源管理論の研究者がマスターしておきたい基本パッケージということになる。

筋の良い研究と筋が悪い研究とは何が違うのか

将棋や囲碁において筋の良い手と筋の悪い手が存在するように、経営学に限らず学術研究にも、筋の良い研究と筋の悪い研究が存在するように思われる。ただし、「筋の良い研究=優れた研究」「筋の悪い研究=ダメな研究」というわけではないことに注意されたい。例えば、プロ棋士を打ち負かすようなコンピュータ将棋が、プロ棋士から見ても「筋の悪い手」を指すことがあるが、それが悪手とは限らず、実は好手とか勝因である場合があるのと同じ理屈である。この場合、コンピュータはプロ棋士が持っている美的感覚のようなものを使用せずもっぱら計算によって解を出そうとするため、プロでも気づかない、あるいはプロだからこそ気づかないような絶妙手が出てくることがあるということである。

 

では、学術研究における「筋の良い研究」と「筋の悪い研究」の違いはどこにあるのだろうか。結論的なことを先にいうと、筋の良い研究は、先行研究の蓄積とのつながりが明確であって、先行研究からの流れに自然に沿ってそれを伸ばしていこうとすることがすぐに分かる研究である。一方、筋の悪い研究とは、先行研究とのつながりが明確でない研究を指す。研究における「筋」は先行研究の筋であって、筋の良さ、悪さのポイントとなるのが「先行研究とのつながり」であるから、筋が良くても平凡である研究もあれば、筋が悪くても実は斬新で革新的な研究である可能性もある。ただし、後者の判断は難しいことが多い。

 

実は、筋が良い、筋が悪いというのは、その道のプロ・熟練者・玄人から見た美的感覚とのズレの度合いに近いものであることが重要である。筋の良し悪しは、玄人がそれを見て、直感的に感じるものだということである。例えば、プロの研究者が大学院生の論文を見て、直感的に、これは良い研究なのかダメな研究なのかを判断する際に用いる最初の「直感」「感覚」が、筋の良し悪しの判断なのである。実際、プロの研究者は、自分の専門分野の論文を膨大に読んできたという経験の蓄積がある。そもそも、プロの研究者になる条件の1つが、専門分野における先行研究に精通していることである。これが研究者の頭の中に、スキーマとして蓄積される。プロ棋士が、何千何万という対局を見てきて形成される頭の構造と同じようなものである。

 

よって、プロの研究者が研究計画や論文を見たときに、その研究内容や理論、仮説が、自分の頭の中にある膨大な先行研究のスキーマとうまくフィットするのかどうか脳内で無意識的に処理され、直感として瞬時に判断される。フィットするというのは、特定の先行研究の流れ(筋)に沿っていることが分かるということである。そうすると、美的感覚のようなものが刺激され、意識として「筋が良い」という印象が立ちのぼってくる。筋が良い研究という印象を抱けば、それは、平凡かもしれないけれども少なくとも「無難な」研究であるという認識につながる。そこからさらに、どれだけその研究が優れているのか、つまり、新たな仮説や発見によって先行研究を大きく進歩させるものなのか否かといったような判断が下される。

 

問題は筋の悪いほうの研究である。玄人の研究者から見て、「筋が悪い」と感じる研究は、先ほどの裏返しで、自分の頭に蓄積されている先行研究のスキーマとすぐにフィットしない、あるいはどうつながっているのか分からない研究である。その理由は大きく2つあると考えられる。1つ目は、研究経験の少ない大学院生や実務家が行うような学術研究において、先行研究を詳細に調べることなく、本人の実務的な問題意識や直感的なアイデアに基づいて計画、実行された研究というケースである。よって、例えばリサーチクエスチョンが、その専門分野の先行研究であまり使われないタイプのものであったり、実務的にはよく使われるが学術的に見たことがないような概念が登場したりすると玄人は戸惑うのである。

 

筋が悪い研究だという印象を与えるもう1つの理由は、その研究が非常に独創的であるがゆえに、過去に行われたことがないケースである。この場合も、当然のことながら研究者の頭の中にある先行研究のスキーマや美的感覚とフィットしないので戸惑いが生じる。ただ、それが独創的で革新的なものなのかどうかを判断するのは難しい。ノーベル賞を受賞したような研究とか、誰も解けなかった数学の問題を証明した研究など、当初は誰からも理解を得られず、優れた雑誌に論文を掲載されることすらできなかったという逸話もあるが、その話は極端な例だとしても同じような状態であろう。

 

これまで述べてきたように、筋が悪い研究だという印象が出てくる理由は、先行研究の流れ(筋)に沿っていないということが主な原因であり、そのために、まったくダメな研究なのか、類まれな優れた研究なのかの判断が難しい場合があることを述べてきた。ダメな研究というのは、筋の悪さ以外にも、研究方法論が間違っているなどたくさんの判断基準があるので、ダメであるとすぐに分かる場合も多い。そのような明確な欠陥がないけれどもダメな研究であると直感が訴える場合、その理由を説明するのが難しいことが多い。問題意識から始まって、仮説の導出について、読んでいても明確に間違っているともいえない。しかし、先行研究とのつながりが分からないので、この研究はすでにどこかでなされたものの焼きまわしにすぎないのか、それとも本当に新しく価値のあることをしているのかどうかすぐに分からない。理論や実証で使用している概念や変数が独自に設定されたり作られたりしたものであるため、先行研究で使われているものと似ているのか違うのか判断が難しいという場合もある。

 

研究の初心者としては、科学的な学術研究とは、ニュートンの「巨人の肩に乗る」という言葉が示す通り、過去の研究者が生み出してきた知識の蓄積にどう付加価値を加え、進歩させるのかが基本であるため、先行研究への貢献を意識した筋の良い研究を目ざすのが正当な姿勢であろう。研究の基本や模範に従い、守破離という言葉が示すところの「守」を志すのがよいだろう。一方、研究の玄人の場合は、守破離でいうところの離の域に達すれば、一見して筋が悪い研究に見えたとしても、その分野に強大なインパクトを与えるような研究を生み出したいという希望とか憧れを抱いている人も多いだろう。

 

APA Publication Manualで学ぶ経営学研究法

APA Publication Manualは、米国心理学会が標準としている論文作成のための規則であるAPA styleを詳細に解説したマニュアルである。米国心理学会による標準だといっても、心理学にとどまらず、経営学やその他多くの社会科学などのジャーナルで標準になっている論文フォーマットである。この書籍はそもそも、研究者がAPA styleを用いてジャーナルに投稿するための論文原稿を作成するためのマニュアル書であるわけだが、実は、単なるマニュアルに留まることなく、経営学を含む学術研究を志向している人にとって非常に有益な情報が網羅されているため、研究方法論の標準テキストとして指定してもよいくらいの良書であるといえる。


APA Publication Manualは、プロの研究者として優れた論文を執筆するためのマニュアル書である。ここでいう優れた論文とは、当然のことながら学術的に優れているという意味も内包されている。ということは、優れた研究とは何かが分かっていなければ、それ相当の論文執筆もできないわけであるから、本書での解説は、優れた研究を行うための情報も含めたかたちでなされているのである。すなわち、APA formatは、優れた研究を、優れた論文に変換するためのマニュアルであり、優れた研究を行うための情報も網羅しているということなのである。


よって、とりわけ学問として経営学に取り組もうとする初学者には、APA Publication Manualをゆっくりと味読することをお勧めする(日本語版も出ているが、版が古いので、できれば原書で最新版を読むのがよい)。APA Publication Manualを読むことで、優れた論文の構造とメカニズムを知り、その構造とメカニズムを実現するための研究方法論を勉強し、論文執筆の目途が立ったときに実際にプロの学者としての論文が書く方法を勉強するのがよいのである。


では具体的に、APA Publication Manualを読むことで何を学習することができるのだろうか。本書ではまず、学術的論文とは何か、ジャーナルに出版するとはどいうことかという原則論から入るので、それはすなわち、優れた学術研究とは何かを理解することにもつながる。例えば、研究には、質的研究、量的研究、混合型の研究、メタ分析、レビュー、理論構築など様々なものがあり、それぞれ目的、長所、短所が異なることが説明されている。論文の剽窃や個人情報保護なども含めた研究倫理についての説明もなされている。優れた学術論文を書くうえで知っていなければならないことなので、そのような説明がマニュアルに含まれているのは当然のことではある。


つぎに、学術論文の構成要素の説明があり、質的研究や量的研究など研究アプローチごとに、標準となっている執筆形式の説明がある。例えば、質的研究といえば、あるていど型にはまった印象がある量的研究の論文とは研究方法の柔軟性も異なるので比較的自由に書けるのではと思ってしまうのかもしれないが、報告すべき情報やその順番など、標準化されたフォーマットが説明されており、実際に論文を書こうとするときに役に立つ。レビュー論文やメタ分析についても同様である。


そして、非ネイティブの書き手にとってはとくに、そしてネイティブであっても役に立つ、論文における文法や、いわゆる日本語でいうところの「てにおは」「句読点」などの標準についての解説がある。また、ジェンダーニュートラルな表現の方法などもある。こちらも、実際に論文を執筆する時には非常に役に立つ情報である。マニュアルの後半部分に入ると、よりテクニカルな情報が多くなってきているおり、これらの情報は、実際の論文執筆の際に辞書代わりに使えるよう、処方箋、即効薬的な役割を担う。例えば、統計数値の報告フォーマット、数式の書き方、イタリック体や太字の使い分けなどである。さらに、インテキスト引用の方法や、引用文献リストの書き方など、論文の書き手に必須の知識が網羅されている。


さらに、最後のほうには、ジャーナルに論文を投稿するための方法が解説されている。例えば、ターゲットジャーナルの選定の方法、投稿前の準備、投稿後の査読プロセス、編集長による意思決定など、プロの研究者であれば必須のジャーナル投稿プロセスについて役に立つ情報が掲載されている。APA Publication Manualを一通り精読することで、研究者としての心構え、論文作成や投稿の作法までが見につき、優れた研究を行うための下地を作ることにつながるであろう。

学術論文の考察(Discussion)の書き方

学術論文を執筆する際、冒頭(Introduction)、理論や仮説、方法と結果までに力を尽くし、それらが完成すればおおよそは論文は完成に近いと思うかもしれない。そして、考察(Discussion)は、論文の「おまけ」のように思うかもしれない。しかし実は、優れた考察を書くのは意外と難しい。よって、考察の執筆についても時間をかけ、じっくりと取り組む必要がある。いちばん良くない考察は、結果をなぞっているような記述に終始しているものである。学術論文で報告した結果を繰り返し述べているだけでは、スペースを無駄に消費しているだけでなんら付加価値をもたらさない。では、どのようにして考察を執筆すればよいのだろうか。


まず、考察(Discussion)はいくつかのサブパーツからなる。通常、考察の冒頭では、本論文の当初の目的を再確認したうえで、分析結果を簡単に要約する。結果の部分が詳細かつ複雑である場合、考察の冒頭でいったん結果をまとめることでポイントをおさえるわけである。その後、理論的貢献(Theoretical contributions)、実践的含意(Practical implications)、研究の限界・短所(Limitations)、将来研究の方向性(Directions for future research)、結語(Conclusion)という感じでサブパーツが続く、これらをすべてサブパーツとして記述する場合や、どれかをくっつけて1つにする場合など、スタイルは様々であるが、おおよそこれらのサブパーツの内容が考察に含まれるわけである。


では、それぞれについて見てみよう。まず、考察の冒頭の結果のサマリーであるが、冒頭で述べたように、結果を単に繰り返すだけだと情報的な価値がないので、結果をまとめる際に、より本質的なポイントを述べるとか、表面的な結果の背後にある理論や発見を説明するなど、読者が結果の大枠を理解しやすくなるような工夫が必要である。とりわけ、本論文の主たる価値ないしは貢献部分でもある、もっとも重要な発見を強調することが大切である。結果について、論文の理論や仮説で論じたことに即しつつ、かみ砕いて説明するという姿勢が必要であろう。


次に、理論的貢献についてであるが、こちらも表面的な結果ではなく、その結果の背後にあるプロセスや理論にどのような意味があるのか、とりわけ、論文の最初のほうで述べた研究目的のうち、理論の発展や修正などにどう貢献しているのかを述べる必要がある。この部分は、論文のトピックについてこれまで交わされてきた理論的対話に本研究がどのように参加しているのかにもかかわってくる。本論文を読んだ研究者が、当該トピックで用いられている理論やこれまでの研究成果について思いを馳せ、深く思考し、新たな気付きや将来研究に向けた展望が描けるようなものが望ましいだろう。


理論的貢献が抽象度の高い議論に焦点を絞るのに対し、実践的含意については、より具体的な視点から、実務家がこの研究成果をどう実践に生かすことができるのかを議論する必要がある。とりわけ、研究結果に基づき、実務家が何をするべきかについて実践ガイダンスのようなものが含まれるとよいであろう。抽象的な記述ではなく、具体的に何をすべきかという書き方がよいであろう。研究成果が実践に以下われることで、実践への貢献が可能になるのであるから、どのように生かすのかを示唆するわけである。


将来研究の方向性については、この学術論文を読んだ研究者が、それを受けて自分自身で研究プロポーザルを書けるような内容を提示すべきである。そうすることで、ここに書かれてある方向性が実際に研究の形で実現することが望ましい。

対数正規分布が世の中の主要な統計分布である理由

松下(2019)によると、世界の物事のほとんどは、統計的に分布をとると、正規分布、べき乗分布、対数正規分布の3種類のどれかに近い形になる。正規分布は左右対称の釣り鐘型の頻度分布であり、べき乗分布は右肩下がりで頻度が同じ割合で減少し続ける代表的な値のない(スケールフリーな)頻度分布である。そして興味深いのが対数正規分布である。これは、分布の左側側は正規分布に似ているが、右側はべき乗分布に似ている。よって、この3つの分布は、論理的にも数学的にも関連しており、自然現象、社会現象のメカニズムからも説明が可能であるように思われる。


ユニークな形をしている対数正規分布に関していえば、松下は「複雑系のデフォルト分布は対数正規分布」であると説明する。つまり、この世界の大部分が、複雑な現象すなわち複雑系の様相を示していることから、いろいろな自然現象、社会現象の分布をとると対数正規分布になることが想定されるのだが、対数正規分布から外れる場合には、その派生形として正規分布もしくはべき乗分布に近づくと考えられるのである。では、どのようなメカニズムで、複雑な現象が対数正規分布に従うのだろうか。


松下によれば、対数正規分布は「複雑系正規分布」といえるので、単純な系の振る舞いを記述する正規分布の理解が出発点となる。実は、正規分布が出現するメカニズムは、いろいろなモノゴトが加算的(足し算的)に積み重なる「加算過程」と、統計学の最も重要な法則・定理である大数の法則中心極限定理によって説明することができる。つまり、世の中が偶然性すなわちサイコロ投げのような現象で成り立っているとすれば、サイコロ投げが何度もなされて単純に積み重なっていくことで、頻度分布が正規分布になっていくのは数学的にも証明されているのである。


そして、対数正規分布は、横軸が対数変換された目盛で描いた正規分布にすぎない。対数目盛をもとに戻せば対数正規分布になるというわけだ。そして、それは複雑な現象において出現しやすい分布である。なぜそうなるかというと、単純な系を想定している正規分布が「加算過程」によって生じるのとは異なり、複雑な系を想定している対数正規分布は「乗算過程」によって生じるからだと松下はいう。つまり、サイコロ投げような偶然性が単に加算されていくのではなく、世界の多くの物事は相互依存的すなわちお互いに影響を及ぼしあっているために、非線形的もしくは乗算的に積み重なっていくのである。


別の言い方をすれば、世界でモノゴトが移り変わるとき、サイコロを繰り返し投げるように、今日の出来事はゼロクリアされた状態で明日もう一度サイコロ投げが行われる(加算過程)のではなく、今日投げたサイコロは明日のサイコロ投げの起点となる(乗算過程)ように、歴史は積み重なっていく。このように、統計性を生み出す原因が乗算過程であれば、生じる結果はいろいろな要因の掛け算で表されるが、「指数関数と対数関数」の非常に便利な特徴(掛け算的な表現を足し算的な表現に変換できる)を応用すれば、対数をとることで統計性を生み出すばらつきの原因を足し算としてとらえることが可能となり、加算過程とみなすことができるのである。


よって、大数の法則中心極限定理といった統計学基本法則・定理をそのまま用いて、乗算過程を加算過程に変えるだけであれば、そのまま正規分布が導き出させるメカニズムを複雑な系で生じる分布に応用することができる。つまり、出現する値が乗法的に大きくなっていくことを考慮し、目盛を対数変換することで加算過程に直して正規分布を導けばよいのである。後は、目盛をもとに戻してやれば対数正規分布となるわけである。


まとめると、世界の現象の多くは、伝統的な基礎物理学が対象としてきたような単純な系でなく、複数の要素がお互いに影響を及ぼしあう複雑な系であり、かつ、時間の経過につれて成長したり場合によっては退化したりする現象でもある。このような現象の時に顔を出しやすいのが対数正規分布なのであり、対数正規分布は世の中の主要な統計分布である可能性が高いと松下は論じるのである。

単純傾斜分析(simple slope analysis)の直感的理解

独立変数間の交互作用を含む重回帰分析において、交互作用が有意になった場合に、その交互作用の特徴を理解するために行われる分析の一つが、単純傾斜分析(simple slope analysis)である。この手法は、経営学や組織行動論などにおいては頻出の分析であるといってよい。しかし、初心者が実際にデータを分析して論文を執筆しようとするときに意外と苦戦する分析でもある。分析の仕方がわからない、もしくは、分析のロジックがわからない、というのが多くの理由である。そこで、今回は、単純傾斜分析のロジックと分析方法を直感的に理解してみることにしよう。


まず、単純傾斜分析とは何かについて説明しよう。経営学や組織行動論などの研究で交互作用を含む重回帰分析を行う目的の多くが、独立変数と従属変数の関係を変化させる「調整変数」の効果を検定したいというものである。例えば、個人の性格が職務行動に影響を与えているのか、あるいはその度合いについて、その関係は常に一定であるわけではないと思われる。職場のルールが厳格であるときには、どんな性格であるかにかかわらず、決まった行動をすることが求められるので、本人の性格が職務行動に与える影響は弱いと予測される。しかし、職場のルールがあまりない場合、どんな行動をするのかは本人に任されているため、本人の性格が職務行動に与える影響は強いと考えられる。この例では、職場のルールの度合いが、個人の性格と職務行動との関係を調整する調整変数ということになる。


独立変数と調整変数を含む重回帰分析で交互作用が有意になった場合、確認すべきは、その交互作用がどのようなパターンを示しているのか、そしてそれが、予測や仮説と整合的であるかどうかということである。直感的にわかりやすいのは、ある調整変数の値を用いてグラフ化することである。例えば、調整変数が、その平均よりも1標準偏差高い場合に、独立変数と従属変数の関係はどうなのか、一方、調整変数が、その平均よりも1標準偏差低い場合に、独立変数と従属変数の関係はどうなのか。この2つを同じグラフ上に表して比べてみれば、調整変数の高低によって独立変数と従属変数の関係が変わることを視覚的に確認することができる。


単純傾斜分析(simple slope analysis)は、このような交互作用のパターンをさらに深く理解するための分析である。単純傾斜(simple slope)という言葉が示す通り、回帰直線の傾きを統計的に検定する手法であって、一言でいうと、「調整変数がある特定の値をとったときに、独立変数が従属変数に与える影響(単回帰分析の傾き:回帰係数)が統計的に有意かどうか」を検定することである。慣例としては、調整変数が連続変数のとき、平均+1標準偏差の値をとる場合と、平均ー1標準偏差の値をとる場合の2パターンを、もしくは、それに、調整変数が平均値であるときを加えた3パターンについて単純傾斜の検定を行うケースが多いが、必ずそうしないといけないというわけではない。原理的には、調整変数をどの値に設定してもよい。


では、単純傾斜分析をどのような手順で行えばよいのだろうか。もっとも単純な交互作用付きの重回帰式として、y = a + b1x + b2w + b3xw というものを考えてみよう。yは従属変数、aは切片、xは独立変数、wは調整変数、そして、b1~b3が偏回帰係数である。ポイントとしては、独立変数と従属変数のみで構成される単回帰式と比べると、wとxw (xとwの積)の項が回帰式に加わっているところである。この式を x の視点からあたかもwを含む項が定数であるかのように考えて変形すると、y = (a + b2w) + (b1 + b3w) x となる。つまり、yとxの関係について、切片が(a + b2w)で、傾きが(b1 + b3w)であると解釈することができる。ただし、切片にも傾きにも変数wが含まれているので、wの値によって切片の値も傾きの値も変化するということである。


上記の式でいうと、分析の結果b3が統計的に有意である場合、wの係数がゼロではないので交互作用がある(調整効果が存在する)ことが示唆されるので、単純傾斜分析で求めたいのは、wが特定の値(例えば平均+1標準偏差)のときに、傾き(b1 + b3w)がゼロではないか、すなわち統計的に有意かどうかである。統計学的には、wが特定の値のときの(b1 + b3w)を直接 t検定するのがいちばん素直な方法だが、t値を算出するときのロジックがやや難しい。そこで、以下に示すのがもっとも直感的にわかりやすい方法である。


wが平均+1標準偏差の値のときの単純傾斜分析を行うとすると、まず、wが平均+1標準偏差の値のときにw'=0となるような新たな変数w'を作成する。これは、w' = w - (平均 +1標準偏差) としてw'を作成すればよい。そして、wの代わりに、新しく作成したw'を使って再度重回帰分析を実行する。つまり、y = a + b1x + b2w' + b3xw' を新たに実行する。この式は、変形すれば y = (a + b2w') + (b1 + b3w') x となるわけだが、wが平均+1標準偏差の値のときにはどうなるだろうか。w'=0なので、y = a + b1 x になることがお分かりだろう。wが平均+1標準偏差の値のときに、yとxとの単回帰式になってしまうことがわかる。ということは、単純に、y = a + b1x + b2w' + b3xw'の分析結果としてb1が統計的に有意であるならば、wが平均+1標準偏差の値のときのy = a + b1 xの単純傾斜b1も統計的に有意だといえるわけである。つまり、単純傾斜分析とは、y = a + b1x + b2w' + b3xw'の分析を実行した場合のb1の有意性を検定することに他ならないのである。


もちろん、今回説明した単純傾斜分析の方法は、直感的にはわかりやすいが、手続きとしては新しい変数を作って重回帰分析を繰り返すのであまりエレガントではなくやや泥臭い感がある。であるが、誰かが作った単純傾斜分析のプログラムをそのメカニズムを理解できないまま半信半疑で使うことなく、自分自身で手順を踏んで分析のロジックに納得しながら単純傾斜分析を実行するときには便利だといえよう。

文献

Aiken, L. S., West, S. G., & Reno, R. R. (1991). Multiple regression: Testing and interpreting interactions. Sage.
Dawson, J. F. (2014). Moderation in management research: What, why, when, and how. Journal of Business and Psychology, 29(1), 1-19.