APA Publication Manualで学ぶ経営学研究法

APA Publication Manualは、米国心理学会が標準としている論文作成のための規則であるAPA styleを詳細に解説したマニュアルである。米国心理学会による標準だといっても、心理学にとどまらず、経営学やその他多くの社会科学などのジャーナルで標準になっている論文フォーマットである。この書籍はそもそも、研究者がAPA styleを用いてジャーナルに投稿するための論文原稿を作成するためのマニュアル書であるわけだが、実は、単なるマニュアルに留まることなく、経営学を含む学術研究を志向している人にとって非常に有益な情報が網羅されているため、研究方法論の標準テキストとして指定してもよいくらいの良書であるといえる。


APA Publication Manualは、プロの研究者として優れた論文を執筆するためのマニュアル書である。ここでいう優れた論文とは、当然のことながら学術的に優れているという意味も内包されている。ということは、優れた研究とは何かが分かっていなければ、それ相当の論文執筆もできないわけであるから、本書での解説は、優れた研究を行うための情報も含めたかたちでなされているのである。すなわち、APA formatは、優れた研究を、優れた論文に変換するためのマニュアルであり、優れた研究を行うための情報も網羅しているということなのである。


よって、とりわけ学問として経営学に取り組もうとする初学者には、APA Publication Manualをゆっくりと味読することをお勧めする(日本語版も出ているが、版が古いので、できれば原書で最新版を読むのがよい)。APA Publication Manualを読むことで、優れた論文の構造とメカニズムを知り、その構造とメカニズムを実現するための研究方法論を勉強し、論文執筆の目途が立ったときに実際にプロの学者としての論文が書く方法を勉強するのがよいのである。


では具体的に、APA Publication Manualを読むことで何を学習することができるのだろうか。本書ではまず、学術的論文とは何か、ジャーナルに出版するとはどいうことかという原則論から入るので、それはすなわち、優れた学術研究とは何かを理解することにもつながる。例えば、研究には、質的研究、量的研究、混合型の研究、メタ分析、レビュー、理論構築など様々なものがあり、それぞれ目的、長所、短所が異なることが説明されている。論文の剽窃や個人情報保護なども含めた研究倫理についての説明もなされている。優れた学術論文を書くうえで知っていなければならないことなので、そのような説明がマニュアルに含まれているのは当然のことではある。


つぎに、学術論文の構成要素の説明があり、質的研究や量的研究など研究アプローチごとに、標準となっている執筆形式の説明がある。例えば、質的研究といえば、あるていど型にはまった印象がある量的研究の論文とは研究方法の柔軟性も異なるので比較的自由に書けるのではと思ってしまうのかもしれないが、報告すべき情報やその順番など、標準化されたフォーマットが説明されており、実際に論文を書こうとするときに役に立つ。レビュー論文やメタ分析についても同様である。


そして、非ネイティブの書き手にとってはとくに、そしてネイティブであっても役に立つ、論文における文法や、いわゆる日本語でいうところの「てにおは」「句読点」などの標準についての解説がある。また、ジェンダーニュートラルな表現の方法などもある。こちらも、実際に論文を執筆する時には非常に役に立つ情報である。マニュアルの後半部分に入ると、よりテクニカルな情報が多くなってきているおり、これらの情報は、実際の論文執筆の際に辞書代わりに使えるよう、処方箋、即効薬的な役割を担う。例えば、統計数値の報告フォーマット、数式の書き方、イタリック体や太字の使い分けなどである。さらに、インテキスト引用の方法や、引用文献リストの書き方など、論文の書き手に必須の知識が網羅されている。


さらに、最後のほうには、ジャーナルに論文を投稿するための方法が解説されている。例えば、ターゲットジャーナルの選定の方法、投稿前の準備、投稿後の査読プロセス、編集長による意思決定など、プロの研究者であれば必須のジャーナル投稿プロセスについて役に立つ情報が掲載されている。APA Publication Manualを一通り精読することで、研究者としての心構え、論文作成や投稿の作法までが見につき、優れた研究を行うための下地を作ることにつながるであろう。